第二部 10 マザラside
楽しんで頂けると嬉しいです。
血だらけで自分の前に跪き、すがっている姿は正直見たいものではない。
「お、お願いします。た、助けて下さい」
今まで蹴落とそうといろんな事をしてきたというのに本当にその言葉だけで助かると思っているのだろうか。
「せ、せめて命だけでも」
命だけ残っていれば簡単に生きていけると思っているのだろうか。
すべての地位も権力もお金もなく生きていけると思っているのだろうか。
甘い考えをお持ちでと鼻で笑いたかった。
全てが明るみになり国民に咎められず生きていけると思っているのか。
もし、私が彼ならば……死にたいと願う。
私は彼みたいに愚かにはならないから、考えるだけ無駄だけど。
「わかりました。ただし条件があります。嘘をつかずお教え頂ければ命だけは助けましょう」
1つの希望を見出した彼はベラベラといろんな事を喋り出した。こっちが聞いてない事まで。
そんなに生きたいなら命だけは助けましょうか。
「ありがとうございました。全て解決したら約束通りにいたします。では、失礼します」
彼のホッとした表情を嘲笑い薄汚い牢を後にする。
外に出ると日が昇ったばかりだったのが、日が落ち暗闇に支配されている。
自室の扉を開け、ソファで優雅に飲み物を飲んでいるトーマを見る。
「マザラ、どうだった」
「えぇ、山ほど情報提供してもらいました」
「あいつが?」
トーマの正面の椅子に腰掛ける。
トーマが国王になれないのが不思議で仕方がない。人を惹きつけ、優しく時には残酷で冷静に判断出来る。王に相応しい。
「命だけは助けて欲しいと言うので助けると言ったら喋り出しましたよ」
「公爵のボンボンが地位も権力も金もなくて生きていけんのか」
「さぁ。私は命だけ助けるので後は自分次第ですよね。狐の情報も多く頂いたので、自分でどうにか出来るかも疑問ですけど」
「容赦ねぇな。まぁ、俺たちには関係ねぇわ。バカ女のおかげで芋づる式に釣れるから楽だな。裏で動かなくていいし」
トーマはソファから立ち飲み物のおかわりをするようで端のテーブルに置いてあるポットに手をつける。
「マザラもいるか」
「淹れて頂けるのですか?光栄ですね」
「微塵も思ってねぇだろ」
笑いながら話していると扉が開いた。エルムの姿をしたノアが現れた。トーマの手元を見て笑顔で言う。
「トーマ、僕にも淹れてくれる」
ノアはトーマの返事を待たずに私の隣に座る。
「お疲れですね。大丈夫ですか」
「うん、大丈夫。少し休めば元気になるよ」
疲れているのか珍しく身体を椅子に預けている。
エルムの時のノアはトーマにとても似ている。ノアの目つきも鋭くなり声も低く聞こえるから、余計似てるのかもしれない。
机の上にあったお菓子をノアの前に置いた。
「どうぞ、トーマが持ってきたお菓子だから美味しいですよ」
「マザラ、ありがとう」
ノアは笑いながらお菓子を食べた。
よく見れば部分的に違いがあるのがわかる。仕草や雰囲気なんかは全然違う。
「ほら。どこ行ってた」
トーマは私とノアの分の紅茶を置いて座る。ノアが紅茶を飲みひと息つく。
「朝から薬草探しで北へ」
「北かぁ。で、何か見つかったか?」
「うん。取りあえず見つけた薬草で呪いは解けるはずだって。精製するのに少し時間がかかるけど。黒部隊も借りたから早く薬草が見つかった。ありがとう」
北は険しい山脈が連なっている。天候も変わり易く好きで足を踏み入れる者などいない。あそこには、そんな過酷な場所で暮らしている村もあるが信じられない。
それに、普通の人が1日で帰れるなんてあり得ない。ノアの身体能力に改めて感心する。
「黒部隊は俺たちが結成したんだ。いつも言ってるが気にするな」
「そうですよ。ナディアの記憶戻るといいですね」
「うん」
ノアとナディアを見ていると微笑ましく感じていたし、今のノアを見てると変わったなと思う。
「もう少し時間がかかると思ったが早いな」
「リリアが寝ずに頑張ってるからね」
「へぇ。度胸も座ってるし、過去の話を聞かなかったら俺の部隊に誘いたいぐらいだな」
「ダメだよ。彼女は騎士団預かりだからね」
「はいはい。トーマは諦めて下さい」
トーマは、残念な顔しながら笑っている。
半分はそう思っていたのかもしれない。トーマの悪い癖が出ない様祈るしかないか。
「そっちはどうだった?いい情報聞けた?」
「はい。狐の情報も山ほど頂きました」
「奴の命だけは助けてやるだってよ。マザラは優しいよな」
ノアは呆れた顔をしながら乾いた笑いをする。
「生き地獄だね」
「ブッ、あははっ!」
トーマは吹き出し大笑いしてる。
「だよな。無知って怖いな」
「私は彼から良い情報を得たので彼の望みを叶えるだけですよ」
「彼が苦しまない様に願ってるよ。マザラ、計画出来たら教えて。どんな事もするよ」
「はい。頼りにしてます」
「バカ女はどうする?」
「トーマにまかせるよ。僕が関わったら大変な事になるよ」
笑ってない笑顔で答えるノアは怖い。
ノアの髪と目の色が元に戻っていく。
「ノア。元に戻ったぞ」
「効果切れたみたいだね。やっとナディアに会いに行ける。マザラ、今日も白薔薇頂いていくね」
「えぇ、どうぞ」
「ありがとう。じゃ、また後で」
ノアは疲れた顔を見せず笑顔で出て行く。ノアは毎日ナディアに白薔薇を届けている。私が昔に趣味で育てていた白薔薇を庭園の隅っこに植えていた。今はノアが管理しているようなものだ。
「マジでロマンチストだな。何日目だ?」
「5日目ですね。トーマには、真似できませんね」
「おい!まぁ、ノアだから似合うだろ」
大切な親友が早く幸せになれるようにトーマと笑い合った。
「で、情報はどうする?俺の部屋に行くか」
「そのほうが良いです。もうそろそろ部屋に仕事終わりのあいつが来るので」
考えるだけで憂鬱な気分になる。
「あいつも優秀な兄ちゃん持ったから大変だよな。親父の後は継げるのに、自分の能力が低すぎて他の公爵家からはバカにされるんだぜ」
「私の知った事じゃないですよ。私は好きであいつの兄なんてやってないんですから」
自室からトーマの部屋へと移動しようと廊下に出る。しばらく歩くと前から来た苛立った顔をしている会いたくない人に会った。弟、ギダナ。
「マザラ、話がある」
「私にはありませんよ」
「へぇ、兄ちゃんに敬意を払えないなら仕事もできねぇよなぁ」
「……トーマ殿下には関係ありません」
ギダナの不機嫌な表情に苛立ちを覚える。嫌いな兄の前だとしても、礼儀に欠けることは許されない。
「トーマ殿下の前ですよ。口の利き方に気をつけなさい」
「マザラが……」
トーマは間髪入れずにギダナに話す。
「これからマザラは仕事だ。ギダナに使う時間はない。下がれ」
ギダナは悔しそうな顔をして来た道を戻っていく。
「マザラが正妻の子じゃなくて良かったよ。俺の下に来なかったからな」
「それ、褒めてます?」
「はぁ?褒めてるに決まってるだろ」
私だってトーマの下に来れた事が嬉しかった。
ノアにも会えたし、退屈ではなかった。
それに、狐を追い込む事ができる。
国王側近セイ・スイドス公爵。
「マザラ早く行くぞ」
「はい」
トーマの部屋で作戦を練る。不正の資料はこちら側にある。証言、証拠。後は好機を待つだけ。
決行は1週間後。
これで、全て変わる。
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