表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/22

思い出


「あれ?」

 雪の降った日のことだった。


 冬にしては暖かい日が続いたあとだったので、冷たい空気にユイは息が白くなるのを不思議に思った。いつもなら部屋の中は暖かいのだ。


 常にある暖炉の火、本のほこりの匂い。


 きれいなお水を好んで飲む、プラチナブロンドの魔導師の秀麗な姿。


「魔導師様?」


 いつでも居る書斎にもいない。


 どこに行ってしまったのだろう?暖炉に火も入れていないのははじめてだ。


 ユイは寒くなって、暖炉に火を入れた。手馴れた作業でも久しぶりで、かえってうまくいなかった。


 お茶を飲もうとすると、メイドが朝食を運んできてくれた。表情のあまりないメイドは、単に朝食を運んだだけでいなくなってしまう。


 メイドは仕事がないときはどこにいるのか、ユイは未だに分からない。


 ぬくまってきた部屋で、朝食をとり、本を一冊とる。魔導師がユイにくれた本だ。読みながら大人しく待っていようと考え付いたのだ。


 ユイは心細くても、屋敷で働かされて寒い思いをしていたことを考えれば、ずっとしあわせだと思った。


「……はやくお帰りにならないかな~」


 やはりメイドが朝食の片づけをして部屋から出て行くのを、なんだか不安に見送る。メイドでもいいから側にいてほしい。


足をうさぎ罠にかけられたときのことを思い出して、背の高い魔導師クライムのきれいな長髪や、切れ長の蒼い目を思い浮かべる。


 あのとき瞳の奥にまぎれもなく優しい光を見て取ったのは、ユイの思い違いではない。


「ふぅ」


この邸に来て、どれくらい経っただろう?

十日くらいだろうか。


魔導師は本当に静かな人で、足音もほとんどしないくらいだ。

一緒に居ると幸せで、ほかの事はどうでもよくなってしまう。でも、お仕事の邪魔だけはしないのだ。


メイドがお昼を持ってきて、いつの間にか夜になってしまった。


夜になると、いつもと同じようにソファに寝転がる。ただし、今日は暖炉の火が消えてしまうかもしれないので、薪をくべてから毛布を三枚も持ってきて掛けてみた。


夜遅くに魔導師様はおかえりになるかもしれない。

ユイは眠いのをぐっとこらえた。こらえても、ランタンの火がゆれるように眠くなるのを必死で押しとどめた。


「大すき、魔導師様……」


それでも、睡魔はユイを眠りの世界へと連れて行ってしまった。眠る直前に、明日には戻るだろうとユイは考えていたのだ。


予想は大きく外れてしまった。

暖炉に火は入っていなかった。窓の外は雪がまだ降り続けている。


 不安は徐々に大きくなる。けれど、メイドはやってくるし、なんだかよくわからない。ユイは、雪がたくさん降っているのにもかまわず、掃除を開始することにした。


 書斎をきれいにし、階段を掃く。


 なんて広い邸だろうか。こんな大きな邸に、今はメイドとユイしかいないなんて。


 階段の手すりを雑巾がけして、ちょうどいいので扉の取っ手も拭いてしまう。気付くと手がかじかんでいた。ユイはこっそり笑ってしまった。


 こんなのは何でもない。


 辛くもなんともない。


「……まだかな」


 午後は、窓を拭く作業だ。窓なら外を見ながら、待っていられるから。


 けれど、その日も魔導師様はお帰りにならなかった。

 ソファで一人寝るとき、いつもならば火が灯っている机を見て悲しくなる。


「ユイ、待ってるよ……?」


 魔導師様はおやさしい方だから、ユイが待っていることは知っているはずだ。きっと、お仕事が長引いているに違いない。


 それでも逢いたかった。すぐにでも、魔導師の灰色の長衣に抱きついて、安心したかった。


 どこに行ったんだろう。

「魔導師様……」

 悲しいのには慣れている。耐えるのにも。ずっと我慢できたのだ。どんなに辛くても、こんなに心が苦しくなることはなかったのに。


「あいたいよ」


 大雪になっている窓の外は、真っ白な闇の世界。


 今すぐに、外に飛び出して魔導師様を探しに行きたい。毛布を被ってユイは涙をこらえる。


 どんなに辛くても、泣くのは我慢するのだ。


「だって、泣きたいときは、笑うのがいいって」


 いつだったか、お婆さんに聞いた。笑うと、自然と気持ちがゆるんでくると。だから、ユイは何度か変な笑みを浮かべてみた。が、ちっとも効かなかった。


 明日の朝、やっぱり魔導師様がいなかったら、ユイはどうしたらいいのだろう。


 暖炉の火が消えてしまっても、ユイは放っておいた。


 

 魔導師が邸から姿を消してから、三日たってしまった。


 ユイは雪の中をぐるぐると歩き回った。外に行くが、邸に戻っているかもしれないと思うと戻ってしまうのだ。


「魔導師様―?」


 手の届かない人だと分かっているが、ユイには、同じ場所に居てくれる唯一の人なのだ。いなくなってしまったのだろうか?お仕事じゃなくて?


 不安が不安を呼び、食事も喉を通らなくなってしまう。


「あいたいよ」


 大きな黒い目は涙でいっぱいになってしまう。飲み込んでも、飲み込んでも、すぐに涙でいっぱいになるのだ。


 うずくまるように寝てしまった。


 翌朝、はれぼったくなった目を開けると、暖炉に火が入っていた。


「あ……」


 がばりと起きると、書斎の机を見る。そこに大好きな魔導師の姿を見つけた。


「魔導師様っ」


 じわりと涙がこぼれる。ぬぐうこともせず、どんどんこぼれる涙を見て、魔導師は立ち上がった。


「これを……」


 ホットミルクをいつの間にか持っていて、手渡してくれた。


「寒かっただろう」


 謝りの声に、ユイは驚く。


 暖炉に火が入っていないことなど、どうでもいいのだ!


 コップをテーブルに置くと、そっと長衣をつかんで大泣きしてしまった。

 


 魔導師クラウスは、当惑したようにユイを見ていたが、頭に手を置いてそっとなでた。ユイが一人で淋しかったのだと理解する。


 心の底から安心したユイは、涙をふいてホットミルクを飲んだ。


「あいたかったよ」


 無邪気に明るく、ユイは魔導師様に言った。


 魔導師はほんの少しだけ苦笑したようだった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ