第8話 202号室、新たな監視者
※本作はフィクションです。挿絵はすべて自作(AIで生成)です。
妹の襲来から、数週間後。三月。
俺のボロアパートの、二階へと。「唯」と大書された段ボールが、次々と運び込まれていく。
「よっ、お兄ちゃん。今日から、よろしくねっ」
二階の一室――202号室の前で、エプロン姿の唯が、にっこりと手を振っていた。
「な……なんで、お前が、ここに住んでるんだよぉ!?」
「聞いてよ。この二階、ちょうど空いててさ。しかも激安。運命だと思わない?」
「運命じゃない! ただの、悪夢だ!」
「それに、これでお母さんの条件も、クリアだしね。『唯が一人暮らしするなら、お兄ちゃんの目が届く、すぐ近くに住むこと』――だって」
(な、なるほど……。母さんの言う「条件」って、そういう……)
まっとうな親心を、この妹は、俺を監視する大義名分に、堂々とすり替えていた。
「というわけで。これからは、私が、お兄ちゃんを見守ってあげる。悪い虫が近づかないか、二十四時間、しっかりね」
「見守るって……ぜったい監視の間違いだろ、それ!」
――と、そのときだった。
「あら。新しく、お引っ越しですか? これから、よろしくお願いしますね」
通りかかったのは、お隣の華ちゃん。むろん、外向けの「アイドルの華」の顔だ。ふわりと微笑み、唯に、丁寧に会釈をする。
「あ、はい。妹の、唯です。どうも……」
律儀に頭を下げた唯が、ふと、動きを止めた。じいっと、華ちゃんの顔を、見つめる。
「……ん? あの、どこかで……お会いしましたっけ?」
(――どきり)
「いえいえ。よく言われるんです、そういうお顔で。ふふ」
華ちゃんは、にこやかに受け流して、去っていく。唯は、「気のせい、かなあ……」と、まだ首をかしげていた。
(あ、危なかった……。唯のやつ、鋭いんだから、勘弁してくれ……!)
――そして、その日の、夜。
こんこん、とドアが鳴る。開けると、そこにいたのは、眼鏡にスウェット姿の華ちゃん。もう、素顔のほうだった。
「ねー、君。ちょっと、見られるとまずいから。入らせて」
言うが早いか、彼女はするりと部屋に入り込み、ずかずかと、奥まで進んでいく。そして、壁を見上げて――ぴたり、と止まった。
「……相変わらず、すっごい部屋。私のポスターと、私のグッズと、私しか、ない」
「う……お、お目汚しを……」
「引くわ。……でも、まあ。ここまでされると、悪い気は、しないけどね」
素っ気なく言いながらも、その口元が、ほんの少しだけ、ゆるんだ気がした。
「で、用件なんだけど。今度の舞台の、衣装とウィッグ。君、私の顔、いちばん見てるでしょ。どれが自然か、意見が欲しくて」
「な、なるほど。それで、俺に……」
「でも、ウィッグだけ見せても、イメージ湧かないよね。全身、着替えるから――君、ちょっと、外に出てて」
「え、えっ!? は、はい!」
俺は、玄関の外へと、追い出された。
ドア一枚を隔てて、中から、衣擦れの音が、かすかに聞こえてくる。しゅる、と布のこすれる音。じ、じ、と、ファスナーの下りていく音。とん、と何かを脱ぎ落とすような、やわらかな音。そのひとつひとつが、いやでも、ドアの向こうの光景を、頭の中に描き出させる。
(――い、いかん! 想像するな、俺! あの華ちゃんが、今、ドアの向こうで、一枚、また一枚と、その、着替えを……!)
薄い一枚のドアの、すぐ向こう。手を伸ばせば届く距離に、素顔の推しがいる。その事実だけで、俺の心臓は、破裂しそうだった。
(ぼ、煩悩退散っ! 煩悩退散っ!! 俺は、清く正しいファンっ! 清く正しいファンなんだっ……!)
「……もう、いいよ。入って」
声に従い、そっとドアを開けた俺は――言葉を、失った。
そこにいたのは、フリルのついた、ひらひらのミニスカート。おへその出た、短い丈のトップス。すとん、と細い肩から、白い二の腕が、むきだしになっている。きゅっとくびれた腰の、そのすぐ下に、小ぶりのおへそ。スカートの丈は、ぞっとするほど短くて、そこから、すらりと伸びた、なめらかな太ももが、惜しげもなくのぞいている。膝上のニーソックスと、太ももの、そのあいだ。わずかにのぞく、素肌の白さが、目に、痛いくらいだった。頭には、大きなリボン。
照明のせいか、その肌は、しっとりと、内側から光っているように見えた。
「今度の舞台、私、魔法少女の役なんだ。……この衣装。思ってたより、ずいぶん、露出が多くてさ」
清純派で売ってきた彼女には、めずらしい装いだった。本人も、少し居心地が悪そうに、スカートのすそを、指でつまんで、ちょんと引っぱっている。その仕草が、かえって、危うい。
(て、天使だ……いや、魔法少女だ……!)
「で、この役、決めポーズがあるんだけど。これが、なかなか、難しくて。……ちょっと、見ててくれる? どれがいちばん映えるか、選んで」
華ちゃんは、そう言うと、次々とポーズを取ってみせた。
右手を天にかざす、一番。腰に手を当て、ぱちんとウインクする、二番。くるりと回って、両手でハートを作る、三番。
どれも、テレビで見る「アイドルの華」からは、想像もつかない、あざとくて、可愛らしいポーズだった。素顔のときの、あの辛口な彼女が、大真面目な顔で、これをやっている。そのギャップだけでも、心臓に悪いというのに。
だが――問題は、そこじゃない。
彼女が、くるり、と回るたびに。ふわり、と、ただでさえ短いスカートが、軽々と、宙に舞い上がるのだ。そのたび、白い太ももが、つけ根の際どいところまで、あらわになる。ひらり、ひらり。スカートの裾が、まるで俺の理性をもてあそぶみたいに、上がっては、落ちる。あと少し。あとほんの少し、めくれ上がれば――その奥が。
(み、見えっ……! 見えそうっ……!! いや、見ちゃだめだ、見ちゃだめだっ……!)
「ねえ、君。どれが、いちばん、いいと思う?」
「さ……っ、さ、三番、が……! 三番が、いいと、思います……っ!」
俺は、真っ赤な顔で、あらぬ方向を見ながら、必死に、そう答えた。当の華ちゃんは、俺の葛藤など、まるで気づいた様子もない。
「ふうん。三番、ね。了解」
――と、そのときだった。
ピンポーン、と。
玄関のチャイムが、鳴った。
「お兄ちゃーん。いる? 夜ごはん、作りすぎちゃって……」
(うそだろ……!?)
血の気が、一瞬で、引いた。俺は、思い出す。この部屋の、玄関の鍵を。
(……か、鍵、かけてない……!)
魔法少女姿の推しと、監視役の妹。二つの世界が、いままさに、最悪のかたちで、交わろうとしていた。
お読みいただきありがとうございます。
実際の魔法少女シーンはどこかのタイミングで書きたいと思います。




