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08:赤と黒、そして白

 地獄が始まった。人々にとって地獄ではなかった。この世界は、ただ悪が削ぎ落とされるだけで、自分たちにとってこの世界は地獄ではなかった。だが、今この瞬間から地獄は始まった。


 おびただしい人のパーツが流魂奴の胸に空いた穴から溢れ出す。目の前で人が人に流されて、押しつぶされて血が吹き出て、その流れに血液を混ぜて、流れを早くする。数秒、数秒でこの大河は俺を飲み込み殺すだろう。そう、何もしなければ。


「イルシィ! アウル! イグル! 装甲車へ急げ! 逃げるんだ! 俺はレッドアビスで試してみる!!」


 オークション会場の天井に穴を空けてやってきたレッドアビス、俺は搭乗用のワイヤーロープに掴まる。レッドアビスはその瞬間にコックピットを三つのパーツに分け、開く。コックピットに乗り込む。イルシィ達が走ってオークション会場から逃げるのが見える。コックピットが閉じる。全てがスムーズだった。


 俺の次に行うべき闘いのための準備を、レッドアビスが先に準備して、待っている。シートは俺の体に合わせて自動で調整され。シートベルトも俺に巻き付くように俺を固定した。次の瞬間、俺の目の前にはコックピット両脇からパネル型インタフェースが合体するようにして出現した。


 コックピットの開閉ボタンは押していないし、シートに関しても自動プラグラムなど組んではいない。しかし分かる、俺とレッドアビスは繋がっている。俺が闘うためにこいつは俺に動かされているんだ。俺の意思が、エゴが、レッドアビスと繋がって、俺とレッドアビスが一体となる。


「エゴフィールド展開!! レッドアビス!! 人を守れるか!?」


 エゴフィールドが展開される。人で出来た大河の動きがゆっくりとしたものに変わる。逃げる民衆もゆっくりとした動きに変わる。


「マスターレン、ではこの場に存在する人間全てを味方識別します」


「頼む、それで存在する全ての人間ていうのは?」


「もちろん、このアルルスラントの街全ての人間です」


 エゴフィールド内の存在を感じる。人の意思が見える。理解はできないが見える。エネルギーの塊のような感覚が無数に大量に存在している。民衆の動きが早くなる、いや、正確に言えば通常通りになったというのが正しい。大河は依然としてゆっくりなままだ。今動ける人間はこの大河から逃げられる。助かる可能性がある。少し安心、だな。


「エゴフィールドはそんなに広範囲に展開できたのか?」


「広範囲モードで展開しましたので。守るべき対象をマスターレンの思考からトレースした結果でしたが。不必要でしたか?」


「いや、これでいい。行くぞ」


 思考のトレース、くく、頼もしいな。ここまで便利だと少し不気味だが。妙な納得感はある。アルターエゴが俺の別人格、エゴだというのなら自然な話だ。レッドアビスがオークション会場に空けた穴から黒いアルターエゴが降ってくる。オークション会場の二階から飛び降りる人影が見える。金髪の男、ゼル。いつものニヤついた表情はない。


 鋭い目つき、誰も寄せ付けないような凍った表情。ゼルは空中でオウガラスに乗り込むとそのままオウガラスを飛行させる。流魂奴に向かって突進。腰に装備したハンドマシンガンをオウガラスに握らせ銃口を向けた瞬間、ノータイムで流魂奴に射撃をする。速い、ハンドマシンガンの銃弾はゼルのエゴフィールドで強化されて青いビームに変わる。


「負けられないな。ポイントサーチ、危険なポイントを破壊する」


「マスターレン、マーキング完了しました。あとは流れのままに」


「ゼル。どうやら射撃に対する姿勢だけなら俺の方がお前より上らしいな。それを見せてやるよ。銃は俺の体の一部で、俺の射撃はお前を倒せるってなァ!!」


 マシンガン、俺はレッドアビスのマシンガンをカガチのエンジニアに頼んで改造していた。マシンガンに威力と飛距離を上昇させる改造。単純な火薬量の上昇とは違う。構造的にエネルギーロスを少なくする改造をした。


 通常ばらまいて敵の行動範囲の限定化や、面による攻撃、制圧を目的とするマシンガン。元々命中率や有効射程は狭い。しかしその火力は高く、銃弾を集中させることで破壊力を増大させることも可能。俺の施した改造はその特性を伸ばすもの。ただし威力が上昇した分、命中率は著しく下がる。


 しかしそれでいい、俺はゼルとの闘いで理解したから。俺にとってマシンガンはマシンガンではないと。俺の手動操作による銃弾のブレの軽減。あれはあの時使っていたマシンガンの限界を超えていた。言ってしまえば、あの時のマシンガンはただのライフル。連射が可能で命中精度の落ちない高火力銃。なら俺が使う本物のマシンガンを使ったら俺はどこまで強くなれるか? 気にならない訳がない!


 レッドアビスのマシンガンを乱射する。広範囲をブレードで一閃するかのうように、滑らかに空を切り裂く。レッドアビスの表示した23ヶ所のマーキングに沿わせて。


「なるほど、結構ブレるね。まぁ──当たるけど」


 モニターに表示されたマーキングが消える。23ヶ所、全ての危険ポイント潰した。42発、19発外した。そう、それでいい。マシンガンは当たり過ぎちゃダメなんだよ。くく、くくく、そうだよ。これが楽しいんだよ。銃は当たらない。それを当たるようにする。それが楽しい。いつかこのマシンガンも俺にとってマシンガンでなくなる時が来るだろう。その時、その時の俺はまた、先にいけるんだよ。


 違和感に気付く。ゼルの射撃した銃弾が当たった音がしない。とっくに当たっていておかしくない。というか普通なら俺が射撃をするころには命中していなくちゃおかし──


 青い光、ゼルの放った銃弾が、静止している。流魂奴の目の前、ほんの数十センチ手前で。青い光はその光量を小さくしていき。ついにはただの銃弾となった。銃弾が地に落ち、オークション会場のステージ上を転がっていく。


「おいおい、俺の銃弾を止める? なるほどね。俺が世界最強じゃない、そう言いたいのかな? 君は」


 ゼルの声が聞こえる。流魂奴に話しかけているのか。だがこれは非常にマズイことだ。世界最強の弾をエゴの強さで止めたってことは。この流魂奴はいや、なんだ? この感じ流魂奴、いやこれは違う、もっと違う別の──



『やぁ、おはよう。君たちは人間だよね? なら分かるかな? 悪意って何かな? 悪いことって何かな? 思考の続く限り、考えてみようよ。沢山考えよう。君たちの限界まで、だから僕は悪いことはしない。人間の想像する悪いことはしないよ』


 流魂奴の顔にヒビが入る。ヒビは全身に広がっていく。そして、割れた……眩い白い光が広がる。そして見た、翼、白い翼、6枚3対の翼。裸の男がそこにいた。性器は見当たらない。全身に青と金色のラインの文様が浮かんでいる。……天使? なんだ……これ?


「なんだよ……お前……お前は!? 天使だとでも言うのか!?」


 俺には流魂奴から「生まれた」この存在が天使に見えた。少なくとも見た目だけなら俺の知っている想像上の天使に近い。


『天使? 違うと思う。僕は生まれたばかりだけど、多分今まで存在していた全てと違う。人間が出来て、沢山の時間が経った、けど人間が一瞬で、一瞬であそこまで大量に死んだことはなかった』


「お前……地上を、地球を知ってるのか? お前も太陽に焼かれたのか!?」


『そうだね。僕を構成する沢山は。あれを経験した者もいっぱいいる。だから生まれた。死が積み重なって、地獄で溢れて、死が潰されて、圧縮された。そうして最初の咎人は潰れて消えた。地獄はその時、耐えられなくなったんだよ。人の罪の重さに悪意に』


 なんだ? 何を言っているんだ……? こいつは……地獄が耐えられなくなった? 地獄が……壊れた? なんで翼を、天使の姿をしてるんだ? 意味が分からない。


「へぇ、なら俺からも質問だ。どうして君には翼が生えているんだい?」


『君と僕は似ているのかもしれないね。僕は自由が欲しかったから。翼が欲しかったんだ。神も人も超えて、どこまでも自由で縛られない翼。僕は君と同じだ』


「同じ? 違うね。俺は君と違って心の自由が欲しいだけだよ。世界をどうこうしようって気はないよ」


『でも僕が世界を変えようとするのが分かるのは。君が僕と同じだからだよ。友達になれそうだね?』


 流魂奴から出てきた天使のようなモノはゼルを、オウガラスを見つめて手を伸ばす。銀の長髪が風に流れる。


「そうか、なら名前を言ったらどうだい? お友達になるとしても名前も知らないのは嫌だな?」


『知らない。僕は僕の名前を知らない。名付ける人は誰もいない。そうか、僕は、僕が名前をつけていいんだ。きっとそれが、一番自由な名前だから。ありがとう僕は、そう僕は──』




『──僕の名前はエイル。世界を自由に、翼に変える者。もう誰も、縛られない。だから友達になれる君は殺さないとね。殺したら君も自由で、僕の翼だ』



 エイルが崩れていく。小さな砂粒のように細かく、さらに細かくなって、粒子になって、粒子が回る。回る粒子は空に絵を描くように飛んでいる。そうして最初に頭が現れた、手が現れた。足が現れた。翼が現れた。金の青のラインを全身に巡らせた。白の巨人。


 アルターエゴのようなナニカ。エイル。ありえないが分かる。この白い巨人はエイルだ。バイザーで目は隠れている。不気味なほど細身の腰、腕と足は極端に細くなったり太くなったりしている。細かな糸のようなものが頭部から生えていて髪のようになっている。微かに虹色に発光している。オークション会場天井に空いた穴から光が差し込んで、エイルの髪を煌めかせる。その瞬間に空間は虹色の光で満たされた。


 エイルがオウガラスに手を伸ばす。その指先から虹色の光がオウガラスに放たれた。俺とゼルが展開したエゴフィールドを突き進んで来る。


────ッ!? 嫌だ、嫌だ、嫌だッ!! 俺を、俺を破壊するな!! 俺を切り裂くのをやめろぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!!


「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!! 死ねぇええええええええ!!」


「レン!? レンッ!? 待て! 何を!! 君は何を考えているんだ!!」


「俺を壊すんじゃねええええええええええええ!!!」


 否定、あの虹色の光は俺の意思を、エゴを否定する。意思を持った光線だ。俺の心が、壊される。あれを自由にさせたらダメだ!! あいつは殺さないとダメなんだ!! 今すぐに!!


 マシンガンを連射する。レッドアビスを突進させる。虹色の光に銃弾を集中させる。ダメだ、削れない。虹色は動くのをやめない。なら、ならぶっ壊してやる!! 俺の──


「俺のエゴでなぁああああああああ!!! 俺がお前を否定してやる!! 否定されるのはお前なんだよおおおおおおおおおお!!!」


『──!? なんだ? 君は、膨れ上がって、爆発? 大きく──』


 止められないだろう。俺の実力では、俺の意思の強さではこの虹色の光は止められない。人間一人の手に負えるものじゃない。よく分かるよ。さっきまでは意味不明だった言葉の意味が。エイル、お前は人の死と罪が積み重なって、地獄がそれに耐えられなくなるほどに積み重なって、破裂してできた。何億とか何兆とかそういう生易しい数字じゃない。


 もっと多くの人間の積み重ねが生み出した。だから届くわけがない。俺のちっぽけな意思が届くわけがない。そう理解させられるし、した。けどな。納得できないし、俺は、俺は、俺は負けるのが嫌いなんだよ。死んでも、殺す。テメェに否定されるのが気に食わない。


 数えきれない人間に否定されようと、俺は俺だ。否定する存在は俺が殺す。俺が止まるのをやめる時は永遠に来ない。だから俺はお前を絶対に殺せるんだよエイル!!


「レン!? 何をする気だ!! 逃げろ、今は闘うべきじゃない!! 分かるだろ!?」


「──いや闘うべきなんだよゼルッ!! ここで止まったら俺は!! 俺は俺でなくなる!! 俺は強い!! 強い強い強い強い!! この一瞬だけは誰よりも強い!! 最強だ、俺が最強なんだよおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」


 俺を止めるな、ゼル。俺はもう決めた。虹色の光、あれは人の意思を、魂を削る存在だ。現に俺のエゴフィールドをあの光は壊しながら進んでいる。人の心を束ねた光、だから色んな色をしてる。なんだそういうことかよ。弱いよ。その光は弱い。沢山あるけど弱い、その一つひとつが弱い。俺の光を見ろ。見せてやるよ。俺の赤を止まることをやめた。俺の中の本能、レッドアビスの手が虹色の光線に触れる。


「──エゴ・バースト!! 赤く染まれ、俺の光ィいいいいいいいいい!!」


 レッドアビスの手のひらが真っ赤に光る。人間にはおそらく認識できないレベルの真っ赤な光、エイル、お前の持つどの赤よりも、俺の赤を濃くて強い、だから負けない、負けねぇんだよ!!


『なんだ!? この赤は? 君はなんだ!? 僕を塗りつぶそうとして──』


 赤い光がレッドアビスの手のひらから伸びて、虹色の光線を切り裂いた。切り裂かれ、停止した虹色の光が真っ赤に染まっていく。進んでくる切り裂かれた光も徐々に赤に染まっていく。いける、染め上げろ。殺してやる。食らいつけ。赤は伸びる、レッドアビスの腕を虹色の光に当てる。そして、届いた。エイルの腕が赤く染まり始めた。


『やめろ、やめろ!! やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!』


 エイルの腕が虹色に光る。エイルの腕が爆発し──



──────



 目が覚める、どうやら気絶していたらしい。オークション会場……が、ない? そうだ、エイル! ……いない。というか瓦礫しかない。人と瓦礫だけだ。人は傷ついた様子はない、けれどそれにしては建築物は派手に壊れていて、違和感しかなかった。


「はぁ、やれやれ。目が醒めたみたいだね。レン、君はとんでもないな。この壊れた街の光景をよく見なよ。これは君がやったんだからさ」


 ゼルから通信でよく分からないことを言われる。俺が街を破壊したとか、そんなわけないだろ。


「は? 俺がやった?」


「そうだ。君が放った真っ赤な光、エゴ・バーストだっけ? あの光が街全体を崩壊させたんだ。人は無事だったけどほぼ全てのモノが壊れちゃったよ」


「え……!?」


「多分、街の人間全体を味方識別してたから人間は無事だったんだと思う。モノは全部壊れたけどね。まったく、これから大変だよ? 君はこの街を救ったが街全体を破壊した。それも地獄の中心に近い、このアルルスラントを。借金は軽く20兆円は超えるんじゃないか? 俺も君を手伝うけど、はぁ~気が重くなるよ」


「は? 20兆円? 借金?」


「いや少なく見積もってだからね? 個人個人の金とかそういうの含めたらもっとじゃないか?」


「あ……あば、あばばばばばばばばばばばばばばばば!!! おえええええええええええええええええええええええええええ!!!!!????」


 もう借金てレベルじゃないだろ……絶対殺されるでしょ、しかもヤクザの街だから……死ぬだけで済めば良い方っていうか……ああ、あああああああああああああ!!!!!





 こうして、こうして俺は「Red Disaster」赤き災害と呼ばれるようになってしまった。多分世界を救ったけど、地獄経済を回す街を壊してしまった災害。俺は自分のバカさにビビっていた。

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モチベに繋がるので気軽にお願いしまーす!!

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