第67話 立つ位置
ワトルは、リアの報告を黙って聞いていた。
部屋にはクランとアリシアもいる。
アリシアはクランの近くに立ったまま、口を挟まずに二人の話を聞いていた。
水上神殿では、結界の補強を続けても弱まりは止まらず、封印の力が残っているうちにヴァルネスを討つことになった。
戦いには勝ち、神殿も守られた。
「当面は問題ないんだな」
「はい。差し迫った危険はありません。神殿側も落ち着きを取り戻しています」
「そうか」
ワトルが頷く。
リアは続けた。
「それと、おじ様。もう一つ、ご報告があります」
「何だ」
「帰った時、玄関は外から見た限りではいつも通りでした。ですが、鍵を使う前に扉が開きました。玄関の鍵が掛かっていなかったのです」
「鍵が開いていたのか?」
「はい。出る時には、私が確かに掛けています」
「中は確認したのか」
「はい。クランと一緒に」
ワトルの視線がクランへ向く。
クランは短く頷いた。
「誰もいませんでした。玄関にも窓にも壊された跡はありません。中が荒らされた様子もありませんでした」
「盗られた物は?」
「今のところ、なくなった物はありません」
ワトルは組んでいた指をほどいた。
「なら、物盗りと決めつけるのは早いな」
リアが頷く。
「しばらく、屋敷の周りは見させよう。何もなければそれでいい。きみたちも、出入りの時は気をつけなさい」
「ありがとうございます、おじ様」
それ以上、ワトルは追及しなかった。
リアも小さく頷いた。
ワトルは今度はクランを見る。
「クラン。少し時間はあるか」
「はい」
「なら、少し付き合え」
クランは理由を尋ねなかった。
立ち上がると、アリシアが顔を上げる。
「くらん、いくの?」
「ああ。行って来る」
「うん」
リアとアリシアを残し、クランはワトルの後について部屋を出た。
◇
ワトルが向かったのは、屋敷の訓練場だった。
二人は稽古用の剣を手に、向かい合う。
ワトルが静かに息を吐いた。
「いつかの約束通り、剣を見てやろう」
クランは剣を構えながら、目の前の老人を見た。
派手な構えではない。
剣先にも、身体にも、目立った力は入っていない。
それなのに、一歩踏み込もうとすると、その先にワトルがいる。
右へ回ろうとすれば剣先がこちらを向き、間合いを外そうとすれば、それを追うのではなく、逃げた先を塞ぐ位置へ立っている。
速いのとは違う。
余計な動きがない。
「来い」
クランは踏み込んだ。
正面から打ち合わない。
剣を合わせる直前に角度を変え、ワトルの剣筋の外へ身体をずらす。
そのまま脇へ抜け、返す剣を胴へ向けた。
だが、その剣先が届く前に、ワトルの剣が止まった。
「今のは、それでいい」
クランは構えを解かない。
「……いいんですか」
「一人で戦うならな」
ワトルは訓練場の端に立つ杭へ目を向けた。
「今度は、あそこに人がいると思え」
クランも杭を見る。
「そこを背にしてみろ」
「はい」
位置を変える。
杭を背後に置き、クランは再びワトルと向かい合った。
「行くぞ」
今度はワトルから踏み込んだ。
斜めに剣が入る。
クランは反射的に身体を外した。
先ほどと同じだ。
自分へ届く剣筋から離れ、そのまま反撃へ移れる位置を取る。
だが。
ワトルの剣は、クランが外れた空間をそのまま抜けた。
剣先が、背後の杭へ向かう。
届く寸前で止まった。
「今のは駄目だ」
クランはワトルを見る。
「……何が違うんですか」
「お前は避けた」
ワトルは剣先を下げる。
「だが、後ろは空いた」
クランは振り返った。
杭がある。
そこに誰かが立っていたなら、今の剣は自分ではなく、その相手へ届いていた。
「避けるな、ということですか」
「違う」
返事はすぐだった。
「避けていい。受けてもいい。先に潰せるなら、それでもいい」
ワトルは自分の立っている場所を剣先で軽く示す。
「ただ、何を守っているかで、立てる場所は変わる」
クランは黙って聞いている。
「相手だけを見るな。自分が退いた後ろも見ろ」
それだけ言うと、ワトルは再び剣を上げた。
「もう一度だ」
「はい」
クランも構え直す。
今度は、すぐには踏み込まなかった。
ワトルを見る。
その後ろではない。
自分の背後にある杭へ、一度だけ視線を向ける。
先ほどより半歩、立つ位置を変えた。
ワトルが動く。
同じ角度から剣が来た。
クランは外へ逃げなかった。
身体を開きすぎず、剣を斜めに合わせる。
正面から受け止めるのではなく、力を横へ逃がしながらワトルの剣筋をずらした。
杭へ向かっていた線が外れる。
そのまま反撃へ移ろうとする。
だが、一瞬遅い。
ワトルの剣が返り、クランの脇腹へ触れる直前で止まった。
「今の方がいい」
クランは息を吐く。
「ですが、遅いですね」
「分かっているならいい」
ワトルが剣を戻す。
「守る方を気にして、自分の次が止まれば意味がない。そこは慣れろ」
「……はい」
クランは一度、握った剣を見る。
今までなら、自分へ向かう剣と、その先にいる相手を見ていた。
それだけでは足りない。
もう一度、背後の杭を確認する。
そして、剣を上げた。
ワトルがわずかに顎を引く。
「もう一本だ」
「お願いします」
二人は、再び向かい合った。
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