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推し活のために退寮したら、隣の部屋(103号室)に「推し(本人)」が住んでいた。 ~推しすぎたせいか、心の声まで聞こえます~  作者: しまじろう
第1章|華編Ⅰ ――気づけば、アパートは美少女だらけ――

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第6話 置き忘れた下着と、赤面の攻防

※本作はフィクションです。挿絵はすべて自作(AIで生成)です。

 翌朝。


 固い床の上で、俺は目を覚ました。体の節々が、みしみしと痛い。ゆうべは結局、酔い潰れた麻衣さんにベッドを譲り、俺は床で丸くなって眠ったのだった。


(あれ……麻衣さんは?)


 ベッドの上を見ると、そこはもう、もぬけの殻だった。きちんと整えられた、掛け布団。どうやら俺より先に目を覚まして、そっと帰ったらしい。


(よかった……。何事もなく、済んで……)


 ほっと胸をなでおろす。ゆうべの麻衣さんは、それはもう大変な絡み酒だったが、俺は紳士として、指一本触れていない。天地神明に誓って、健全な一夜だった。


 俺は伸びをして立ち上がると、麻衣さんが使った布団を、たたもうとした。


 ――そのときだった。


 くしゃ、と。掛け布団の裾に、何か小さな布が、引っかかっているのに気づいた。


挿絵(By みてみん)


 純白の、頼りないほど薄い布。ふちには、繊細なレースがあしらわれていて、真ん中には、小さなリボンが、ちょこんと結ばれている。手のひらにのせると、驚くほど軽く、頼りなくて、うっすらと透けそうなほど、生地が薄い。ふだん、あの隙のない鉄仮面の上司が、スーツの下に、こんなに可愛らしいものを――。


「……………………」


 俺の思考が、完全に、停止した。


 それは、どこからどう見ても。


 女性の、下着だった。


(…………は? え? なんで? なんで、こんなものが、俺の部屋に!?)


 パニックだった。頭が、真っ白になる。


(お、落ち着け! 昨日は、何もなかった。何もなかったはずだ! でも、じゃあ、なんでこれが……!)


 必死に、ゆうべの記憶をたぐる。そういえば麻衣さんは、「暑いよぉ」とか言って、しきりに服を引っぱっていた気がする。まさか、酔った勢いで、半分眠りながら脱いで……そのまま、忘れて帰った、とか?


挿絵(By みてみん)


(いやいやいや! だとしても、俺は、どうすればいいんだ……!)


 推しの華ちゃん以外の女性の下着を、生まれて初めて、手にしてしまった。しかも、相手はよりにもよって、直属の上司である。俺の煩悩が、今にも爆発しそうになる。


(ぼ、煩悩退散! 煩悩退散! 俺は、華ちゃん一筋の、清いファンなんだ……!)


 だが、いくら念じても、手の中の桜色は、消えてはくれない。それどころか、レースの繊細な手ざわりと、かすかに残る、甘い柔軟剤の香りが、俺の理性を、じわじわと侵食してくる。あわてて机の上に置いてみるが、桜色のそれは、そこにあるだけで、部屋じゅうの空気を、やけに艶っぽく染めているように見えた。捨てるわけにもいかず、かといって持っておくのも、あまりに不健全だ。俺は、それを両手で捧げ持ったまま、部屋の真ん中で、ただ立ち尽くすことしかできなかった。


 と、そのときだった。


 コンコン、と。玄関のドアが、遠慮がちにノックされた。


 俺は、びくりと飛び上がる。おそるおそるドアを開けると――そこには。


 昨日とは打って変わって、きっちりとスーツを着込んだ、素面の麻衣さんが立っていた。


 だが、その顔は、耳まで真っ赤だった。


「……お、おはよう、佐藤くん」


「お、おはようございます、麻衣さん……」


「あの、ね。……昨日は、その、迷惑、かけたみたいで……ごめん」


 いつもの、凛とした上司の姿は、どこにもない。麻衣さんは、もじもじと指をいじりながら、俺と目も合わせられずにいる。


(う、うわあ……素の麻衣さん、めちゃくちゃ恥ずかしがり屋だ……!)


 職場での鉄仮面。酔ったときの甘えん坊。そして今、目の前にいる、恥ずかしがり屋の彼女。いったい、どれが本当の麻衣さんなんだ。


「その、それでね。……ひとつ、探し物が、あって」


「さ、探し物、ですか」


「……うん。ゆうべ、その、ここに……忘れ物、しちゃったみたいで……」


 麻衣さんの視線が、ちらり、と俺の背後――部屋の中へ、泳ぐ。


 俺は、悟ってしまった。


 彼女が探しているものが、何なのかを。そして、それが今、俺の手の中に、しっかりと握られていることを。


(ど、どうすればいいんだ、これ!? 「これですか?」って、渡すのか!? いや、でも、それはあまりに、直接的すぎる……!)


 背中に隠した手の中で、桜色のそれが、やけに存在感を放っている。


「あ、あの、麻衣さん。これは、その、俺は本当に、何も……」


「い、言わなくていい! わかってるから! 佐藤くんが、そんな人じゃないってこと……!」


 真っ赤な顔で、麻衣さんが叫ぶ。俺たちは、しばらく、玄関先で、気まずく見つめ合った。


 結局、俺は、覚悟を決めた。無言で、背中に隠していたそれを、彼女へ差し出す。麻衣さんは「ひゃっ」と小さな悲鳴を上げると、ひったくるようにそれを受け取り、ぎゅっと胸に抱えた。


「……このこと。ぜっっったいに、誰にも言わないで。あと、今日のことも、ゆうべのことも、ぜんぶ、忘れて。いい?」


「は、はい。忘れます。きれいさっぱり、忘れます」


「ほんとに、ほんとに、忘れてよ。……もし、誰かにしゃべったら、承知しないから」


 最後に、赤い顔のまま、ぴしゃりと釘を刺す。そのあたりは、さすが職場のリーダーというべきか。麻衣さんは、下着を抱えたまま、くるりと背を向けた。


 そして、隣の101号室へ、それこそ脱兎のごとく、逃げ帰っていく。


 バタン、と、勢いよくドアが閉まる音。


 あとには、俺だけが、朝の廊下に、ぽつんと取り残された。


(……これから毎日、あの人と、隣同士で顔を合わせるのか)


 職場では、直属の上司。そして家では、すぐ隣の住人。しかも、こんな珍事件のあとで。気まずい、なんてものじゃない。


 ――右隣の103号室には、正体を隠した、推しのアイドル。


 ――左隣の101号室には、素顔を知られた、鉄壁の上司。


(俺のアパートは、どっちを向いても、地雷原だ……)


 俺は、深い、深いため息をついた。


 こうして、俺の騒がしすぎる新生活は、いよいよ本格的に、幕を開けたのだった。


お読みいただきありがとうございます。

この状況でも我慢できる和馬はすごいですね。

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