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05:始まりの予感

 負けた。全力出して、届かなかった。一瞬の判断力、勝負強さ。少しの差、けれどその差は物凄く、大きく感じた。俺は無気力にシートにもたれながら、どうしたら勝てたのか? そればかりを考えていた。車が近づいてくる音がする。モニターで確認する。イルシィとワンズ兄弟が乗った装甲車だ。怒ってるかな? 嫌、怒るよな普通に。俺は生き残ったがワンズ兄弟の善意の忠告を踏みにじったんだから。


「マスター!! 滅茶苦茶ヤバイっしょ!! マジ!? マジでゼルに傷つけやがった!! おいおいおい!! イグル! ヤバイ!! このマスター当たりだぜ!!」


 ゼルに空けられたコックピットの大穴から停止した装甲車が見える。アウルは子供のようにはしゃぎ、興奮していて。何故か怒っていなかった。けど、これはアウルがお調子ものだからだろうって、イルシィやイグルの方も見てみる。しかし、二人とも怒っているというよりは、不思議なものを見るような感じで俺を見ていた。


「コラ、アウル!! 当たりとかそういう失礼な言い方するんじゃねぇよ! というかマスター、あそこまで強かったんですね。正直にいうと一方的にやられて大損するだけかなって思ってました。でも、現実は違いました。マスターは勝ち取りましたよ! ゼルのアルターエゴ、オウガラスの右腕を!!」


「オウガラス? それがゼルのアルターエゴの名前。結構かっこいい名前だな。というかどう考えても今大損だろ。機体は結構壊れちまったしさ。ごめん、みんな」


「マスター勘違いしてる。大損どころかかなり得してるよ。私でもわかる。ゼルは今まで一度も、誰にも傷つけられたことがないって聞いた。それでね、もの凄くファンがいるの。だからマスターがゼルから奪ったオウガラスの右腕は、凄く価値がある。オークションで売れば大金持ち!!」


 イルシィが興奮した様子で目をキラキラさせながら教えてくれた。どうやらこのオウガラスの右腕は滅茶苦茶価値があるらしい。そうか、スポーツのトッププレイヤーが実際に使ってた道具とかそういう感じか。納得。


「そっか……けど、ゼルはカガチに行ってしまった。カガチが心配だ。急いで帰ろう」


「放っといていいんじゃね? ゼルは殺しはしない、マジで盗むだけだし。民衆が困るようなもんは盗まないし。それよりこの盗賊団の使ってたアルターエゴにマーカー付けないとっすよ。マーカー付けとけば俺らのものってことになるんでこのアルターエゴの残骸を売ったり修理パーツにするなりで自由になるんで」


 アウルの言う通りにするか。確かに今更カガチに向かったところで事は終わったあとだろうし。俺も戦いの中でゼルからそういうわかりやすい悪意ってのは感じなかったから。マーカー、目の前の大量のスクラップを俺のものにして、少しでも借金返済の足しにしよう、そうしよう。


俺がマーカーってどうやってつけるんだろうと迷っていると。レッドアビスのAIが音声で教えてくれた。どうやら、アルターエゴのコックピットにマーカー用の銃型のライトがあるらしく。俺は足元のボックスにあるマーカーライトを取り出す。3本あったからそれらをイルシィ達にわたす。3人はマーカーライトで光をアルターエゴの残骸に当てていく。もちろんオウガラスの右腕にも。俺はその間暇なので、レッドアビスに機体に備わった機能を聞いていく。機能だけでなくどういった仕組みかも。


 俺はスクラップ処理の手順の説明をイルシィ達から受ける。俺はレッドアビスの通信機でカガチと連絡をとり、スクラップ回収屋に回収を依頼した。これであとはスクラップ回収屋が処理してくれる。俺はオウガラスの右腕をレッドアビスで掴んでカガチへの帰還を開始した。



──────



「本当に助かった。お前さんはこの街のクソドバーの英雄だ。何百人、何千人ていう人間の命と居場所を守ったんだ。借金は今回でチャラだな。ありがとうよ、レン」


「え? もう借金……終わり?」


 事務所で俺はグライドの親分から借金の帳消しを伝えられる。思わず驚いて間抜けに口を開けっぱにしてしまう。


「当たりめぇだろ。人間の命と居場所を守ったんだ、しかもほぼ一人で。一人500万やる予定だった。んでアルターエゴ1体につき追加報酬200万、そんでおめぇさんは逃げなかった。他の傭兵の分の報酬を上乗せすりゃ、お前さんにやった装備を込みでも十分返せる額になる。だからこれは、正当な報酬だ。正直お前さんのこれからを考えるとはした金かもしれんが、借金帳消しとは別に300万、お前さんに報酬だ」


「え? そんな!! 流石に俺、もらいすぎじゃ……」


 ここまで貰えるとなると流石に親分に申し訳なくなってくる。けど、グライド親分は譲る気はないらしく、札束を俺に突きつけてくる。その顔はさっぱりとしたいい笑顔で、その行為にまるで後悔はなくて、俺は親分に負けた。俺は札束を受け取った。


「ああ、そうだ。グライドの親分、オークション、それも大規模のやつ開かれるところとか知ってたりします?」


「ああ、知ってるぜ。ここから北にアルルスラントっていう街がある。都会で世界中の金持ちが集まるカジノ街。闇の最先端て感じの場所だ。聞いたぜ、ゼルからオウガラスの右腕を奪ったんだってな。ホント、びっくりさせられる。その右腕を売ればお前さんは一生遊んでくらせる」


「ま、ゼルの野郎に食らいつく人間がそんな暮らしをするとは思えんな。ははは! 頑張れや。俺もお前が守ったこの街の奴らもお前さんを応援してる。これから始まる伝説だってな」


「ありがとうございます! それじゃ、スクラップの処理が終わったら、確か明日には終わるって話でしたから、明日、カガチを出てアルルスラントに行きます。本当に、マジで!マジでありがとうございましたァ!!」


 頭を思いっきり下げる。気持ちのいい場所だった。さっぱりしてて、素直な善意で出来ていて、嘘がなくて、一日、一日で第一印象最悪だったこの街を、俺は好きになっちまった。そう思うと俺の頭は中々あがろうとしなかった。下げすぎだって、親分に言われて、俺も親分も笑いながら向かい合って、また笑った。


 こうして一日が終わった。一日で借金5000万を返し終わった。傭兵っていうのは俺が考えてるよりもずっと金を動かすらしい。アルターエゴ、その存在がこの世界にとって重要な位置に存在するのだと、俺は肌で感じた。



──────



「しっかし、マジですぐに直っちまうんだなぁ……コックピットにあんな大穴空けられたってのに……」


 カガチのスクラップ回収屋の倉庫、この倉庫にはアルターエゴの修理もするエンジニアがいて俺はレッドアビスの修理を頼んでいたのだった。大穴が空いていたはずのレッドアビスのコックピットはふさがっていて元通りになっていた。


「まぁアルターエゴって大体基本パーツは同じものばっかりだしねぇ。それと一応アルターエゴは本体さえ生きてれば自己修復機能もあるからねぇ。使えそうなパーツ集めてはめ込めばすぐに元通りになる。しかし本当にいいの? 他のスクラップ売っちゃって……まぁオイラとしては助かるけどよ。スペアパーツにすると後々楽だよ?」


 エンジニアのおっさんが俺の疑問に応える。


「まぁ俺は今そのスペアパーツを保管する場所ないし、まだ拠点を決めるつもりもないんでね。お金に替えちゃった方が助かるんすよ」


「なるほどねぇ。ああ、でもこれは持ってくといいよ。緊急修理用スプレー。穴が空いた所とか切れそうになってる場所に吹きかけるとしばらくは安定させられるっつう優れものだ」


「そんな便利なものあるんですね? どんな仕組みになってるんですか?」


「ああ、これは単純にスプレーすると金属膜を形成できてな。その金属膜にアルターエゴの自己修復ナノマシンが作用して、金属膜を硬化、多層化させるのよ。つまり薄い装甲を短時間で作るってわけだ」


 なるほどと納得する。話が終わるとちょうどスクラップの処理が終わった。俺はレッドアビスに乗り込み、倉庫を出る。イルシィ達も装甲車に乗って後をついてくる。カガチを出る。オークションにオウガラスの右腕を出品するためにアルルスラントへと移動を開始した。



──────



 ──アルルスラント、カジノ街のすぐ側に富裕層の住む住宅地がある。その一角、一際大きな屋敷がある。アルルスラント家、アルルスラントを実質統治しているヤクザの屋敷だ。その応接室、シックな家具で統一された落ち着いた雰囲気の部屋。その中央には巨大なシャンデリアが吊らされている。ソファが向かい合うように二つ、怪盗王ゼルカバハとアルルスラント家当主にイェイルシュテルン・アルルスラントが向かい合うように座っていた。


 イェイルシュテルンは病的に青白い肌、白髪のオールバックの男性で、目には隈があり鋭い目つきをより強調していた。白いスーツにはよく見なければ分からないほどの繊細な刺繍が施されており、生地は光の当たり加減でまるで生き物のようにスーツの雰囲気を変える。


「そういや、やられたらしいな? ゼル。初めてだろ? どんなやつだったんだ?」


 イェイルシュテルンが棒状のチョコスナック菓子の先端をハムスターのように小刻みにかじりながらゼルに聞く。


「そうだな。俺好みの、いや、俺の生涯の女にしたい。そういうヤツだったよ。イリー、悪いな、俺はアレを見ちまったらもう女で遊ぶ気はなくなっちまったよ。まぁ散々遊んできた俺が言っても説得力皆無だろうけどさ」


 イリーが目を丸くする。チョコスナックを齧るスピードが落ちる。流石に予想外の応えだったようだ。


「マジか……あのクソみたいな遊び人のお前がなぁ。それ知ったらお前の女ファンはお前の目をつけた女を殺しにいくんじゃないか?」


「いや、俺が遊んできた女じゃ、誰もあいつを殺せないよ。俺に傷をつけたんだ。説得力はそれで十分だろう?」


「まぁ確かに。そうだな。けどなんでまたここに来たんだ? ゼル」


「来る。あいつが来る。俺のお姫様がここに。そして、イリーお前も気づいてるだろ? 時代が動き始めてる。その最初のインパクトはこのアルルスラントで起きる。そう俺は予感してるんだよ」


「お前がカガチから盗んだアーカーシャ・バレット。もしかしてそれはお前の予感が起きた時のカウンターか? ……沈黙、なるほどね。なら依頼するよ。ゼル、アルルスラントの危険を排除してくれ。いつもどおりスマートにな」


 イリーはゼルにそう告げると、応接室を出ていった。彼の表情は落ち着いた雰囲気からピリッとした緊張感のある表情に変わる。ゼルの言った予感、それに対抗するために動き始めた。

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