朝
静かな朝が明けた。
雪の積もった庭や、森の木々が庭から見える。
昨日の夜遅くに魔導師様はご帰宅されて、机で何か調べものをされていたようだけれど、ユイは眠くて目を開けられなかった。
「おはようございます!」
長椅子でお休みになっていると思っていた魔導師様の姿は、すでに窓辺にあった。
寝ていないのかな?
ちらりとこちらを見て下さった魔導師様の綺麗な蒼い瞳は、やさしい光を宿している気がした。
淡い白金の髪が、朝の光と雪の反射で鈍く輝いている。灰色の長衣のゆるく波打つ裾でさえ、なぜかとても素敵に見える。
すこし長く見てしまったのか、魔導師様は眉あたりだけに怪訝そうな影をのせて、もう一度ユイの方に目を向けてきた。
「いま、スープを……」
泣きたい気分で、スープ皿を取りに一階に飛んでいく。
ずっとユイは魔導師様が好きで、一緒に暮らしていることが夢みたいに感じることがある。毎日がとても静かで、単調と言えば単調なのに、魔導師様のお手伝いは多岐にわたるようになり、ユイも勉強をしないと追いつけない。
それはもう一生懸命だ。薬を作るのはユイの得意技にしたい。だから、薬草を覚えるのがとても楽しい。間違えると大変なことになるし。
一番最初は、魔導師様の邪魔にならないのがユイの大切なことだった。
「庭に行ってくるといい」
「煩い」
「……(ため息)」
魔導師様と一緒に暮らすようになって、よく言われるようになった。静かにしているつもりなのに、ユイは居るだけで邪魔になってしまうのだ。
何をどうしたらいいか分からず、沈んでいると、沈黙の魔導師様は、ほんのりとだけ優しさをにじませて、頭を撫でてくれたりした。
何が煩いのか分かったのは、お手伝いをするようになるずっと前だ。
魔導師様は、ユイの心の中の声が五月蠅かったのだ。黙っているとか、静かにしているとか、音を立てる煩さではなくて、視線とか、声なき声がダメなのだ。
今では、ユイはずっと同じ部屋にいても大丈夫。ユイの心のなかは、魔導師様のお手伝いをする気持ちと、薬で助かる人たちのために勉強することだけで占められている。魔導師様には、ユイの心の声は煩く感じられないらしい。
「だって……」
――きれいだったんだもん。
スープを温めながら、朝の光の中に佇む魔導師様の端正な顔を思い出す。ユイは思わず、満足のため息をついた。
窓をちらりと見ると、雪が舞い散っていた。
「晴れだと思ったのにな」
降るかもしれない。今日も薬草は採りには行かれない。
「おまじないの練習でもしようかな」
たぶん魔導師様は、外出されるだろう。ユイは一人で待っ
ているのだ。大きな邸には、魔導師様が作られる魔法のメイドがたまにいるだけで、メイドさんは全然話をしない。
「なにをしようかな」
温まったスープを皿にたっぷりと入れると、ユイは二階の書斎に持って行く。
「お待たせいたしました」
湯気をあげるスープとパンをサイドテーブルに置くと、魔導師様は黙ってユイのソファの反対にあるソファに座った。
お祈りののち、スプーンを持つ。
すこしだけドキドキしながら、魔導師様の口元をうかがう。大丈夫、不味くはなかったみたい。
「おいしいですか?」
澄んだ蒼い瞳がユイに向けられる。
「……おいしい」
低くて静かな声が降ってくる。表情は全然変わらないが、……おいしいって。
「よかったぁ!」
煮込みがよかったのだろうか。
隠し味にしていた、ひと欠片の乾燥したお肉がよかったのかもしれない。
ユイもスープに口をつけた。
――美味しい!!なんで?どうしてこんなに美味しくできたんだろう?
「薬草を入れたのだな、体が温まる」
魔導師様の言葉にユイは、目を丸くするしかない。確かに入れた……、でも、よくわかったなぁ。さすが魔導師様、としか言えない。
「今日はおかしいな、どうした?」
「え……?あの、朝の光が綺麗だったから……」
かすかに首をかしげた魔導師は、雪の降る窓へと目を走らせてから、もう気にしてないかのように目をテーブルに戻した。
だが、ユイには話しかけてくれた、優しい魔導師様が残った。いつも表情もない、言葉少ない魔導師様の声が、ユイを気にかけてくれたのが、ものすごく嬉しい。
「大丈夫、ユイは、全然おかしくないです。魔導師様が光っててキレイだったから、どこかに消えてしまうんじゃないかって。ごめんなさい」
魔導師様はスープを食べ終わって席を立った。
ユイが思うに、光を纏う魔導師様の姿はきれいすぎて、すこし近づきがたい。本当はいつも、近づきがたい雰囲気らしいけれど、ユイは魔導師様が優しいことを知っている。
怖いと思ったことはない。
「ユイ、魔導師様が大好き」
ため息をつくように、ユイは言った。心から、そう思って。
魔導師クラウスは、書斎の机に戻りながら口元に苦笑を浮かべた。少女の心は、空気のように魔導師のなかに入ってくる。
「出かけてくる」
「はい!いってらっしゃい」
幸せそうな少女の声に、魔導師は一緒に暮らす不思議さを、妙なる天の調べのように感じていた。




