第9話 お茶しているだけ、です
※本作はフィクションです。挿絵はすべて自作(AIで生成)です。
「お兄ちゃーん。いる? 夜ごはん、作りすぎちゃって……」
玄関の向こうから、唯の声。そして、鍵の、かかっていないドア。
俺と、魔法少女姿の華ちゃんは、目を合わせ――次の瞬間、同時に、動いた。
「か、隠れて! 押し入れ!」
「言われなくても!」
華ちゃんは、身をひるがえし、部屋の隅の押し入れへ、飛び込む。その、勢いよくしゃがみ込んだ拍子に。
ふわり、と。あの、短いスカートが、今度こそ、大きく、めくれ上がった。四つん這いになった、その拍子に。目の前に、白くてなめらかな太ももが、つけ根まで、惜しげもなく、晒される。そして――ひるがえったスカートは、もう、なんの役にも、立っていなかった。まろやかな二つのふくらみを、ぴったりと包み込む、フリルで縁取られた、真っ白な布地。……華ちゃんの、それが。俺の、すぐ目の前で、これ以上ないくらい、はっきりと、丸見えに、なっていた。
(――ぬぐっ……! み、見えてるっ……! というか、これは、完全に、丸見えっ……!)
(ば、馬鹿野郎、俺! こんなときに、何を見てるんだっ! 煩悩退散っ、煩悩退散っ……!)
俺は、目を固くつぶり、心の中で、必死に念仏を唱える。その隙に、華ちゃんは、すぱん、と押し入れの襖を、閉めきった。
――と、ほぼ同時に。
「お兄ちゃん、開けるよー?」
がちゃり、と玄関のドアが開く。危なかった。本当に、一秒の差だった。
「お、おう、唯。悪いな、鍵、開けっぱなしで」
「もう、不用心だなあ。……はい、これ、肉じゃが。作りすぎちゃって」
鍋を差し出す唯を、俺は、玄関先で、必死に食い止める。とにかく、部屋の中には、一歩も、入れるわけにはいかない。
「お、おう、ありがとな! じゃ、確かに受け取ったから――」
「……ねえ、お兄ちゃん」
鍋を渡した唯が、ふと、俺の背後――部屋の奥へと、目を細めた。
「今、なんか……奥から、バタバタって、音、しなかった?」
「き、気のせいだろ! なんも、してないぞ!」
「ふうん? ……ねえ、もしかして。中に、誰か、いるの?」
「い、いない、いない! 誰もいないって!」
「じゃあ、ちょっとだけ、お邪魔して、確かめても、いいよね?」
「よ、よくない! 男の一人暮らしの部屋なんて、散らかってて、見せられたもんじゃ――」
俺は、両手を広げ、全身で、ドアの隙間をふさぐ。だが。
「ふーん。華ちゃんだらけの部屋で、今さら何を言ってるんだか。……えいっ」
「あっ、こら――!」
唯は、その小さな体を、俺の腕の下から、するり、とくぐり抜けた。妹の、身のこなしの軽さを、俺は完全に、なめていた。
「あ……」
そして、部屋の真ん中で、立ち止まった唯が、見たものは。
押し入れの前で、所在なげに立つ――着替えを終えた、私服姿の華ちゃんだった。
(い、いつのまに、着替えて……!? 早業すぎるだろ……!)
どうやら、俺が唯を食い止めているわずかな間に、押し入れの中で、大急ぎで元の服に戻ったらしい。魔法少女の面影は、どこにもない。眼鏡をかけた、地味な、お隣さんが、そこにいた。
「……お兄ちゃん」
唯の声が、一段、低くなる。
「どうして。お兄ちゃんの部屋に、この前の、お隣さんが、いるの?」
「そ、それは……!」
「あら。こんばんは、妹さん」
凍りつく俺をよそに、華ちゃんが、にっこりと、口を開いた。もちろん、あの、天使の顔で。
「わたし、お引っ越しのときに、お兄さんと知り合って。聞いたら、なんと、わたしの推してるアイドルの、大ファンだって言うじゃないですか。それで、すっかり意気投合しちゃって。ときどき、こうして、お茶をご一緒してるんです」
すらすらと、よどみなく紡がれる、完璧な、作り話。
(う、嘘だっ……! 全部、嘘だっ……!)
こんな、無理のある言い訳。「アイドルのファン同士で意気投合」だなんて、そんな都合のいい話。いくら唯でも、さすがに、信じるわけが――。
「わあ、そうだったんですねー!」
――信じた。
唯は、ぱっと、顔を輝かせた。
「華ちゃんって、女性のファンも、多いですもんね! お兄ちゃんに、ファン仲間ができて、よかったぁ」
(え……? い、いいのか、それで……!?)
あまりの、あっさりとした納得ぶりに、逆に、俺のほうが、拍子抜けしてしまう。あんなに鋭かった妹が、こうもすんなり引き下がるとは。
(……よかった。なんとか、乗り切った……)
そう、胸をなでおろした、俺が、甘かった。
「じゃ、私は、これで。華さん、これからも、兄と仲良くしてあげてくださいね」
唯は、にこにこと、そう言って、部屋を出ていった。
――だが。
その、ドアを閉める、直前。
俺は、見てしまった。にこにこ笑顔の、その奥で。妹の目が、すっと、鋭く、細められるのを。
あれは、何ひとつ、見逃していない目だ。
(……ま、まずい。あいつ、ぜったい、気づいてる……!)
そう。冷静に、思い返してみれば――この場は、穴だらけだったのだ。
「お茶をしている」と言ったくせに、湯飲みひとつ、出ていない。華ちゃんの額には、うっすらと、汗。しかも、その服の襟元は、着替えを急いだせいか、なぜか、少しだけ、乱れていた。
あの、鋭すぎる観察眼が。これだけの不審点を、見逃すはずが、なかった。
にこにこと、あっさり納得したフリをして。あいつは今ごろ、頭の中で、しっかりと、証拠のリストを、こしらえているに違いない。
(……これは、確実に。近いうち、とことん、調べられるやつだ……)
新たな火種を、また一つ、抱え込んでしまった予感に。俺は、渡されたばかりの肉じゃがの鍋を手に、玄関先で、ただ、呆然と立ち尽くすことしか、できなかった。
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