06:地獄の人
「でっけー……ていうか、滅茶苦茶眩しいな。夜なのにな。カジノ街もあればこうもなるか、話によると地獄の暗部、闇の金はここを中心に動いてるって聞いたしな」
綺羅びやかに眩い電灯と上空を照らすビームライト。ネオン色のそれ等は妖しく、美しく、活気を演出している。レッドアビスが街に近づくほど、それは眩しくなる。街の形が見えてくる。高層ビルが立ち並び、その周辺を囲むように様々な施設や店舗が展開されている。
大きな地下へと続くトンネルが見えてくる。薄暗くて、地上とは真逆、壁にはグラフィティ、床にはガムやゴミが落ちていて清潔とは言えない。カガチのエンジニアのおっさん曰く、栄光と堕落の街「アルルスラント」それをひと目で理解できた。
「綺麗だなー。アウル達はこういうとこ来たことあるの?」
「ああ、あるぞ、イルシィは来たことなかったんだな。あーでもそっか、戦奴隷というかコロシアムで奴隷やってたんだっけか。俺たちは傭兵だったからこの街にはよく来たよ。仕事を持ってくる奴らがこの街にはいっぱいいるから」
「そうなんだ? どういうところ? 綺麗だけど怖いところ?」
イルシィ達の装甲車を見る。イルシィは期待と不安が混じったような表情でアウルを見ている。そうか、イルシィは外を見る前にカガチ奴隷商会に保護されたんだっけか。
というか、奴隷、奴隷ってなんだろう。今まで奴隷が酷い目にあっているのは見たことがないが奴隷たちがおとなしく奴隷という立場に甘んじているのもなんだか不思議、というか。よく分からない。俺も彼らに何かしようって気はないけど。不思議だ。俺の想像する奴隷と地獄の奴隷の実態は違うのかもな……
「まぁ下に、地下街に行かなきゃ怖いことはないかな。といってもそういうアンダーグラウンドに傭兵の仕事は多いんだけどな。危ないからイルシィは地上で待ってるといいよ」
イグルは子供の世話に慣れているのか。イルシィを安心させるように優しい表情で話しかけていた。そうだな、オークションはともかく傭兵の仕事ってなったら地下に行かないとか。
「え? 私も行くよ。私は戦えるし、役に立てるよ。それに一人の方が嫌だから」
「そっか。イルシィは強いな。ま、必要ないかもだけど、俺たちでしっかりマスターをサポートしていこうな」
なんだか変な感じだ。俺は彼の善意を踏みにじって、忠告を無視して危険に向かっていった。だというのに彼らを俺をサポートすることに前向きだ。奴隷だから、そうするしかないからって感じもしないし。分からない。なんで付いて来てくれるんだろう。俺のことをどう思ってるのか。よく、分からないな。
気がつくと、俺達はアルルスラントの目前まで来ていた。街入り口付近にはアルターエゴを停めて置ける格納庫がある。吹きさらしのただ止められる空き地のような場所、雨や砂埃が入らないようにしてあるもの、そしてアルターエゴの整備サービスのあるものまで様々なランクの格納庫がある。まぁランク相応に値段は変動するみたいだ。
そう贅沢もするつもりはないが、信用や盗難のことを考えて監視サービス付きの雨や砂埃を防げるつくりのしっかりとした格納庫を選んだ。レッドアビスを降り格納庫の管理人と話す。意外と良心的らしく、一週間単位で停めることができる。俺はとりあえず一週間にした。
もちろん三日とか一日とかも可能だが、一日あたりの料金がお得になる一週間を選んだ。まぁ街の特性上アルターエゴ乗り、傭兵が多く滞在するんだろう。そうがめつくならなくとも元はしっかり取れるわけだ。
装甲車のイルシィ達と合流する。運転はアウルに任せ俺は装備を整える。舐められないようにせめて装備はしっかりしておかないと無用な争いが起きるかもしれないからな。セラミック製のナイフと連射性の高い口径の小さい拳銃を腰のホルダーに入れる。
あとは軽めの防弾チョッキを着る。チョッキは心臓や肺等を守れる最低限の面積であまり防御力は高くないが機動性に優れる感じ、そしてなにより値段が安い。ま、今は女の体だから動きが鈍るのは致命的だと思ってそうしたのが大きいけど。
街中に入っていく。車の数が多い。カガチではほとんど見なかったがこのアルルスラントだと経済的に豊かなせいか一般人でも車を持っているみたいだ。しかし、予想した通り、活気があって賑やかだ。夜だというのに昼間だと錯覚するほどに。
オークション、アルルスラントのオークションでも規模の大きいものはアルルスラント家というアルルスラントを実質統治しているヤクザが仕切っているらしく。俺たちはその事務所に向かって移動をする。事務所に近づくほど建物が減る。最後に白い巨大なコンクリート製の建物を囲むようにして黒い建築物が並んているのを見ると、見える建物は白のコンクリートの建物とその門だけとなった。あきらかに普通じゃない、この街を支配してる王様って感じだ。
「こちらアルルスラント家事務所でございます。今日はどのようなご用件で?」
やたらガタイのいいサングラスにスーツの男が話しかけてきた。内心ビビるが要件を、要件を伝えないとな。
「えっと、オークションに出品したくて。それで、大きい規模のものはアルルスラント家が管理してるって聞いたもので」
「あー、オークションでしたか。それでしたら鑑定員が事務所内にいるので付いて来てください。あ、車ごとで構いませんので」
「分かりました。なんていうか、凄いですね。アルルスラント家って、王様って感じで」
「はは、ほんとそうですよね。俺も腕には自信ありましたけど。こう圧倒的な雰囲気というか力を見せつけられてしまうと。こう、ね。自分の身の程を理解できましたよ」
「なるほど、確かにそうですね。ってことはお兄さんはこの街出身なんですか?」
「ええ、生まれも育ちもアルルスラントです。ま、正直この仕事は他の街で言う新政府の役人と同じですね。安定した給料と福利厚生。俺もアルルスラント家で働けるように勉強も武術も頑張りましたよ。あ、着きましたよ」
白いコンクリートの建物、その左側に正面の大きな扉とは別に車が入れるほどの扉がある。俺たちは黒服さんに続き、内部に入っていく。そこには中年の冴えない感じのおっさんと気難しそうなじいさんいた。部屋は特に何かあるってわけではなく、殺風景でテーブルがあるくらいだ。
「お? オークションの人かね? あ、じゃあ早速見せて見せて。鑑定するから。で、鑑定物はどれかね?」
気難しそうなじいさんは以外にも軽い感じの喋り口で少しホッとした。俺たちは車から降りて装甲車にかかったグリーンシートを取り外しオウガラスの右腕を見せる。
「ん? こりゃ……おい、あれ! あれ持ってきて」
「はい! どうぞ」
冴えないおっさんがじいさんにカメラのようなものを渡す。じいさんはそのカメラのようなものでオウガラスの右腕を撮影した。
「お……おぉおおおおお!! こりゃ! えぇ!? お前さんがアレかい? オウガラス、オウガラスの右腕をやったやつなのかい? ひゃ~。まさか生きてるうちにこんなもん見られるとはありがたいねぇ~。感謝よ感謝」
「え? クルツさん。これマジでオウガラスのなんですか!?」
驚くじいさんとおっさん。じいさんは少し曲がっていた背筋がピンと伸びている。
「本物で間違いないよ。昔撮影したオウガラスの装甲とおんなじ形をしてたからねぇ。ナノマシンの特徴も同じだし間違いないね。こりゃ大変なことになったぞ~? オークションまでもうあまり時間がないが、がっつり宣伝をしなきゃな。ほらジャビリ、カシラに連絡だ。あーすまないね。とりあえずこれ預かるけども。とりあえず先に100億渡しておくね」
「え? 100億!? というか、え!? なんで!?」
なんで金を100億? オークションはまだ……あ、そうか。あれか人質みたいなもんか。アルルスラント家がオウガラスの右腕を勝手に持ち逃げしないための信用。いやする気はないのだろうけど、保険みたいなものか。
「まぁこれ……300億超えちゃうだろうからね……基本予想の三分の一は渡すのがルールだからね。んで売上が入ったらその十分の一をこっちがもらって今から渡す金、100億を返してもらうって感じ。お前さんはあんまりこれの価値が分かっとらんようだけど。ゼルは生ける伝説だからね。地獄中の金持ちがこいつを手に入れようとする。単純な貴重品じゃない。権力の象徴だよ」
途方もない数字に溜め息が出る。そりゃこいつら、イルシィもワンズ兄弟も俺についてくるわけだ……オウガラスの右腕の価値がこれなら俺の価値も相当ってことになるからな。
「あ、嬢ちゃん手続き! 名前、契約書にサインして。こりゃあ色々動きそうだねぇ~」
俺はじいさんから契約書を受け取り、確認する。特にこれといったおかしな部分はない、じいさんが言っていたような内容が書いてあるだけだ。サインをしてじいさんに渡す。渡す……え?
「よう? まぁ久しぶりでもないよな?」
契約書を後ろから盗られた。振り向くまでもなくわかる。このナルシストな感じ、怪盗王、ゼルカバハ・オーライエン。振り向きざまに回し蹴りを放つ。当たらんだろうが、舐められるのは気に入らない。
「よっと、へぇ~レンか、レン・コウガミ。なんていうか日本人的な名前だな。けどコウガミってのは聞いたことがない。やっぱ思った通り、地上から来た人間てことかな?」
ゼルは俺の回し蹴りを軽くよけ、そのまま俺の足を掴んだ。な、ちょ、な、何俺の足触ってんだよぉおおおおおおおおお!!! ちょ!! やめ……! っく! やらしい手付きで触りやがって、俺にそんな趣味はねぇ!!
「こんの変態クソ野郎!! 離れやがれ!!」
俺は地面に倒れ込むようにして上体を地面に近づける。そして手を地面につけてそのままの勢いで体をくねらせて回転、おぼろげな記憶のカポエラをお見舞いする。──ピシッ。ヒットした。ゼルは回避行動をとっていたが。その頬には切り傷がついていた。つま先が当たっただけっぽいけど。おしゃべりする余裕はなかったみたいで少しスカッとした。
「全く、じゃじゃ馬だな君は。俺のおかげで大金を手にするわけだし? 少しは優しくしてくれてもいいんじゃないか?」
「嫌だね。お前は俺に……俺にキ……あ、あああああああああああ!!!! 殺す!!!」
思い出して恥ずかしくなる。ムカつく。殺す、ぶっ殺す!! 勢いで殴りかかる。しかしゼルがニヤリと気色悪い笑みを浮かべたのを見て、殴りかかるのをやめる。こりゃ勢いで殴りかかってもダメだな。多分いなして俺を抱きしめるつもりなんだろう。ゼルは腕を広げている。思い通りにはならねぇよクソが。
「なんだ、勘がいいなぁ。っはは、まぁそれでこそって感じかな? で、どうなんだい? 君は日本人?」
「は? そうだけど。というか日本人て……ん? え? どういうこと? ここ地獄なんだろ? 日本人ぐらい普通にいるんじゃないのか? だって死んだらくるわけだろ? 地獄」
「なるほど、まるで知らないんだね~この世界のこと、地獄のこと。いいよ教えてあげるよ。地獄に住んでる人間は基本、元々地獄にいた人間だよ。地獄の神が地球の日本ていう国に住む人々を真似て作ったのが俺たち、地獄人」
「だからそういうわけでね。日本人には伝説があるんだよ。この地獄の文化に影響を与えた、最初の日本人。ナゼ・オオギ。そいつはこの地獄が危機に陥った時、唐突に現れて地獄の人間を救ったってね。だから特別な意味があるんだよ。ま、神の遣わした勇者。そんな現実にあった伝説さ」
「……え? じゃあこの地獄って歴史は結構浅いのか?」
「いやぁ~? 地獄の歴史自体は長いよ? ただ地獄人の歴史が浅いだけだ。と言っても2000年ぐらいはあるけど。ナゼは300年ほど前に来た、割と最近だね」
「……ん? ちょっと待って。死んだ人は? 死んだ人間は地獄のどこにいるんだ?」
ゼルが前髪をかきあげる。金髪の細い髪がパラパラと少しずつ垂れていく。ゼルの表情はニヤついた表情から真剣な顔つきに変わる。
「下だ。地底、地面の下で、地上で死んだ悪しき存在は化物に変わる。流魂奴、自我を持っているだけで自分の意思で体を動かせない奴隷。目も耳もないが叫び声しかあげられない口と痛みを感じる痛覚がある。そこで悪しき心が魂から全て剥がれ落ちるまで、苦しみ続ける。それが地獄へ送られた悪しき存在の末路だ」




