第68話 親書
ルクレールへ戻ったシャルロットとフェルナンドは、その日のうちにアランスの執務室を訪れていた。
机の上には、グレース渓谷周辺の報告書が数枚重ねられている。
アランスは一通り目を通すと、顔を上げた。
「まず、向こうの状況から聞こう」
「大きな変化はありません」
シャルロットが答える。
「リュゼル砦の守備は維持しています。各隊にも、予定されていた任務を継続するよう指示を残してきました」
アランスの視線がフェルナンドへ移る。
「指揮は?」
「当面、支障はありません。緊急時の報告経路も確認済みです。補給と交代についても、出発時点では変更の必要はありませんでした」
「分かった」
アランスは報告書を閉じた。
「では、二人揃って戻った理由を聞こう」
シャルロットが答える。
「脱走中の騎士クランとプレデリカ隊長について、新しい動きが確認されました」
「二人ともか」
「はい。最後に確認された地点はマルムです。その後の移動までは追えていません」
「二人は一緒にいるのか」
「同じ経緯で行動しているわけではありません。ただ、確認できた範囲では、二人ともリア・グローリーと継続して接点を持っています」
アランスは椅子の背から身体を起こした。
「確認しておく。クランとプレデリカは、現在どちらもルクレール側では脱走騎士として扱っている。それで間違いないな」
「はい」
シャルロットが答える。
フェルナンドが続けた。
「ただし、経緯は異なります。クランはエラールで命令を拒否し、騎士ラッセルと交戦した後に拘束。その後、現地から離脱し、現在まで帰還していません」
アランスは黙って聞いている。
「アズワール隊長は辞任を申し出ましたが戦時中のため、これを認めず、その後に書き置きを残して離脱しています。現在も捕縛対象です」
「同じ脱走騎士扱いでも、経緯まで同じではないということか」
「はい」
フェルナンドが答えた。
アランスは指先で机を軽く叩いた。
「このリア・グローリーというのは?」
「ルクレールの騎士ではありません。ですが二人を匿っている可能性があります」
シャルロットが答える。
「ワトル伯爵家に属する騎士です」
「なら、二人と同じ扱いにはできんな」
「その通りです」
アランスはそこで一度、シャルロットとフェルナンドを見比べた。
「二人を追う理由があるからといって、リア・グローリーまでこちらの都合で扱えば話が変わる。ワトル伯爵からすれば、自領の騎士に他領が手を伸ばすことになる」
「はい」
「そこを混同するな」
フェルナンドが頷く。
「だが、接触は続いている」
「はい。二人の所在と経緯を知りながら行動を共にしている可能性があります」
アランスは少し考えた。
「匿っている、と言い切れるのか」
「いいえ」
シャルロットは首を振る。
「現時点では疑いです。だからこそ、本人から説明を聞く必要があります」
「分かった」
アランスは再び机上へ視線を落とした。
マルムはワトルが治める領地だ。
ルクレール側の事情だけで、人を連れてくることはできない。
「ワトル伯爵には正式に話を通す」
アランスが言った。
「親書を出そう」
フェルナンドが顔を上げる。
「内容は?」
「クランとプレデリカ両名の所在確認。それから、身柄の引き渡しについて協力を求める」
アランスは言葉を継いだ。
「グローリー卿には、二人との関係について説明を求める。必要なら、ルクレールへの同行を要請しても構わん」
「要請、ですか」
「そうだ。同行を求めることはできる。だが、拒まれたからといって強引に連れてくる権限まで与えることはできない」
アランスはフェルナンドを見る。
「グローリー卿は我々の騎士ではない。両名と同列に扱う理由もない」
「承知しました」
「使者はお前が行け、フェルナンド」
フェルナンドの表情は変わらなかった。
「私が、ですか」
「ただ親書を届けるだけなら、他の者でもいい」
アランスは机上の報告書へ手を置いた。
「だが、相手は元ルクレール騎士が二人だ。引き渡しとなれば、騎士団側の事情を分かっている者がいた方がいい。現地で条件を詰めるなら、書状を運ぶだけの者では足りん」
「承知しました」
シャルロットも異論を挟まない。
騎士団の副騎士長として、フェルナンドが適任なのは確かだった。
アランスが続ける。
「ただし、マルムはルクレール領ではない」
「はい」
「勝手に捜索するな。屋敷へ入る場合も、ワトル伯爵の許可を得ろ」
「承知しています」
「両名の引き渡しを求めることと、こちらの判断だけで拘束することは別だ。グローリー卿も同じだ」
フェルナンドは頷いた。
「協力を拒まれた場合は?」
「返答を持ち帰れ」
アランスの返事は早かった。
「引き渡しだけを拒み、事情確認には応じた場合もですか」
「同じだ。伯爵の返答をそのまま持ち帰れ。次を決めるのは私だ」
「承知しました」
話がまとまらなければ、返答を持ち帰る。
それがフェルナンドに与えられた範囲だった。
アランスはシャルロットへ視線を向けた。
「異論はあるか」
「ありません」
シャルロットは答えた。
ノエラから聞いた、もう一つの報告には触れない。
グローリー邸にあった王家の肖像。
そこに描かれたリシュア王女と、リアがよく似ていたという話。
シャルロット自身が肖像を確認したわけではない。
似ているというだけで、何かを決めることもできない。
アランスは五年にわたりリシュア王女を捜している。
だからこそ、確かめられていない情報を今ここで渡すべきではないと判断した。
「では、フェルナンド」
アランスが言う。
「親書を用意する。準備ができ次第、マルムへ向かえ」
「承知しました」
フェルナンドが頭を下げた。
シャルロットは何も加えなかった。
これから作られるアランスの親書に、リシュア・レ・ザイファールという名が記されることはなかった。
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