第56話 白銀の署名
マルムが収穫祭の賑わいに包まれるより前のことだった。
リュゼル砦には、プレデリカの捕縛に向かった騎士たちが戻っていた。
砦の一室で、シャルロットはフェルナンドとともにシストの報告を待っていた。
白銀の長い髪と深い紫の瞳、整った顔立ちは、静かな表情の中でいっそう際立っている。
「申し訳ありません、騎士長。アズワール隊長の捕縛に失敗しました。追撃は現場で中止しています」
「経緯を聞かせてください」
「林道で進路を塞ぎました。前衛は槍の間合いへ不用意に入れず、弓兵と魔術兵で動ける範囲を狭めています。包囲は成立していました。アズワール隊長も槍で応戦しましたが、急所を狙う攻撃はしていません」
シャルロットは頷いた。
プレデリカが元同僚を積極的に殺そうとしないことも含め、そこまでは想定から外れていない。
「ほかに予定外の動きは?」
「ラッセルが待機命令に違反しました。制止しましたが、単独でアズワール隊長へ向かい、槍で制圧されています。その後も捕縛を継続し、アズワール隊長の槍を大きく弾きました。隊長は回収を断念し、腰の剣へ持ち替えています」
槍を失っても、プレデリカは戦える。
だが、複数を相手に間合いを支配するなら、剣より槍の方が厄介だ。
そこまで追い込んでも、捕縛には至らなかった。
「外部から介入した者がいます」
「誰ですか?」
「騎士クランです」
シャルロットの視線が止まった。
「騎士クラン、ですか……」
「本人に間違いありません」
クランがプレデリカへ手を貸すこと自体は、理解できる。
想定から外れていたのは、彼がその時、その林道にいたことだった。
「どこから現れたのです?」
「林道脇の木々からです。石を投げ、アズワール隊長へ踏み込もうとしていた前衛の兵の兜へ当てています。そのまま戦闘へ介入しました」
「それ以前に姿は?」
「確認していません」
「プレデリカ隊長は、彼を呼んでいたのでしょうか?」
「確認できません。アズワール隊長自身は、クランを呼んだのではないと述べています。ただ、事前に連絡を取っていなかったとまでは断定できません」
シャルロットは形の良い顎に指を添え、僅かに思案した。
◇
「介入後の状況を続けてください」
「クランは、アズワール隊長が失っていた槍を戻しました。隊長は剣を収め、再び槍へ持ち替えています」
それまでとは条件が変わった。
プレデリカが最も扱い慣れた武器を取り戻し、その戦い方を知るクランが加わった。
「二人は、どの程度言葉を交わしましたか?」
「短いやり取りはありましたが、作戦を詰めるようなものではありません。戦闘中も必要な指示だけを交わしていました。アズワール隊長が槍でこちらの動きを止め、クランが生じた隙を崩しています。クランが乱した位置を隊長が整える場面もありました。二人の連携を止めきれず、包囲を突破されています」
プレデリカ一人を捕らえるための布陣だった。
そこへ、彼女の間合いと癖を知る剣士が加わった。
過去の関係を知っていたことと、それを実際の戦力として見積もっていたことは、同じではなかった。
「その後は?」
「林道の奥に、別の人影を二人確認しています。一人は金髪の騎士らしき人物。もう一人は小柄な少女です。木々に遮られ、顔と所属までは確認できませんでした」
「クランたちとの関係は?」
「分かりません。少なくとも林道の奥にいたことまでは確認しています。その後も同行したかは不明です」
金髪の騎士と、小柄な少女。
思い当たる者はいるが、名前を与えるには情報が足りない。
「貴方が追撃を止めた理由は?」
「倒れた兵と落ちた武器が残り、隊列を立て直す必要がありました。弓兵の射線も乱れています。この状態で森へ入れば、こちらが崩されると判断しました。負傷者の回収と隊列の立て直しを優先しています」
「その判断は妥当です」
シストがわずかに顎を引く。
「ですが、ラッセルの命令違反を止めきれず、最終的に捕縛任務を達成できなかった責任は私にあります」
「ラッセルの命令違反と、騎士クランの介入、あなたが追撃を止めた判断は分けて扱います。任務全体の評価も含め、今ここでは決めません」
「承知しました」
「ご苦労様でした。下がってください」
シストが一礼し、部屋を出ていく。
扉が閉じるまで、フェルナンドは口を挟まなかった。
◇
「騎士長。アズワール隊長が持つ情報についてですが」
「強化兵のことですね」
「はい。運用の実態を知るアズワール隊長が、騎士クランと接触しました」
「話したかは分かりません」
「ええ。ただ、外へ伝わる可能性は生じました。それと、林道にいた金髪の騎士らしき人物です」
「リア・グローリーであれば、ワトル伯爵へつながります」
「仮にアズワール隊長がワトル伯爵の保護下に入っているなら、単純な追跡では済みません」
「そこまでは確認できていません」
「まずは所在を押さえるべきでしょう。兵力を増やす場合も、リュゼル砦から割くことになります」
「今は動かしません。プレデリカ隊長一人を前提にした追跡を、繰り返すつもりもありません」
フェルナンドが続きを待つ。
「まず、プレデリカ隊長と騎士クランの現在位置を確認してください。二人が今も同行しているかも含めて」
「林道の奥にいた二人についても?」
「確認できる範囲で。金髪の人物がリア・グローリー本人かどうか。プレデリカ隊長たちとワトル伯爵との接点も調べてください」
「承知しました」
「捕縛の指定は変えません」
フェルナンドの表情は変わらない。
「騎士クランについては?」
「今回の介入を記録に加え、所在を確認してください」
◇
フェルナンドがまとめた書面が、シャルロットの前へ置かれた。
上から順に目を通していく。
途中で、指が止まった。
「ここを直してください」
「どこでしょうか」
「プレデリカ隊長と騎士クランが、現在も行動を共にしているという部分です」
「林道では協力して離脱しています」
「そこまでは事実です。その後も同行しているとは確認できていません」
「では、林道で協力して離脱。その後の同行は未確認、と改めます」
「お願いします。もう一点、今回の失敗要因として、プレデリカ隊長一人を前提に戦力を見積もっていたことも加えてください」
フェルナンドは一瞬動きを止めた。
しかしシャルロットの視線に気が付き筆を走らせる。
プレデリカに援軍が加わる可能性を想定した指示を、自分が出していなかったのは事実である。
その事実をシャルロットは無視するつもりはなかった。
フェルナンドが文面を修正し、再び差し出した。
シャルロットは変更された箇所を確認した。
ほかに直すところはない。
書面の末尾へ署名し、筆を置く。
「これで進めてください」
「承知しました、騎士長」
フェルナンドが書面を受け取った。
扉の外で待っていた従兵へ渡し、確認先を短く伝える。
従兵は一礼し、書面を抱えてリュゼル砦の廊下の先へ消えていった。
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