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「雪想花」クラウスの話

改稿2026.5.24

 月のないこんな雪の日に咲く花があるという。

 その花は万病に効く薬ともなる。

 

 ある夜、書斎でクラウスはその花を記した文献を見つけた。

 古い革張りのノートに直に書かれているのは、詳細な効能、煎じ方、どんな病に効いたのかなど。そして、採取場所を示した地図が数頁に渡って描かれている。


 黄ばんだ用紙に大雑把な地図がある。


 書棚の本は、先代の魔導師が持っていたものも含まれるが、このノートは見た覚えがなかった。


 この世界の中心を占める山脈のこの国に近い麓の地域の地図のようだ。


 興味を持って地図を現代のものと照らし合わせても、魔の山の麓にそんな地域は存在しない。ごく近場はみつかるのだが、湖の先には何もないはずだ。しかし、ノートの数枚に渡って書かれている地図は暗号に満ちてはいるもののない場所だとは思えない。


 魔の山と呼ばれる山脈には何度か入ったことがある。この国は雪に閉ざされていることがほとんどだが、クラウスにはそれほど難儀な場所でもない。ただの冬山にすぎない。しかし、花が咲くような場所があるというのだ。


 何かに守護され、封印されている場所。


 クラウスはその花を採りに出かけることにした。


 クラウスの外出にユイはとても驚いていたが、「戻るまで留守をまかせる」と言われてきりりと表情をあらためた。


「はい!行ってらっしゃいませ」

 ユイは少しも不安そうではなかった。



 雪が容赦なく降りしきる。

 魔の山に入るものはなく、雪を大量に積もらせた常緑樹、隙間もない原生林に道を開くのは容易なことではない。降り積もった雪は深く、ときおり風がさらさらと粉雪を舞わせていた。息も凍るほどの絶対的な零度の世界。 


 月もない闇の森に、炎の橙色が一瞬だけ淡い白銀の色彩を反射させて光芒を回りに乱反射させる。


 クラウスはそっと歩みをすすめる。重い樹木の陰にできる暗闇を力で作り出した炎で、淡く照らし出しながら。


 歳月を得た樹木に常に降り続ける雪の重みでしなる枝が、いっそう不気味な雰囲気をかもし出している。ここは人の入る場所ではないのだ。


 すでに封印の森へ足を踏み入れているだろうか。


 ふと思いついたように術で意識を飛ばすと、ユイは中庭で最近知り合った近隣の村の子供たちと遊んでいる。そろそろ家に帰る時間だろう。平和な光景だが、これが今回クラウスを魔の山の奥に行かせた原因でもある。


 ユイはただの子供だが、「怖い魔法使い」の家に住んでいる子供なのだ。クラウスには村人たちが、子供たちに屋敷へ近づかないように言うのを知っていたし、ユイを気味悪がっていることも知っていた。


 ユイや子供は無邪気に楽しむが、それをよしとする大人は皆無に等しい。


 クラウスの過去の行いは、償われることなど望まれぬほどに恐れられていた。そんな者の屋敷に住む子供がまともと思うのが、筋違いというものなのだ。

 クラウスはそんなユイを思って、万能薬を持たせてやりたかった。


 村の子供が怪我をしたり、熱を出したり、何かがあってもすぐにユイに行動ができるようにと考えたのだ。ユイ自身が危険な目に会わないとも限らない。


 ユイに万能薬があれば、村人はユイを邪険には扱わないだろうし、表面だけでも交流ができるだろう。


 ユイの澄んだ優しい瞳が曇るのを、クラウスは見たくないだけかもしれない。


 いつまでも明るい笑みを含んだ瞳で、クラウスを見ているかどうかもわからないが。それでも、いまはクラウスにとってたった一人の同居人なのだ。


 『魔導師様!』


 雪の中を舌たらずな幻聴がよぎる。


 クラウスは意識を戻して、白銀に輝く美しい森を見渡した。足跡もうっすらしか着かないクラウスだからこそ、この封印の森に入れたことは言うまでもない。


 歩きながら、結界の線はもうとっくに越えて、封印の地へ踏み込んでいるのを確認する。しかし、間違った道を進んでいないにもかかわらず、何も開けてこない。


 もうとうに暗記してしまった道をクラウスはもう一度頭の中でおさらいした。


 まだ第一の暗号、目的地にはたどり着かない。


 第一の暗号は、「船」と書いてあった。船などこの雪の山奥には必要のないものがあるならば、どれだけ目立つかとクラウスは考えていたのだが。


 この雪と樹海の中では「船」など埋もれてしまっているかもしれない。


 いっそのこと、この森一帯を焼き払ってしまおうかと考えて、クラウスはそれでは目的の花がなくなってしまうのに気づく。


 物騒なことなど露ほども考えていないような足取りで、クラウスはそのあたりを歩き回る。「船」とは一体何なのだ。


 目の前にあるのは深く果てしない樹海だ。どこまでも同じような景色が続く。雪は降り続いている。気温は息が凍るほどだろうか。月のない森など真の闇に近い。クラウスはふと天を見上げた。自分には雪が降りかからないよう結界を張っているが、夜空には暑い雲が見えるだけだ。しかし、その中に何か見えないだろうか?


「船か……」

 前に進むとはどこにも書いてはいなかった。意外に不親切な地図なのかもしれない。


 クラウスは手にある炎を一度消して、手近な枝を折った。ぱきんと澄んだ音が雪の降る音なき世界に響いた。短いその枝で指揮するように、けれど無造作に何度か空へ向かって振り上げる。


 炎が飛び散るように生まれると空へと散っていく。すると煙るような雪の中から光に反射して浮き出るように、ガラスの階段が空に向かってまっすぐに伸びているのが、炎に照らされて見て取れた。


 クラウスはもう一度棒を縦に振った。


 すると、透明な階段脇に次々と金属の棒が生え、ロウソクのように棒の先端には炎が点っていった。


 階段は幻想的に飾り立てられて、その姿をあらわにされていった。


 雪の樹海を前に透かして見せている階段を、持っていた棒を放ってからクラウスは上りはじめた。


 クラウスが階段を上がり始めると、先のほうの灯りが点っていく。雪はすこしも勢いを弱めていないのに、その暗さの中に灯る炎はしっかりと周囲を照らしている。


 その長い階段は自国の宮殿の中にある中央階段を思い出させた。


つづく

クラウスの過去はなしです

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