表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/58

第55話 借りられない答え

 収穫祭から十四日が過ぎた。


 あの日、広場を埋めていた飾りの麦穂はすでに片づけられ、ワトル伯爵邸の中庭には代わりに薪の束が積まれていた。


 使用人たちが窓枠の隙間を確かめ、古くなった布を新しいものへ取り替えている。

 冷たい風が廊下へ入り込むたび、開け放たれた扉が小さく鳴った。


 冬は、まだ来ていない。

 だが、もう遠くもなかった。


 プレデリカは中庭へ視線を向けながら、廊下を進んだ。


 歩くことには、もう不自由しない。

 階段も一人で上れる。


 衣服の下に残る包帯も、数日前より薄いものへ替わっている。

 それでも、傷が消えたわけではなかった。


 執務室の扉へ右手を伸ばした時、脇腹から背へつながる辺りにかすかな張りが走る。


 プレデリカは指を止めた。

 痛み──というほどではない。


 槍を長く構えなければ、日常には支障もなかった。

 だが、それを理由に治ったと言い切れば、治療師は首を横に振るだろう。


 一度深呼吸をし、扉を叩いた。


「入れ」


 中からワトルの声が返った。

 プレデリカが扉を開けると、執務机の上には書類が二つの山に分けられていた。


 壁際には地図が広げられ、窓のそばには火の入っていない暖炉がある。

 ワトルは手にしていた書類を置いた。


「傷はどうだ」

「日常には支障ありません。槍も、短時間なら」

「なら、まだ治療中という事だ」

「……そうなります」


 ワトルは椅子に座るよう促した。


 命令を受ける騎士のための立ち位置ではない。

 領主と客人が話すために置かれた椅子だった。


 プレデリカは素直に腰を下ろす。

 背もたれへ深く身体を預けることはせず、膝の上で両手を重ねた。


「ここでの生活に不都合はあるか」

「ありません。部屋も食事も、十分すぎるほどです」

「騎士用の宿舎など、客人には落ち着かんかと思ったが」

「私には、そちらの方が慣れています」

「そうか」


 ワトルは机上の紙へ視線を落とした。

 問いはそこで終わらなかった。


「傷が治った後は、どうする」


 膝の上で重ねた指先に、わずかに力が入った。


 いつかは聞かれると思っていた。

 ワトルからでなくとも、誰かに。


 そして、その問いへ返す言葉を、プレデリカはまだ決められずにいた。


「……まだ、決められていません」

「ルクレールへ戻るか」

「分かりません」

「ここに残るか」

「それも」


 迷いを口にすることに、以前ほど抵抗はなかった。

 だが、言葉にしたからといって、答えが近づくわけでもない。


 ルクレールで剣を取り、部下を率いてきた時間を、間違いだったとは思わない。

 命令を受け、その責務を果たすことは、プレデリカにとって騎士としての誇りでもあった。


 戻るなら、そこで残した責任と向き合わなければならない。


 けれど、以前と同じように、命令だけを道標にすることもできなかった。

 マルムで受けた厚意を、そのまま行き先の答えにしてよいとも思えない。


「以前なら、次の命令を待てば済みました」

「今は違うか」

「はい」


 ワトルは急かさなかった。

 机の向こうで腕を組み、プレデリカの続きを待っている。


「……父なら、どうしたか」


 口にしてから、プレデリカは窓の外へ視線を移した。

 中庭では、薪を運ぶ男が一度足を止め、束を持ち直している。


「母なら、何を選んだか。それも考えました」

「答えは出たか」

「いいえ」


 父のシュラウドは、騎士として何を選んだだろう。

 母のロザリーは、騎士を離れた娘へ何を望むだろう。


 二人の姿を思い浮かべることはできる。

 だが、今ここにいる自分へ向けた言葉は、どこにも残されていない。


「シュラウドは、私の戦友だった」


 ワトルの声が、静かな部屋へ落ちる。


「剣を交えたことも、同じ戦場に立ったこともある。あいつが何を嫌い、何を見捨てられなかったかも、それなりには知っているつもりだ」


 プレデリカはワトルを見る。


「お前の母が騎士だったことも知っている。顔を合わせたこともある」


 それ以上、ワトルは語らなかった。

 知っている事実だけを置き、その先へ踏み込まない。


「だが、二人が今のお前へ何と言うかを、私が決めることはできん」

「……はい」


 プレデリカは膝の上の手を見た。


 父の答え。

 母の答え。


 騎士団の答え。

 上官の答え。


 それらが正しいかどうかを考えることには慣れている。

 だが、自分が何を選ぶかを考えることには、まだ慣れていなかった。


「借りた答えで決めるな。お前自身が、何を守りたいかを考えろ」


 暖炉の中で、古い薪が乾いた音を立てた。

 火は入っていない。ただ、朝の冷気を吸って木が軋んだだけだった。


「今すぐ決めろとは言わん」


 ワトルは積まれた書類へ手を伸ばした。


「傷も治っていない者へ、先の所属を迫るほど人手に困ってはいない」


 最後の言葉だけは、わずかに軽かった。

 プレデリカは立ち上がる。


「……考えます」

「ああ」


 それ以上、ワトルは何も言わなかった。

 プレデリカは一礼し、執務室を出た。


 扉を閉める。

 閉じた扉から手を離しても、すぐには歩き出さなかった。


 廊下には先ほどと同じ冷たい空気が流れている。


 やがて、遠くから乾いた音が聞こえた。

 木と木がぶつかる音ではない。


 一本の木剣が、空気を切る音だった。



 ◇



 プレデリカが訓練場へ近づくにつれ、音ははっきりしていった。


 速くはない。

 一定の間隔を置き、一度振っては止まり、また振る。


 騎士たちが使う広い訓練場の端に、軽い運動や型の確認に使われる区画がある。


 そこにクランがいた。

 実剣ではなく、刃の厚い木剣を右手に持っている。


 足は肩幅より少し狭い。


 右足を前へ置き、身体を開きすぎないようにしている。

 左手は柄へ添えられていたが、握ってはいなかった。


 クランが木剣を振る。

 肩から振り下ろすのではなく、右肘と手首を中心に小さく軌道を取る。


 振り切らない。


 木剣が胸の高さまで下りたところで止め、左肩の位置を確かめるように腕を戻す。


 その近くにはリアがいた。

 腰掛けの上に水差しと布を置き、手にした小さな砂時計を見ている。


 アリシアは訓練区画の外側に置かれた低い台へ座り、両脚を揃えて揺らしていた。


 クランがもう一度振る。


 今度は途中で動きを止めた。

 木剣を下ろし、左肩へ右手を当てる。


「どうですか?」


 リアが尋ねた。


「張るだけだ」

「痛みは?」

「ない、大丈夫だ」


 クランは木剣を腰掛けへ置いた。

 リアが砂時計を返すより先だった。


 プレデリカは足を止める。

 以前なら、あと一度だけと言って続けていただろう。


 止めるよう言われても、問題ないと答えたはずだ。


「あ」


 アリシアがプレデリカへ気づいた。


「ぷれでりか」


 クランとリアが振り返る。


「プレデリカ。おじ様とのお話は終わったのですか?」

「ええ」


 プレデリカは三人のそばまで歩いた。

 腰掛けに置かれた木剣を見る。


「治療師の許可は出ているの?」

「短時間なら」


 クランは答えた。


「素振りと、軽い動きの確認までです」


 リアが補う。


「強く受ける動きと、左腕を高く上げる動きは禁止されています」

「そう」


 プレデリカはクランを見る。

 吊り布はない。


 上着の下にはまだ固定布があるらしく、左肩の形が右とわずかに違っていた。


 顔色は悪くない。

 息も乱れていない。


 しかし、完全に治った者の立ち方ではなかった。


「貴方の『短時間』は信用できないのよね」

「今日は守っています、隊長」

「今日は、ね」


 クランは言い返さなかった。

 アリシアが腰掛けから降り、クランの木剣を覗き込む。


「くらん、もう、おしまい?」

「そのつもりだった」

「もう、ふらない?」

「ああ」


 アリシアは少し残念そうに木剣を見たが、もう一度振れとは言わなかった。


 プレデリカは訓練場の武器棚へ視線を移す。


 木剣の隣に、長さの異なる木槍が数本並んでいる。

 そのうち最も軽い一本へ手を伸ばした。


「隊長?」


 クランが呼ぶ。

 プレデリカは木槍を持ち上げ、柄を確かめた。


 重さは問題ない。

 槍を水平にした時、傷の周囲へわずかな張りを感じたが、すぐに収まった。


「素振りは終わったのでしょう」

「はい」

「なら、別の動きを確かめても構わないわね」


 リアがプレデリカと木槍を交互に見る。


「手合わせをなさるのですか?」

「短時間だけよ」

「許可された範囲を超えませんか?」

「激しく打ち合うつもりはないわ。動きを見るだけ」


 プレデリカはクランへ木剣を示した。


「どうする?」


 命令ではない。

 拒めない状況でもなかった。


 クランは木剣へ手を伸ばす前に、左肩を動かした。前へ、横へ。肩より高くは上げない。


「お願いします」


 木剣を右手で取る。


「隊長の傷は」

「貴方よりは動けるわ」


 プレデリカは木槍を軽く回した。

 柄の重みが傷へ響かない範囲を確かめる。


「ただし、私も一度だけにする」


 リアは二人を見比べた後、砂時計を手に取った。


「無理を感じた時は、ご自分で止めてください」

「ああ」

「分かったわ」


 クランとプレデリカが答える。


「アリシア。こちらへ」

「うん」


 リアがアリシアを連れ、訓練区画の線より外側へ下がった。

 アリシアはリアの隣で立ち止まり、二人を見つめる。


 プレデリカは木槍を構えた。


「一度だけよ」

「はい、隊長」

「強い張りが出たら、そこで終わり」

「分かっています」

「本当に?」

「……今日は」


 プレデリカはわずかに息を吐いた。


「では、始めるわ」



 ◇



 最初に動いたのは、プレデリカだった。

 踏み込まず、木槍の穂先だけをクランの右胸へ向ける。


 左肩は狙わない。

 狙う必要もなかった。


 クランは木剣を右手で構え、半身になる。左手を柄へ添えたが、指は軽く触れているだけだ。


 プレデリカは胸元へ穂先を伸ばした。


 クランが右へ動く。

 穂先を止め、今度は右手首へ落とす。


 クランは木剣で受けなかった。腕を引き、身体の向きを変えて避ける。


 続けて脚へ槍を滑らせる。

 クランが半歩下がった。


 追わない。


 プレデリカは槍を引き、最初の距離へ戻した。


 クランが踏み込もうとする。

 その前へ穂先を置く。


 クランの足が止まった。


 正面から槍を払えば、左肩へも衝撃が伝わる。無理に内側へ入れば、胸元へ触れられる。


 クランは進まず、左へ回った。

 プレデリカも足を動かす。


 間合いは変わらない。

 二度目の踏み込みも、穂先を置くだけで止めた。


 クランは木剣を強く振らなかった。

 右手で柄を押し、槍身へ木剣の根元を触れさせる。


 受けるのではなく、線をわずかにずらそうとする動きだった。


 プレデリカは槍を引く。

 木剣が空を切る前に、反対側から穂先を出した。


 クランが身を沈めてかわす。

 そこから反撃には来ない。


 左肩へ負担が掛かる動きを避けている。

 だが、それだけでは槍の間合いを越えられない。


 プレデリカが前足を出す。


 クランは下がった。

 もう半歩、前へ出る。


 また下がる。

 追われているように見えた。


 だが、クランの足は乱れていない。


 プレデリカは槍を一度引いた。

 次の突きへ移るため、右足を前へ出す。


 その瞬間、クランが止まった。

 下がっていた身体が、斜め前へ沈む。


 木剣の根元が槍身の中央へ当たった。


 強く叩かれたわけではない。

 身体の向きと踏み込みだけで、槍の線が外へ押し出される。


 クランは穂先の外側へ抜けた。

 低い姿勢のまま、槍の内へ入ってくる。


 速さだけではない。

 プレデリカの前足が地面へ着く時を待っていた。


 右手の木剣が下から上がる。

 脇腹へ届くには、まだわずかに遠い。


 それでも、このまま槍を長く持っていては対応が遅れる。


 プレデリカは一歩下がった。

 柄を滑らせ、右手と左手の間隔を狭める。


 木槍を短く持ち直し、石突き側をクランの腰前へ置いた。


 触れさせる必要はない。

 クランはそれ以上進めず、右へ身を引いた。


 再び距離が開く。

 プレデリカは槍を構え直した。


 傷の周囲に軽い熱が残る。

 まだ問題はない。


 クランの左肩も、今の踏み込みでは大きく揺れていなかった。


「同じようには入れないわよ」

「分かっています」


 短い返答だった。

 プレデリカは槍を長く戻さなかった。


 持ち手を狭めたまま、穂先と石突きの両方を使える位置へ置く。


 クランが左へ動く。

 その先へ石突きを低く差し出す。


 右へ変えれば、穂先を置く。


 攻撃はしない。

 進める場所だけを減らしていく。


 クランが穂先を木剣でそらす。

 その動きに合わせて槍を引き、石突きを反対側へ回す。


 クランが踏み出そうとした場所へ、すでに柄がある。


 足が止まる。

 プレデリカは胸元へ穂先を戻した。


 クランが身体を引く。

 木剣を返そうとするが、右手だけでは動きの終わりがわずかに遅い。


 左手を添えれば、肩へ負担が掛かる。


 クランは無理に追わず、再び距離を取った。

 訓練場の外で、アリシアが息を止める音が聞こえた。


 リアは声を出さない。


 プレデリカはクランの足を見る。

 先ほどと同じ入り方は使わないはずだ。


 クランは右へ回る。

 プレデリカも向きを変えた。


 次の瞬間、クランは左へ重心を落とした。


 右へ行くと見せて、角度を変える。

 木剣を右手だけで低く構え、再び槍の内側へ踏み込んでくる。


 先ほどより深い。

 一度で届かせようとしている。


 プレデリカは半歩、身体を開いた。


 木槍の柄を木剣へ当てる。

 正面から受けず、踏み込みの方向へ合わせて外側へ流す。


 クランの右腕が開く。

 そのまま前へ出ようとした足の先へ、石突きを地面すれすれに置いた。


 踏み出せる場所がない。

 木剣の軌道は外へ流れ、次の足場も塞がれている。


 無理に引き戻して体勢を立て直すには、上体を捻って左肩まで使うしかない。


 クランの右手が開いた。


 木剣が地面へ落ちる。

 乾いた音が、訓練場へ響いた。


 プレデリカは木槍を止める。

 穂先はクランへ向けない。


 クランは落ちた木剣へ手を伸ばさなかった。


 素手で続けることもない。

 姿勢を戻し、プレデリカを見る。


「……参りました」


 プレデリカは木槍を下ろした。


「ええ」


 手合わせはそこで終わった。



 ◇



「ぷれでりか、つよい」



 最初に駆け寄ってきたのはアリシアだった。

 安全線を越える前にリアが肩へ手を添え、二人が武器を下ろしたことを確認してから離す。


 アリシアはプレデリカの木槍を見上げ、次に地面へ落ちた木剣を見た。


「くらん、まけた?」

「ああ」


 クランは素直に答えた。


「負けた」


 落ち込んだ様子はない。

 リアが水の入った杯を二つ持ってくる。


「お二人とも、お疲れさまでした」

「ありがとう、リア」


 プレデリカは木槍を脇へ置き、杯を受け取った。

 水を一口飲む。


 槍を構えていた傷の周囲に、軽い疲労が残っている。痛みはないが、もう一度行うべきではなかった。


 クランも水を受け取る。

 飲む前に、左肩を小さく動かした。


「クラン。肩はどうですか?」

「少し張る。痛みは強くない」

「腕は上がりますか?」


 クランは左腕を身体の前で動かした。

 肩の高さまでは上げない。


「問題ない」

「では、今日はここまでですね」

「ああ」


 反論しなかった。

 木剣へ視線を向けても、拾って構え直そうとはしない。


 プレデリカは杯を持ったまま、クランを見る。


「一度、槍の内側まで入られたわ」


 クランが顔を上げる。


「前より、ずっと良くなった」


 プレデリカは珍しく、少しだけ表情を緩めた。


「傷が治ったら、もう一度見せてもらうわ」

「はい、隊長」


 クランは短く答えた。

 アリシアが二人を交互に見る。


「くらんも、つよかった」

「そうね」


 プレデリカが答えると、アリシアは満足そうに頷いた。


「十分だ。今日はそこまでにしておけ」


 背後から声がした。

 プレデリカは振り返る。


 訓練場へ続く通路の柱のそばに、ワトルが立っていた。

 いつから見ていたのか。


 手合わせへ集中していたプレデリカは、気配に気づかなかった。

 ワトルは腕を組んだまま、地面に落ちた木剣へ視線を向ける。


「見ていらしたのですか」

「クランが最初に槍の内へ入る少し前からだ」


 ワトルは訓練区画へ入った。

 クランが杯を置き、姿勢を正す。


「ワトル様」

「そう固くなるな。今は報告を受けに来たわけではない」


 ワトルは落ちた木剣のそばで止まる。


「悪い戦い方ではない。槍の内へ入った判断も、足を見たことも悪くなかった」

「ありがとうございます」


 クランは黙って続きを待つ。


「だが、一度の踏み込みに使いすぎる。止められた後が残っていない」

「……はい」


 ワトルは地面の木剣を見る。


「型は形を飾るものではない。次を選ぶためにある」


 訓練場の別区画から、木剣同士がぶつかる音が響いた。

 クランが顔を上げる。


「守ったあとも立っていなければ、次は守れん」


 ワトルの声は強くなかった。


「肩が治り、治療師が許可したら、基礎から見てやる」

「よろしいのですか」

「時間がある時にな。今のお前に必要なのは、剣を振る回数ではない」


 クランはワトルへ向き直った。


「お願いします」

「ああ」

「わたしも、みる」


 アリシアが手を上げた。

 ワトルが少女を見る。


「お前も稽古を受けるのか」

「みるだけ」

「そうか」

「まずは、治療師の許可をいただいてからです」


 リアが穏やかに言う。


「クランが勝手に始めないよう、私も確認します」

「勝手にはしない」

「今日も始める前に、私が何度確認したと思っているのですか?」

「……二度」

「三度です」


 アリシアが指を三本立てる。


「さんかい」


 クランは返す言葉を失ったように黙った。

 ワトルが小さく息を吐く。


「なら、次は三度も確かめさせるな」

「はい」


 クランは地面へ落ちた木剣を拾った。


 右手で柄を持ち、付いた砂を布で払う。

 一度だけ刃筋を確かめるように見たが、もう振らなかった。


 そのまま武器棚へ戻す。


 プレデリカも木槍を手に取った。

 棚まで運び、元の場所へ立てかける。


 木槍から手を離すと、傷の周囲に残る張りを確かめた。


「戻りましょう、クラン」

「ああ」

「おなか、すいた」

「もうすぐ昼ですからね」


 リアが水差しを持ち、アリシアがその隣へ並ぶ。

 クランも二人の後を歩き始めた。


 プレデリカは武器棚の前に残り、三人の背を見た。


 ワトルは何も言わず、先に訓練場を離れていく。

 冷たい風が、開かれた区画を通り抜けた。


 別の場所から、木剣の乾いた音が聞こえた気がした。

 プレデリカも、同じ方角へ足を向けた。

 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


 皆様からいただく、応援やコメント、ブックマークや評価が、執筆を継続する最大のモチベーションになっています。


 もしよろしければ、評価やコメントにご協力いただけると嬉しいです。


 また、昨日「騎士団怪異録―ザイファール戦記外伝―」と言う、ザイファール戦記の世界観でのホラーものを投稿しました。


 もし良かったら、そちらも併せてお読みください。


 次回もよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ