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第53話 氷菓の味

 マルムへ戻ってから、十二日が過ぎた。


 収穫祭を明日に控え、街では朝から槌の音が続いている。

 開けた窓から入り込む秋の風が、部屋に残る薬草の匂いを揺らしていた。


 午後も半ばを過ぎた頃。

 リアは卓の上に置いた紙片へ目を通していた。


 市場で買う品が、短く書き留められている。

 一通り確かめると、紙片を折り、まだ何も入っていない買い物籠へ収めた。


 長椅子では、アリシアが眠っている。

 文字の練習に使っていた帳面を胸元に抱き、片手には短くなった炭筆が残っていた。


 開かれた頁には、大きさの揃わない文字がいくつも並んでいる。

 そばに座っていたプレデリカが、アリシアの指から炭筆を抜き取った。


「眠ったんですね」


 椅子に腰掛けていたクランが尋ねる。


「ええ。もう一つ書くと言っていたのだけれど」


 プレデリカは帳面を閉じ、炭筆とともに長椅子の脇へ置いた。


 アリシアの肩からずれていた毛布も掛け直す。

 アリシアは起きなかった。毛布の端を握り、穏やかな寝息を立てている。


 リアは買い物籠を持ち上げた。


「市場へ行ってまいります。アリシアが目を覚ます前には戻るつもりですが――」

「リア、買い物へ行くのならアリシアは私が見ているわ」


 プレデリカは長椅子へ背を預けた。


「起きたら、文字の続きを書きたがるでしょうから」

「ですが、貴女もまだ無理はできません」

「私も、ここで休んでいるだけよ」


 プレデリカは眠るアリシアへ目をやった。

 リアは二人を見比べてから、頷いた。


「ありがとうございます、プレデリカ」

「気にしなくていいわ」


 リアが玄関へ向き直る。

 クランは椅子の座面へ右手をつき、ゆっくりと立ち上がった。


「俺も行く」


 リアの足が止まった。


「クランもですか?」

「ああ」


 身体を起こしたことで、左肩から脇へ重い痛みが広がる。

 よろめくほどではない。クランは姿勢を整えた。


「治療師から、少しずつ歩くように言われている」

「外へ出てもよいと?」

「一時間ほどなら」


 プレデリカがクランを見る。


「一時間まで。剣も荷物もなしよ」

「分かっています、隊長」


 リアは吊られた左腕を一度確かめた。


「では、痛みが強くなったら教えてください」

「……分かった」

「はい」


 リアはそれ以上は言わず、買い物籠をいったん卓へ戻した。


 クランは椅子の背に掛けていた黒い外套を右手で取った。

 肩へ回そうとするが、外套の端が左腕を吊る布へ引っかかる。


 右手だけで外そうとした途端、傷が引かれた。

 動きが止まる。


「お手伝いしてもよろしいですか?」

「いや……自分でできる」


 外套を持ち直し、もう一度背へ回そうとした。

 布が再び引っかかった。


 リアは手を出さず、クランの言葉を待っている。


「……頼む」

「はい」


 リアはクランの背後へ回った。


 左腕を動かさないよう外套を持ち上げ、背中から肩へ掛けていく。

 正面へ移り、胸元の留め具へ指を掛けた。


「苦しくありませんか?」

「少し、きつい」

「では、こちらを緩めますね」


 留め具の位置を変えると、胸元の圧迫が和らいだ。


「これでいかがですか?」

「ああ……ありがとう」


 すまない──と言いかけ、クランはリアに礼の言葉を口にした。


 リアは襟元を整え、外套から手を離した。

 卓へ戻り買い物籠を持つとプレデリカを見た。


「行ってまいります、プレデリカ」

「ええ、行ってらっしゃい、リア」


 扉が開く。

 槌を振るう音と、煎った木の実の香りが風に乗って流れ込んできた。




     ◇




 外へ出ると、祭りの準備をする音はいっそう近くなった。


 通りの両側では、軒先へ麦穂や木の実の飾りが取りつけられている。

 頭上に渡された色布が風をはらみ、乾いた音を立てた。


 露店に使う机や木箱が運び込まれ、酒樽や果物を積んだ荷車が行き交っている。

 焼いた肉と香辛料、煎った木の実の匂いが入り交じっていた。


 祭りは、まだ始まっていない。

 それでも、通りには明日を待つ人々の声が満ちている。


 クランはリアと並び、人や荷車を避けながら歩いた。

 初めのうちは問題なかった。


 だが、何度か道を譲り、流れに合わせて進むうちに、歩幅が狭くなっていく。

 気づけば、リアも同じ速さで歩いていた。


「そんなに遅く歩かなくていい」

「私は、このくらいの速さで歩きたいのです」

「邸を出た時は、もっと速かった」

「街の様子をゆっくり眺めたくなりました」


 リアは軒先の飾りへ顔を向けた。

 クランは何も返さず、その歩調に合わせた。


 通りの角では、年配の女が露店の台へ麦穂の束を飾っていた。

 リアに気づくと、手についた藁を払いながら近づいてくる。


「あら、グローリー卿。戻ってきたとは聞いていたけど、顔を見られて安心したよ」

「ご心配をおかけしました」

「収穫祭にも間に合ったね。今年は木の実の出来も悪くないよ」

「それは楽しみです。準備、お疲れさまです」

「明日はもっと忙しくなるからね。今日のうちに、できるだけ終わらせないと」


 女は笑ったあと、リアの隣にいるクランへ目を移した。

 吊られた左腕を見て、眉を寄せる。


「あんたも戻ってきたんだね。もう外を歩いて大丈夫なのかい?」

「治療師の許可は出ている」

「許可が出たからって、好き勝手に動いていいわけじゃないだろう?」


 女はリアへ向き直った。


「グローリー卿、ちゃんと見張っておかないと駄目だよ」

「そのつもりです」


 リアが真剣に答えると、女は声を上げて笑った。


「それなら安心だ」

「……俺は子どもじゃない」

「子どもの方が、痛い時にはちゃんと痛いって言うもんさ」


 返す言葉がなかった。

 女は満足そうに頷き、麦穂の束を抱えて露店へ戻っていった。


「行くぞ」

「はい」


 二人は通りを先へ進んだ。


 少し先で、果物を積んだ荷車が止まっている。

 片方の車輪が石畳の隙間へはまり、男が一人で荷台を押していた。


 力を込めるたびに荷車が傾き、積まれた籠が揺れる。


 クランは右手を伸ばし、足を踏み出しかけた。

 左肩に残る重さが、その動きを止める。


 周囲を見ると、近くで露店の柱を運んでいる若者がいた。


「そこの人。手を貸してやってくれ」


 若者が振り返り、すぐに荷車へ駆け寄った。

 二人で荷台を支え、男が車輪を押し上げる。


 軋む音とともに車輪が隙間から抜け、荷車が元の位置へ戻った。


「助かった」


 男は若者へ礼を告げたあと、クランにも片手を上げた。


「声をかけてくれてありがとよ。その腕で押されていたら、こっちが肝を冷やすところだった」

「……そうか」

「治った時には、あんたに遠慮なく頼むさ」


 男は荷車を押し、人の流れへ戻っていった。


 リアがクランを見ている。

 何かを口にしかけたが、言葉にはしなかった。


「参りましょう」

「ああ」


 広場へ近づくにつれ、子どもたちの声が大きくなった。

 木剣を持った少年たちが、飾りを避けながら走り回っている。


「俺が騎士だ!」

「さっきも騎士だっただろ!」

「じゃあ、今度は隊長!」

「もっとずるい!」


 一人の少年がクランに気づき、足を止めた。

 少年は木剣を下ろし、吊られた左腕を見つめる。


「けがしたの?」

「ああ」

「たたかって?」

「ああ」


 少年はさらに近づいた。


「かった?」


 クランはすぐには答えなかった。


 ドレムの鉈を引きつけたリア。

 踏み込む足元へ入ったプレデリカの槍。

 人質側への道を塞いだアンジェ。

 その隙へ、クランの剣がドレムに届いた事を思い出す。


「俺ひとりでは勝てなかった」


 クランは首を静かに振ると付け加えた。


「みんなで勝った」


 少年は首を傾げたあと、大きく頷いた。


「じゃあ、みんなつよい!」


 木剣を掲げ、仲間たちのもとへ駆け戻っていく。


「今度は、みんな騎士だ!」

「魔物は誰がやるんだよ!」


 子どもたちの言い争う声が、通りの向こうへ遠ざかっていった。

 リアはその背中を見送った後、クランを見た。


「何だ」

「いいえ、何でもありません」


 リアは首を振り、クランの隣に並んだ。




     ◇




 広場の手前には、明日の祭りに向けた露店が並び始めていた。


 リアは買い物籠から折った紙片を取り出し、書かれた品を確かめる。

 幾つかの店を回るたび、空だった籠へ包みや小さな袋が増えていった。


 買い忘れがないことを確認すると、リアは紙片を折り直して籠へ戻す。


 最後に立ち寄ったのは、赤や黄色の果物を並べた店だった。

 店主の女はリアへ品を渡しながら尋ねた。


「グローリー卿、今年の氷菓はもう食べましたか?」

「いいえ。まだなのです」


 受け取った品を籠へ入れようとしていたリアの手が止まった。


「今日から、この木の実の蜜を使ったものが出ていますよ。蜂蜜入りのミルクによく合うそうです」

「そうなのですか」

「明日は混むでしょうから、食べるなら今日のうちがいいかもしれませんね」

「ありがとうございます」


 リアは品を収め、店主へ礼を告げた。

 店を離れたあと、広場の一角へ一度だけ顔を向ける。


「食べたいのか」


 リアが立ち止まった。


「何のことでしょうか?」

「氷菓」

「……顔に出ていましたか?」

「ああ」


 リアは籠へ目を落とした。


「収穫祭の頃にだけ、木の実を使った氷菓が売られるのです。毎年、味が少しずつ違いますので」

「楽しみにしていたのか」

「……楽しみにしていたことは、否定しません」


 クランは広場の方を見る。


 祭りの準備をする人々の向こうに、小さな店があった。

 客の手には、白いものが盛られた器がある。


「なら、行こう」


 リアがクランを見る。


「よろしいのですか?」

「ああ。それを食べたら戻る」


 リアはクランの顔色を確かめ、頷いた。


「分かりました」




     ◇




 氷菓屋では、店主が金属の器をゆっくりとかき混ぜていた。

 下に置かれた魔石から、白い冷気が薄く立ち上っている。


 二つ頼むと、クランは右手で代金を台へ置いた。


「私がお支払いするつもりでした」

「俺が誘った」


 リアは何か言いかけたものの、後ろに待つ客を見て「ありがとうございます」と一言だけ言った。


 店主は白い氷菓を二つの器へ盛り、蜂蜜と赤い木の実の蜜をかけた。


 リアは買い物籠を台の脇へ置き、自分の器を受け取る。

 クランも右手で器を受け取った。


 リアは籠を持ち直し、二人で店先から離れる。

 近くの石の縁へ腰を下ろすと、リアは買い物籠を足元へ置いた。


 広場では、柱を運ぶ者たちの掛け声と、木槌を打つ音が絶えず響いている。 


 頭上に渡された色布が、風を受けて揺れていた。

 クランは器を膝の上へ置き、右手で木匙を取った。


 白い氷菓と赤い蜜を一緒にすくう。

 口へ運ぶ。


 舌へ触れた冷たさのあと、蜂蜜の甘さが広がった。

 木の実の酸味が遅れて残る。


「……甘い」


 リアが小さく笑った。


「氷菓ですから」

「冷たいだけのものかと思っていた」

「それだけでは、毎年楽しみにはならないと思います」


 リアも氷菓を口へ運んだ。

 クランはもう一口すくう。今度は赤い蜜が多く、酸味の方が強かった。


「悪くない」

「気に入ってくださったのですね」

「悪くない、と言った」

「はい。そういうことにしておきます」


 広場では、数人の男たちが一本の柱を起こそうとしていた。

 クランがその様子を追おうと、身体の向きを変えた。


 左腕を吊る布が張り、傷が引かれた。

 呼吸が止まる。


「痛みますか?」

「問題――」


 答えかけて、クランは口を閉じた。

 リアは急かさず、待っている。


「……少し」

「では、もう少し休みましょう」

「ああ」


 二人は氷菓を膝元に置き、広場へ顔を向けた。

 掛け声に合わせ、柱がゆっくりと起き上がっていく。


 一人が土台を支え、別の者が縄を引き、離れた場所から傾きを伝えていた。

 柱が真っすぐ立つと、周囲から短い歓声が上がった。


「今、教えてくださってよかったです」


 リアが言った。


「言うと約束した」

「はい」


 木槌を打つ音が、二人の間を通り過ぎていく。

 リアは器の中で溶け始めた氷菓へ木匙を入れた。


「ラトナ村で、怖かったとお伝えしたことを、後悔してはいません」


 クランは彼女を見る。


「ですが、私の言葉のせいで、必要な時にまで貴方が立ち止まってしまうのではないかと、考えることはありました」

「戦わない方がよかったのか」

「いいえ」


 リアはすぐに否定した。


「貴方が立たなければ、助からなかった方がいたことも分かっています。戦ったことを責めたいのではありません」


 器を持つ指に、わずかに力が入る。


「ですが、貴方が帰らないことまで受け入れたわけではないのです」


 クランは木匙を止めた。


「……リアに言われなければ、分からなかった」


 目を覚ました時、右手を包んでいたアリシアの細い指。

 怖かったと告げたリアの声。


 クランは器へ目を落とした。


「俺は、ずっと守れればいいと思っていた」


 白い氷菓へ、赤い蜜がにじんでいく。


「俺が戻れなくても、誰かが助かるなら、それでいいと」


 言葉が途切れた。

 広場では、立てられた柱を何人もの手が支えている。


「俺は、そっちを見ていなかった」


 リアはクランから目を逸らさなかった。


「帰ってきてくださらなければ、私は守られたとは思えません」


 騒がしい広場の中でも、その声ははっきりと届いた。


「クランが私を守りたいと思ってくださるように、私も貴方を守りたいのです」

「俺を?」


 リアは立てられた柱へ顔を向けた。


「戦う時も、帰る時も、貴方と一緒に方法を考えたいのです」


 クランは返事を探すように、木匙を動かした。

 氷菓は形を崩し、蜂蜜と木の実の蜜が混じり始めている。


「また、同じことをするかもしれない」


 リアは微笑みながら応じた。


「その時は、もう一度お伝えします」

「聞かなかったら?」

「聞いていただけるまで言います」


 迷いのない返事だった。


「……頑固だな」

「貴方ほどではありません」


 クランは器へ目を戻した。

 隣の氷菓は、すでに半分ほど溶けている。


「溶けているぞ」

「え?」


 リアは自分の器を見て、慌てて木匙を動かした。

 一度に口へ入れすぎたのか、冷たさに動きを止める。


「急ぐからだ」

「クランがいろいろ言うからです」

「俺のせいか」

「半分ほどは」


 リアは今度こそ、ゆっくりと残りを食べ始めた。

 クランも木匙を動かす。


 溶けて混じった氷菓は、初めの一口より冷たさが薄れ、蜂蜜の甘さの中に木の実の酸味が残っていた。


 二人は食べ終えた器を店へ返した。

 リアが買い物籠を持ち上げる。


 足取りはまだ保てる。

 だが、左肩の痛みは邸を出た時よりも強くなっていた。


 クランは帰る道の方を見た。


「帰ろう」

「歩けますか?」

「ああ。ただ、ゆっくり戻りたい」

「はい」


 二人は並んで、グローリー邸への帰路についた。

 帰り道では、行きよりも人の流れが落ち着いていた。


 軒先の色布はすでに張り終えられ、露店の周りでは使い終えた縄や木槌が片づけられている。


 傾いた日差しが石畳を長く照らし、煎った木の実と夕食の支度をする匂いが通りへ流れていた。


 遠くから、遊んでいた子どもを呼ぶ声が聞こえる。


 リアは買い物籠を手に、クランの歩調に合わせて進んでいた。

 道を横切った荷車を避けた際、籠の持ち手が腕の内側へずれた。


 中に入っていた紙包みが傾く。


 クランの右手が反射的に伸びた。

 だが、籠へ触れる前に止まる。


「……持たない」

「はい」


 リアは籠を持ち直した。

 そのまま進もうとしたリアを、クランが呼び止めた。


「段差だ」

「あ――ありがとうございます」


 欠けた石を避け、二人は再び歩き出した。

 グローリー邸へ着く頃には、通りへ差し込む光も赤みを帯びていた。


 リアが籠を持ったまま扉の前へ立つ。

 クランは右手で取っ手を引き、扉を開けたまま身体を脇へ寄せた。


「ありがとうございます」


 リアが先に中へ入る。

 居間からは、炭筆が紙を擦る音が聞こえていた。


 卓の前では、目を覚ましたアリシアが帳面へ向かっている。

 隣に座るプレデリカが頁の端を押さえ、転がりかけた炭筆を指先で戻した。


「ここ、これ?」

「ええ。そこから書けばいいわ」


 アリシアが炭筆を持ち直したところで、二人が戻ったことに気づいた。


「りあ、くらん」

「おかえり、二人とも」


 プレデリカが顔を上げる。


「ただいま戻りました、プレデリカ、アリシア」


 クランはプレデリカへ短く頭を下げた。

 リアは買い物籠を卓の端へ置いた。


 クランも中へ入って扉を閉める。

 プレデリカの目が、彼の足元へ移った。


「歩き方が変わっているわ」


 その言葉を聞き、アリシアが椅子から降りた。


 勢いよく駆け出しかけたが、吊られた左腕を見て足を緩める。

 クランの前まで来ると、不安そうに見上げた。


「くらん、いたい?」

「少しだけだ」


 プレデリカは空いている椅子を示した。


「なら、今日はもう休みなさい」

「分かりました、隊長」


 クランは椅子の座面に右手をつき、ゆっくりと腰を下ろした。


「やすむ?」

「ああ。休めば大丈夫だ」


 アリシアはその隣へ立ち、クランの右手へ小さな指を重ねた。


 リアは籠の中から買ってきた品を取り出し、ひとつずつ卓へ並べ始める。

 それを見届けたプレデリカが、椅子の背へ手を添えて立ち上がった。


「二人も戻ったことだし、私はそろそろ戻るわ」

「ぷれでりか、かえるの?」

「ええ。また来るわ」

「また、もじ?」

「貴女が書きたければね」


 アリシアは嬉しそうに頷いた。


「今日はありがとうございました、プレデリカ」

「私も休ませてもらったもの」


 扉が閉じると、部屋には再び穏やかな静けさが戻った。


 リアは買ってきた品を棚へ収め、クランは椅子へ身体を預け、傷をかばいながら休んだ。


 アリシアは帳面を窓辺へ運び、残った明かりの中で炭筆を走らせていた。

 紙を擦る音が、時折途切れてはまた続く。


 やがて、窓の外で何かが動いた。

 アリシアの手が止まる。


 石塀の上に、一匹の黒猫が座っていた。


「ねこ」


 リアが振り返った時には、石塀の上にはもう何もいなかった。

 ただアリシアだけが、夕闇の向こうへ消える黒い尾を見ていた。

 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


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 次回もよろしくお願いいたします。

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