第66話 戻る前に
扉が叩かれた。
「入ってください」
シャルロットが答えると、フェルナンドが部屋へ入ってきた。
「お呼びでしょうか、騎士長」
「ええ」
机の上には、グレース渓谷周辺の戦線図が広げられたままだった。
シャルロットはそれに一度目を落としてから、フェルナンドを見る。
「ルクレールへ戻る必要ができました」
フェルナンドの表情は変わらない。
「いつ頃をお考えですか」
「こちらの整理が済み次第すぐにです」
「承知しました」
短く答えたあと、フェルナンドは続けた。
「侯爵閣下へ直接お話しになる案件でしょうか」
「はい。私からお伝えする必要があります」
それ以上の説明を、シャルロットは加えなかった。
フェルナンドも尋ねない。
「それと、あなたにも同行してもらいます」
「私も、ですか」
「ええ」
「承知しました」
フェルナンドの視線が、机上の戦線図へ移った。
「では、騎士長と私が同時に離れることになります。こちらの指揮は、先に整理しておく必要がありますね」
「ええ、その通りです」
「現在の配置は、大きく動かさない方がよいでしょう。必要な指示はこちらでまとめます」
「任せます」
シャルロットは頷いた。
王女のことは口にしなかった。
今はまだ、何も確認できていない。
広げるべき話ではない。
◇
その後、リュゼル砦では、シャルロットとフェルナンドが不在になっても戦線が止まらないよう、必要な指示が残る各隊へ伝えられた。
現在の配置を大きく変えず、リュゼル砦の守備とグレース渓谷方面の部隊がそれぞれの持ち場を維持できるよう、命令系統も整理された。
細かな確認はフェルナンドが引き受け、シャルロットは必要な判断だけを行った。
戦線を預かる者が変わっても、兵たちの役目まで変わるわけではない。
今は、それでよかった。
◇
再びフェルナンドが部屋へ戻ってきた時、戦線図はまだ机の上に広げられていた。
「こちらは整いました」
シャルロットが顔を上げる。
「騎士長が離れた後も、当面の指揮に支障はありません」
「ありがとうございます」
「出発は、いつにしますか」
「明日にでも」
「承知しました」
フェルナンドが一礼する。
シャルロットは戦線図へ目を落とした。
ここでやるべきことは、もう済んだ。
確かめるべきことがある。
そのためには、まずルクレールへ戻らなければならない。
シャルロットは脇に置いた聖剣を静かに見つめた。
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