最57話 声は聞こえないけど、隣にいる
こちらで一旦最終話となります!
最後まで読んでくださいね♪
『声は聞こえないけど、隣にいる』
あの、賑やかな夜から、しばらく。
俺の《推し聞き》は、結局、二度と戻ってこなかった。誰に触れても、心の声は聞こえないし、好感度の数字も浮かばない。
――でも、それで、よかった。
声なんて聞こえなくたって、みんなの気持ちは、ちゃんと伝わる。そのことを、俺は、もう知っている。
問題があるとすれば、ただひとつ。
女の子になっちゃう“呪い”のほうは、いまだに、ぴんぴんしている、ということくらいで。
◇
その日は、よく晴れた、休日の朝だった。
二度寝を決め込んでいた俺の部屋の扉が、いつものように、遠慮なく、勢いよく開いた。
「オッパー、あーそーぼっ!」
「……朝っぱらから、なんだよ、葵ちゃん」
のそのそと身を起こした俺は、その姿を見て、思わず目を逸らした。
葵ちゃんは、だぼだぼの、Tシャツ一枚。裾から、すらりと伸びた素足が、惜しげもなく晒されている。寝起きなのか、髪はふわふわに寝癖がついていて、いつものアイドルの完璧さとは、まるで違う、無防備な格好だった。
「んー……オッパの部屋、なんか落ち着くんだよねぇ」
言うが早いか、葵ちゃんは、俺の布団に、ぼふ、と倒れ込んだ。Tシャツの裾が、めくれ上がりそうになって、俺は慌てて視線を天井へ逃がす。
「……あのな、葵ちゃん。いちおう、俺、男なんだけど」
「えー、いいじゃん。オッパ相手なら、へーき、へーき」
けろりとした顔で、葵ちゃんが、こてん、と俺の膝に頭を乗せてくる。ふわりと、甘い匂いが鼻をくすぐって、俺は、内心で、盛大に、狼狽えた。
(……無防備すぎるだろ、この子は)
◇
そこへ、また、扉が開く。
「佐藤くーん、朝ごはん、作りすぎちゃったから……って」
差し入れのお皿を手にした麻衣さんが、膝枕状態の俺たちを見て、ぴき、と固まった。
「……な、なにを、朝から、いちゃいちゃ、してるのっ!」
「あ、麻衣オンニ、おはよー」
「おはよう、じゃ、ないでしょう!」
ずかずかと踏み込んできた麻衣さんが、俺の腕を引っ張って、葵ちゃんから引き剥がそうとする。
――が。狭い部屋のこと。麻衣さんの足が、脱ぎ散らかしたクッションに、つるり、と滑った。
「きゃっ……!」
「わっ、麻衣さん……!」
倒れ込んできた麻衣さんを、とっさに抱き止める。その拍子に、やわらかく、たっぷりとした重みが、俺の胸に、むにゅ、と押しつけられた。薄手の部屋着越しに伝わる体温と、石けんの匂いに、頭が、真っ白になる。
「……っ!」
麻衣さんの部屋着の胸元が、しゃがんだはずみで、ふわりと緩んで――俺は、慌てて、目を、逸らした。
「ご、ごめんなさい、麻衣さん、大丈夫……」
「みっ、見た……!?」
「見てない、見てないです……!」
湯気の立つ味噌汁のお椀が、二人の間で、なんとか無事に踏みとどまっている。麻衣さんは、耳の先まで真っ赤にして、部屋着の胸元を、ぎゅっと掻き合わせた。
◇
と、そのとき。壁の向こうから、こんこん、とノックの音。
例の、小さな隙間だ。俺と、隣の華ちゃんだけの、秘密の穴。
「……朝から、うるさいわね、君の部屋」
覗くと、壁の向こうに、華ちゃんの素顔があった。ノーメイクの、すっぴん。細い肩紐のキャミソール一枚で、気だるげに、髪をかき上げている。その、あまりに無防備な色っぽさに、俺は、ごくり、と喉を鳴らした。
「……なによ。じろじろ見て」
「い、いえ。……その、肩紐、ずれてます」
「……ばか」
華ちゃんが、ぷい、とそっぽを向きながら、それでも、肩紐を直そうとはしない。壁一枚隔てた、この距離感が、俺たちには、ちょうどよかった。
「……ねえ、君」
「はい」
「あとで、こっち来なさいよ。……朝ごはん、一緒に食べましょ」
その、少し照れたような誘い方に、俺の胸が、じん、と、あたたかくなる。
◇
「あーっ! 華ソンベ、抜け駆けはずるいっ!」
壁越しのやりとりに気づいた葵ちゃんが、ぴょこん、と跳ね起きて、俺に抱きついてくる。
「オッパは、あたしと遊ぶの!」
「い、いや、だから、なんで俺の取り合いに……」
「だめよ葵ちゃん、佐藤くんは、私が朝ごはんを……!」
麻衣さんまでもが、反対側から、俺の腕を掴む。
――右から、左から。壁の向こうからも伸びてくる、華ちゃんの手。
あ、これ、まずいやつだ。と、思ったときには、もう遅かった。
ぐわん、と、世界が揺れて。
――ぽん、と。
「……あ」
「「「あ」」」
気づけば俺は、また、あの、和葉の姿に、なっていた。
◇
「……もう。またなの、君」
華ちゃんが、壁の向こうで、くすくすと笑う。
「和葉ちゃん、久しぶりだねぇ」
「や、やめてください、葵ちゃん……!」
女の子になった今、みんなの心の声は、やっぱり聞こえない。……そのぶん、抑えのきかなくなった俺の本音が、するり、と口から滑り出てしまう。
「……もう。……みんな、いっぺんに、くっつくから……。……でも、その、……嫌じゃ、ないですけど」
「「……っ!」」
ぽろっとこぼれた本音に、麻衣さんと葵ちゃんが、同時に固まった。
「か、可愛いっ……!」
次の瞬間、二人は、いっそう強く、和葉の俺に、抱きついてくる。やわらかいものに、左右から、むぎゅう、と挟まれて、俺は、女の子の高い声で、悲鳴をあげた。
「ちょ、ちょっと、苦しいですって……!」
◇
「――あなたたち。朝から、いったい、なにを騒いでいるの」
ぴしゃり、と。
開け放したままの扉から、冷たい声が、投げ込まれた。
隣の、怜子さんだ。腕を組んで、こめかみを、ひくつかせている。完全に、“鬼マネージャー”の顔だった。
「近所迷惑でしょう。……華も、葵も。今日の午後、収録があるの、忘れてないでしょうね?」
「「……はい、すみません」」
華ちゃんと葵ちゃんが、しゅん、と首をすくめる。さすがの二人も、担当マネージャーには、頭が上がらないらしい。
怜子さんは、和葉になった俺を見下ろして、はあ、と、深いため息をついた。
「……で。あなたは、また、その姿。……ほんとうに、世話が焼けるわね」
そう言いながらも。その口元が、ほんの少しだけ、やわらかく緩んでいるのを、俺は、見逃さなかった。
「……あの、怜子さんも。……一緒に、朝ごはん、どうですか」
「……っ。……べ、別に。……あなたたちが、どうしてもって言うなら、付き合ってあげても、いいけど」
つん、とそっぽを向く、その仕草は。……なんだか、この頃、ずいぶんと、可愛らしくなった気がする。
◇
結局、その朝は、俺の狭い部屋に、みんなが集まって、賑やかな食卓になった。
和葉の姿のまま、四人に囲まれて、俺は、麻衣さんの味噌汁を、すする。
声は、聞こえない。誰が、なにを考えているのかは、わからない。数字も、もう、浮かばない。
――でも。
隣で、葵ちゃんが、行儀悪くごはんを頬張っている。向かいで、麻衣さんが、こぼした味噌汁を、慌てて拭いている。壁の穴からは、華ちゃんが「私のぶんも残しときなさいよ」と、声をかけてくる。怜子さんは、そんな騒がしさに呆れながらも、ちゃっかり、席についている。
この、あたたかくて、うるさくて、少しだけ照れくさい、賑やかさ。
(……ああ、そうか)
声なんて、聞こえなくても。
この賑やかさが、ぜんぶ。……俺の、しあわせ、なんだ。
◇
「――で、和葉ちゃん。次は、いつ、女の子になるの?」
「なりませんよ、そう何度も……!」
「えー、たまには、なってよぉ。可愛いんだから」
「そうよ。女の子の和葉ちゃんも、放っておけないもの」
「あなたたち、和葉さんを、あんまり、からかわないの」
みんなの笑い声が、狭い部屋に、いつまでも、いつまでも、響いている。
――たぶん、この“呪い”が解ける日は、まだ、当分、来ないんだろう。
でも、それも、悪くない。
だって、俺のとなりには、いつだって、こんなにも、あたたかい人たちが、いるのだから。
★★★最後まで読んでいただきありがとうございました★★★
お読みいただきありがとうございました。
長かったぁ。。。次回は自分の好きな転生ものを書こうかなぁ。
ただ折角なのでここに出た登場人物を活かしたい。
また次回作にご期待ください!




