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なんでもない日

「もう! なんで……」


 小さな声でうなるように言うと、ユイは窓の外をにらむように見上げた。


 少しづつ暖かくなってきた気がしたので、今朝はちょっぴり冷えたけどお日様がにこにこしてたから、大好きな魔導師様の長衣を丁寧にじゃぶじゃぶと洗って、ようやく干したのに。


 雪が降ってきちゃった。

 

 他にもたくさん洗濯をしたから、ユイはいつもなら絶対に言わないような文句が出てきてしまった。


 魔導師クラウス様の長衣は、ユイが洗うのはけっこう大変なのだ。重いし、長いし、生地がとても気持ちいいよいものなので、ユイは慎重に丁寧に洗わないとならない。当然、いつもはメイドがやってくれる。


「洗濯をするのか」


 今朝、クラウス様は不思議そうにユイが抱えている布を見て言った。


「はい! いいお天気だし、ユイお洗濯好きだから、やりたいな」


「……今日か?」


 考えるような顔をしながらクラウス様は秀麗なお顔に複雑そうな視線で、ユイを斜め下に見ながらつぶやいた。


「ダメですか?」

「いや……」


 口数の少ないクラウス様は、それっきり何も言わずに考え込みながら歩いて書斎のドアへと消えてしまった。


「雪、降る感じだった?」


 つぶやくように小言が出てしまう。


 誰というわけでもなく、空に向かっての独り言だ。


「さっきまでほら、ぴかぴかのお天気だったのに」


 ため息が出てしまう。白く煙る息が気温の冷たさをものがたる。手も、もう真っ赤かだ。


 がっかりしたのが半分と、せっかくきれいにした洗濯物が雪で凍りつくようになってしまっていて悲しいのが半分。


「はぁ~」


 かなりな勢いの雪。もしかしたら積もるかもしれない。


 仕方ないっと気力をふりしぼり、ユイは干したばかりの洗濯物を回収すべく庭に立った。


 すると不思議なことに雪がちらちらとして、やがて止んでしまった。周囲を見ると、まだ降っているのが見えるのに、ユイの周りだけ降っていないのだ。


「あ……」

 思わず屋敷を見上げる。


 忙しいクラウス様は、おととい屋敷に帰ってきてからほとんど書斎を出ずに(ときどき瞬間移動しては、すぐに戻る、ということをしていたようだけれど)働きずめなのに、ユイのことまで気に掛けてくれている。


「もう! もう!!」


 ユイは泣きそうになりながら、超特急で洗濯物を回収した。冷え切ったような、けれど走りすぎて火照ったような、奇妙な高揚感をかかえて屋敷に入る。

 洗濯物をなんとか屋敷の使っていない部屋に干して、やりきれない気持ちを冷ましながら厨房へと向かう。


「温かいもの食べたいよね」


 疲れているかもしれないクラウス様に、美味しいものを食べさせてあげたい。たまにはお肉とかもたっぷり使うのだ。


 ユイは村で教わったジャガと鶏肉の甘煮込みを作り、書斎に上がった。

 今日はパンが美味しそうに焼けてうれしい。


「クラウス様?」


 なるべく小さな声で呼びかける。驚かさないようにするためにだ。


 窓の外は青い白さになり、ほんのりと暗さを伝えてくる。もう夕方だ。煮込み料理は熱々のを持ってきたが、すぐに食べてくれるとは限らない。


 特にこんなときは。


 クラウス様は書斎の机に頬杖をつきながら、目を閉じて軽く寝入っていた。

 やっぱり疲れていたのだ。


 それなのにユイのことまで気を使ってくれて、もっと疲れてしまっていなければいいんだけれど。


 ユイは静かにソファのある机に食事を運ぶと、魔導師の側に行く。暖炉の火が消えそうだ。こんなに寒いのに、毛布の一枚もかけてない。


 ひざ掛けを持って近づき、そっと肩にかける。


「寝ていたか?」


 低い声が近くで聞こえてユイは驚きに肩をすくめた。


「あ……、はい」

「ありがとう」


 食事に目をやり、クラウスは席を立った。


 すぐそばにいるユイが避ける間もなく立ち上がったので、ユイは至近距離で長衣を見ることになってしまった。


「大丈夫か」


 なんとなく声に笑みがあるような気がして、ユイは魔導師を見上げるが、よく見えないまま抱きあげられてしまった。


 あったかい。


「寒かっただろう?」


 やっぱり笑ってる!!


「魔導師様、雪降るの知ってたんだ?」


 くくく、と低い笑い声が、触れている長衣から直接響いた。


「教えてくれたらいいのに」


 つい言ってしまった。


 魔導師はすこしの間黙って、それから決まり悪そうにちいさくつぶやいた。


「すまない」

 

 なぜ教えてくれなかったのかよく分らないけれど、ほんのりと力の加えられた腕に抱かれたまま、しあわせな気分になってきた。


「食事にします?」


 冷めてしまうと思って、ユイはまどろんできそうな自分を叱咤させるためにも声を掛ける。


「そうだな」


 めったに居ないし、本当に数少ないハグなのに、自分から離れる提案をするのがなんともやるせない。腕を放そうとした魔導師に気がついてユイは思わず

「あ……」と言っていた。


「うん?」


「あ、あの、えーと」


 なんだかまた泣きたくなってきた。


「もう少し……」


 消え入りそうな声が出てしまう。


 さらりと淡い金色の長い髪が揺れた。ユイは首すじに息を感じてすくめる。魔導師様がまた椅子に座って、ユイを抱きかかえたのだ。


「寒いか?」


 優しい声が聞こえてくる。


「ううん」


 閉じていた目を開けると、やさしい目が近くにあった。


「ユイね、魔導師様が大好き」


 脈絡のない言葉にクラウスは苦笑する。


 ユイはすぐに腕から抜け出した。


「美味しいのを作ったの。冷めちゃったかも」


 魔導師は冷めた料理を温かくしてしまい、ユイは温かい料理がうれしかった。


特に何もなく普通な一日の尊さ…

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