↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
推し活のために退寮したら、隣の部屋(103号室)に「推し(本人)」が住んでいた。 ~推しすぎたせいか、心の声まで聞こえます~  作者: しまじろう
第1章|華編Ⅰ ――気づけば、アパートは美少女だらけ――

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/66

第7話 妹、上京す

※本作はフィクションです。挿絵はすべて自作(AIで生成)です。

 麻衣さんの、あの下着事件から、一週間ほど。


 俺の新生活は、相変わらず、綱渡りだった。


 右隣には、正体を隠した推し。左隣には、素顔を知られた上司。どちらに対しても、俺は必死に平静を装い、煩悩を退散させ続ける、修行僧のような日々を送っていた。


 そんな、ある日の休日だった。


 ピンポーン、と、間の抜けたチャイムが鳴った。


(宅配便かな)


 俺は、何の警戒もなく、玄関のドアを開けた。


 ――そこに立っていたのは。


「お兄ちゃんっ! 久しぶりっ!」


 満面の笑みで、俺の胸に飛びついてきたのは。俺の、六つ下の妹――佐藤唯だった。


 ぎゅう、と胸に抱きついてくる妹。その、触れた瞬間だった。


 大量の“声”が、頭の中へ、なだれ込んできた。


 《はわわわっ! ほんものの、お兄ちゃんだぁ! 会いたかったぁ! だだだだいすきっ! ぎゅ〜ってしたいっ……! ……はっ、油断禁物。変な女は近づけないっ。だいすきだからこそ、ね!》


「うわっ……!? な、なんだ、この声は……!?」


 思わず、頭を押さえる。前に一瞬よぎった“空耳”とは、比べ物にならない。耳元で、誰かが全力で叫んでいるみたいだ。


「……お兄ちゃん? 急に、どうしたの。どこか、具合でも悪い?」


 抱きついたまま、唯が心配そうに見上げてくる。今の“声”を、口にした様子は、まるでない。その瞳で、俺は、はっと我に返った。


(……いかん。妹の前で奇声だなんて、あやしすぎる)


「い、いや、なんでもない。立ちくらみだ。……って、それより」


「なんで、お前がここにいるんだよ、唯!?」


「なんでって、ひどくない? 私、四月から、こっちの大学なの。三月のうちに引っ越そうと思って、今、部屋を探しててね。そのついでに、お兄ちゃんの様子も見に来てあげたってわけ」


「なるほど、部屋探しか……。四月入学なら、三月には越しておきたいもんな。って、三月って、もう来月じゃないか。ずいぶん急だな」


「うん。本当はね、実家からでも、どうにか通えなくはないんだけど……。お母さんが、ある条件だったら、一人暮らししていいよって」


「ん? ある条件って?」


「それは……ないしょー」



挿絵(By みてみん)


 唯は、いたずらっぽく笑って、人差し指を、口の前にちょこんと立てた。



 そうして、こちらの返事も待たず、ずかずかと部屋に上がり込んでくる。


 昔から、俺のあとを、ちょこちょことついて回っていた妹だ。少し大人びたけれど、その人懐っこさは、昔とちっとも変わっていない。


 ――そして、部屋に一歩、足を踏み入れた唯は。


 ぴたり、と立ち止まった。


「……お兄ちゃん。この部屋」


「な、なんだよ」


「あいっかわらず、華ちゃんだらけだねぇ……」


 壁一面に貼られた、華ちゃんのポスター。棚にずらりと並んだ、缶バッジとアクスタ。天井から吊るされた、ライブのタオル。俺の六畳一間は、どこを見ても、華ちゃんで埋め尽くされていた。


「もう。十年経っても、ぜーんぜん変わってないんだから」


 唯は、あきれたように、けれど、どこか嬉しそうに、笑った。


 こいつは昔から、俺のこの「華ちゃん愛」を、いちばん間近で見て育ってきた。握手会のために夜行バスへ飛び乗る俺。新曲の発売日に、わざわざ有給を取る俺。そんな、我ながら救いようのない姿を、なぜか、いつもあたたかい目で見守ってくれていた。


「まったく、この変態っぷりも、ここまでくると、いっそ清々しいよね」


(変態は、余計だ)


「でもまあ……ちょっと安心したかも。こーんなに部屋中華ちゃんだらけじゃ、さすがに、他の女の人が近寄る隙なんて、ないだろうしね」


 唯は、うんうん、と一人で納得したように、うなずいている。


(そ、そうだ! その調子で、安心しておいてくれ……!)


 ――と、俺が胸をなでおろした、まさに次の瞬間だった。


 唯が、ふと、くんくん、と鼻を鳴らした。そして、その笑顔が、すうっと消えていく。


「……ねえ、お兄ちゃん」


「な、なんだよ」


「なーんか、この部屋……華ちゃんの匂いに混じって、別の、女の人の匂い……しない?」


「なっ……!?」


 どきん、と心臓が跳ねた。


(ば、ばれた!? いや、待て、落ち着け。麻衣さんが泊まったのは、もう一週間も前だぞ。今さら、匂いなんて、残ってるわけが……!)


(……いかん。思い出すな、俺。あの夜の、とろんと潤んだ目も。腕の中の、やわらかい重みも。桜色の、あの……! ぜんぶ忘れるって、約束しただろうが……!)


「き、気のせいだろ。だいたい、一週間も経てば……いや、そもそも、俺の部屋に、女の人なんて、来るわけ――」


「一週間?」


(あ)


「ふうん……。お兄ちゃん、今、さらっと、一週間って言ったよね。なーんで、そんな、やけに具体的な数字が、ぱっと出てくるのかなー?」


「そ、それは、その……言葉の、あやというか……!」


 墓穴だった。自分で掘った、深い、深い墓穴だった。


「じゃあ、これは?」


 唯が、すっと指でつまんで差し出したのは。ソファのすみに落ちていた、一本の、長い髪の毛だった。


(あ゛)


「……お兄ちゃんの髪、こんなに長くないよね? ねえ、これ、誰の髪の毛なの!?」


「そ、それは、その……!」


 説明できるはずが、なかった。


 これはおそらく、一週間前に泊まっていった、麻衣さんのものだ。だが、そんなこと、言えるわけがない。直属の上司と、一夜を――健全に、だが――共にしたなんて知られたら、それこそ、本物の修羅場になる。


「まさか、まさかとは思うけど……この部屋に、女の人、泊めたり、してないよね? ねえ、お兄ちゃん! こっち見て、目を見て言ってよ!」


「と、泊めてない! 断じて、泊めてないぞ!」


 嘘だった。泊めた。ばっちり、泊めた。しかも、酔い潰れた上司を。


「……ふうん。お兄ちゃん、嘘つくとき、右上を見るクセ、まだ直ってないんだ」


「うぐっ」


「しかも今、思いっきり、目も泳いだよね?」


「うぐぐっ」


(う、うわあ……どんどん、ドツボにはまっていく……!)


 妹の追及は、鋭く、そして、どこまでも止まらない。俺はしどろもどろになりながら、必死に言い訳を探すが、口から出てくるのは、意味をなさない言葉ばかりだった。


 ひとしきり俺を問い詰めたあと、唯は、腕を組んで、ふん、と鼻を鳴らした。


「……決めた」


「な、何をだよ」


「私、上京したら、お兄ちゃんと一緒に住む。そうすれば、変な虫がついても、その場で追い払えるもんね」


「はあ!?」


 とんでもない、爆弾発言だった。


「だ、だめだめ、絶対にだめだ! なんで、いい歳して、妹と同居しなきゃいけないんだ! お前は、自分の大学の近くに、部屋を借りて住めよ!」


「むー……。お兄ちゃんの、ケチ。せっかく、心配して来てあげたのに」


 唯は、ぷくっと頬をふくらませる。まだあどけなさの残る、その顔は、正真正銘、俺の妹のものだ。


(……いや、絆されるな、俺。ここで折れたら、とんでもないことになる)


 ……が。その数秒後。妹の目が、きらん、と光ったのを、俺は見逃さなかった。


「……わかった。じゃあ、同居は、あきらめる」


「お、おう。わかってくれたか」


「うん。同居は、ね」


 なにやら、やけに含みのある言い方だった。


「その代わり――私、部屋、この“すっごく近く”で、探すことにするから。お兄ちゃんに悪い虫がつかないか、ちゃーんと見張れる距離で、ね」


「……は?」


 いやな予感が、した。


 ――そういえば。さっき、こいつは言っていた。母さんが出した、「一人暮らしの、ある条件」。


(まさか。その条件ってのが……お兄ちゃんの、近くに住むこと……とか?)


 いや、まさか。いくらなんでも、そんな偶然みたいなこと、あるはずが――。


 だが、このときの俺は、まだ知らなかった。


 母さんが唯に出した「ある条件」の、正体も。


 そして、この妹が口にした「すっごく近く」という言葉が、俺の想像の、はるか斜め上をいく意味だったことも――。



お読みいただきありがとうございます。

ブックマーク・★評価・リアクションが更新の励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。