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静寂(クラウス目線)

少し長めのお話です

 ユイが薬草を採りに行って、ずいぶん時間が経ったことに気づいたのは、夜もだいぶ暮れてからだった。


 珍しくクラウスも本に熱中してしまった。ふと気付くと、細々と暖炉の火も消えかけている。薪をくべてからしばらく思案する。気の力でユイの気配を探すが、見つからない。クラウスは徐々に焦燥にかられはじめた。


 外は雪。


 何の音もしない白き闇の世界が広がっている。


 クラウスはすぐに屋敷を出て気配をさらに探った。いつものように、積雪の上をかるく足跡を残すだけで走る。


「ユイ」


 あの子は何の薬草を採りに行くと言っていただろう。


 ここまで気配がないと、ユイは眠ってしまったか、気を失っているか、すでにこの世にいないかになってしまう。


 過保護にならないよう気をつけると、ユイはとんでもないことをしでかす。 つい先日など、階段から転げ落ちて足をひねり、しばらく歩けずにいたこともある。


 春が近いこのごろの雪は溶けて崩れやすくなっている。


「ユイ?」


 何度も闇に向かい呼びかけるが、どこからも返事がこない。どこからも気配が感じられない。


「ユイ!!」


 しばらくしてクラウスは羽織っていたケープがなくなっていることに気が付いた。


 焦燥が術をゆるめ、雪に足が埋まってしまう。膝まで雪に埋まると歩みが止まる。白金の長い髪が風になびいた。

 

 最愛の人を亡くしてから、クラウスは何度か春をむかえ、冬をむかえた。美しく輝く春は、彼女の存在を伝えてはくれず、かえって一人きりであることを際立たせた。

 冬は、傍らに居た彼女のぬくもりが、どうしても見つからずに、つい闇に手を伸ばしてしまった記憶も蘇る。

 彼女の名を呼ぶことすらできず、泣くこともできない。生きる気力がどうしても見つからずに、ただひたすら蘇生術を求めた。

 クラウスは、長い間ただ一人歩んできた。


 喪失した後の時間をふいに思い出して、クラウスはかるく以前の気持ちになりそうになる。


 雪を蹴散らして、クラウスは庭中を探し回り、いないことを確認すると空中に飛翔した。


 雪が降り、視界が悪いなかを探し始めた。何の薬草を採りに行ったかがどうしても思い出せない。


「暗いな……」


 クラウスは術を使い、雪雲をどこかへ押しのけてしまった。月明かりが一面を照らし始める。


 視界は良好になったが、やはりユイの姿はない。

 


 街に住めばよかったのだろうか。それとも雪の降らない所にか。どちらにしても、いろいろな危険はどこにだってある。


 ほとんどを探しつくして、クラウスは円陣を描き「天」へと急いだ。ユイがまだ三途の川を渡っていなければ、まだ望みはあるかもしれない。


 普段の冷徹さを捨て、クラウスは天へ来ていた。


 天上界は地上の寒さが嘘のようなあたたかさだ。正直、クラウスもときどきこちらにずっといたいと思う。


 天上界の小川のほとりで祈るように想う。


『ああ、やっぱり来てたんだね。なんか急用なのか?』


 金色の青年が現れると、いつも通り彼は柔らかな笑みで用件を聞いてくる。けれどクラウスの様子を見て表情を改めた。


『何があったんだ?』


「ユイがいなくなってしまったのだ。こちらに来ていないか?」


『ユイちゃん、こちらには来ていないみたいだよ』


「そんなにもすぐに分かるものなのか?」


 クラウスの安堵したような、それならばすぐにでも探しに行きたそうな声音に、青年は首をかしげる。


『私ならね』


「そうか……、では、どこにいるか分かるか?」


『そんなに心配かい?』


 安堵と困惑でクラウスは思わず右手で口元を覆った。


『何がそんなに心配なんだろう。君は、この世界を知っているのに』


「うむ……」


 クラウスは黙り込み、そして悲しげに目を伏せた。蒼い瞳が心なしか曇る。


 街にあれば、窃盗、殺人、誘拐、いじめ、事故、諸々の要因の危険がある。山にあれば、遭難、落雷、山崩れ、事故は多発だ。海であっても。しかし、自分たち人間はこの世界で「生かされている」ことも知っている。


 生は死を内包し、悲しみや苦しみは、喜びの内に確かに存在している。


「苦」とは生、老、病、死。


 憎しみが湧き上がる状況は出てくるし、愛する者とは別れることもある、求めても手に入らないことが多く、欲は消えることなくくすぶり続け、地上のことで悩みすぎると碌なことにならない。


 では、この火宅の世界で、いったい人は何を学ぶのだろう。


『知ってるのに』


 金色の青年は光り輝く笑顔を見せた。


「知ってはいる。まだまだ未熟なのだ、私は」


 クラウスは苦笑してやり過ごした。


『ならば、クラウス。あなたは少しでも地上世界に光を広げるように、人が幸せになる方法を伝えて行けばいい。それだけ知っていて、出来るのだから』


「だが、現に少女ひとり見つけられないのにか?」


 心に宿るはひとつの灯り。

 大切で、守りたくて、けれど守りきれなくて。


『本当にあなたは、愛の深い人ですね。それに自分に厳しすぎます。いったい彼女はどこへ何をしに行ったのですか?』


「薬草を採りに行ったのだが、何を採りに行ったか……」


『それならば、少し待っててください』


 金色の青年はすぐにいなくなった。現れるときと同じように輝きにつつまれた。クラウスはまぶしげに太陽を見る。

 天上界はいつも昼なのだ。ただひたすらに優しい光が降り注ぐ。耳をすませば、川の水音と、小鳥のさえずりが聞こえてくる。ここではどこまで行っても独りではない気がする。何者かに大きく包まれて、絶対的な安心感の中でくつろいでいられるのだ。


『お待たせ。彼女の採りに行った薬草はキリング。つまり眠り草だ。早く迎えに行ってやらないと本当にこちらへ帰って来てしまうかもしれない』


「ありがとう、感謝する」


 クラウスはすぐに地上に戻った。手足が冷たくなり動かなくなっている。動かすと少し痛い。雪の中に肉体を置いていくのは無茶だったが、念のため結界をはっていたのがよかったのかもしれない。ユイの居場所を知るためなら自分などどうなってもよかったのだ。


 月明かりの中、クラウスはふわりと空に浮かぶ。そのまま森へ進んだ。


 ムリに追いやった雪雲が、徐々に戻ってくる夜の空を、そんなに離れていない森へと急ぐ。ユイにしては少し遠出をしたのかもしれない。森に着いたときにはまた雪がちらつきはじめた。


 薬草はちょうど雪のかからない岩の隙間に生えていた。その大きな岩にもたれるようにしてユイは眠り込んでいた。


 クラウスがユイに触れると、手は冷え切り、とても生きているような感じはしない。クラウスは子供を抱えると、そっと運んだ。


 屋敷に戻り、暖炉を勢いよく燃やして、暖炉の前に二人がけのソファを移動してから、ユイを抱いたまま掛けた。


 自分の体もあたたまるのを感じる。ユイの体温が少しずつ戻ってきているのだろう。それでも安心できずに、ユイの腕をさすり温める。


 腕のなかにあるぬくもりが、大切に思えてならない。


 クラウスは自分の力を、何の役にも立たないものだと考えていた。


 欲しくてならないものは、手に入らないと知ったその日から。

けれど、この子を守ることができるのならば、本当に守れるならば、それは幸せなことかもしれない。今ならそう思える。


 さらさらと自分の髪がユイにかかってしまう。ユイの黒い髪に白っぽい金髪がいく筋かまざる。顔に炎の明りがあたり、ほんのりと照らしている。


 時折、暖炉ではぜる音が部屋に響く。

 外は吹雪となってしまった。

 側らのテーブルには、ホットミルクを用意した。ほんの少し酒を入れて、体が温まるように作った。


 最愛の人は、自分といて幸せだったろうか。

 そんなに長い時間ではなかったけれども。

 彼女を思い出すと、彼女はいつでも笑顔でいる。くるくるよく変わる表情につられて笑ってしまうことが何度もあった。


 もし、ここに彼女がいたならば、この膝に抱いているのは子供だったろう。


 実際は、彼女は子供を育てることなくこの世を去り、なぜか自分を慕ってくる少女がかたわらにいる。クラウスはふと苦笑した。かたわらではなく、膝にいるのだ、と。


 そうして何時間たったろうか。


「泣いてるの?」


 かすれた小さな声でユイが言ったので、クラウスは少し起こしてやった。


 いつの間にか涙があふれていたらしい。けれど、悲しい涙ではなかった。


「飲みなさい」


 クラウスがホットミルクを渡すと、クラウスの膝の上でぼんやりとユイは飲み始めた。眠たげな目がさらになごんでいる。飲み終わったカップをユイの手からテーブルに戻すと、クラウスはユイを抱きなおした。とろんと目を閉じるユイは、そのままもたれて眠ってしまう。


 ありがとう、とふいに思う。ここにいてくれてありがとう、生きていてくれてありがとう。



 翌日、目が覚めるとユイは、一人でソファに寝ていた。

 昨日は確かにクライム様にだっこしてもらっていたはずだけれど。それにしても、いったいいつ帰ってきたのだろう。


 目をこすり、大きなあくびをひとつ。

 気付くと朝食がテーブルに待っていた。


「おはようございます」


「おはよう」


 クラウスはすでに、机で水を飲みながら本を読んでいた。


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