第26章 人事を尽くさなくても天命は下る
「人事を尽くして天命を待つ」
何とも素晴らしい言葉である。
もし、あなたがエリートとなり、このくだらない社会を牽引したいのであれば、必須、守った方が良い格言だ。
しかし、ダラダラ生きる人間にとっては、馬鹿馬鹿しさの象徴のような格言でもある。
人事など尽くさなくても、それなりの天命は下るのだ。それを甘んじて受ければいいだけのことである。
人事を尽くすということは、できる限りの努力を行い、成功確率を上昇させるということだ。これを積み上げていけば、目的達成率も跳ね上がり、社会的な地位が高まるということなのだろう。
トップになりたい人は実行すれば良いのだが、多くの人は、そんなものにはなれないのだから、無理することなどない。
別に、トップを目指さなくても生きていける。
ダラダラと生きながら、ゆっくりと俗世という不可解な景色でも眺めていた方がいい。
人事を尽くさなくても、それなりの天命は下る。
特に、確率変動が生じるわけでもない。どの道、結果というものは支配できないのだ。
最終地雷を踏む確率は、皆同じ。
「人事を尽くして天命を待つ」を紐解けば、人事、即ち努力と運により結果が決まると言っているだけである。数式にすれば、努力×運=結果 みたいな感じだろうか?
努力と運はそれぞれ独立した定数であるなら、どんなに努力をしても、運が上昇することはないということになる。
ことわざとしては、平常心で結果を受け入れろ、と教えてくれてはいるが、別に、努力しなくても平常心で結果を受け入れることができれば、何ら問題はない。
「これだけがんばったのだから、仕方ないな」とあきらめるか。
「たいしたことしなかったから、当然の結果だよな」と受け入れるかの違いだけである。
いかなるアクションを取ろうと、結果というのは、蓋を開けるまで確定していない。
全ては、流れ行くもの。
下る天命を楽しみに待てるようになれば、一人前である。
あとは、ボトムキープできるだけの努力をサラリとこなしておけば十分。
それが実現できたなら、まったり、のんびり、ダラダラと生きるがよろしかろう。




