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推し活のために退寮したら、隣の部屋(103号室)に「推し(本人)」が住んでいた。 ~推しすぎたせいか、心の声まで聞こえます~  作者: しまじろう
第5章|能力編 ――一途がすぎると、女の子になるらしい――

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第57話 探さないでください

※本作はフィクションです。挿絵はすべて自作(AIで生成)です。



『探さないでください』


 その、たった一行の置き手紙を、妹の唯が見つけたのは、次の日の夕方だった。


 俺の部屋を訪ねてきた唯は、誰もいない部屋と、机の上のメモを見て、真っ青になったらしい。すぐに、俺のスマホに何十件も着信を残し、それでも繋がらないとわかると、パニックのまま、あの人たちに、片っ端から連絡をした。


 ――華ちゃん、麻衣さん、葵ちゃん。そして、隣の怜子さんに。


 ◇


 三十分と経たずに、俺の狭いアパートには、四人が顔をそろえていた。


「お兄ちゃんが、いないのぉ……!」


 半泣きの唯が、メモを握りしめて、みんなに突き出す。


「昨日の夜、電話したときは、普通だったんだよ? なのに、朝きたら、もう……っ」


「落ち着いて、唯ちゃん」


 麻衣さんが、唯の背中をさすりながら、それでも、その声は硬かった。


「まず、行きそうなところを、当たりましょう。……手分けすれば、きっと、すぐ」


「私、駅と、商店街のほう見てくる!」


 葵ちゃんが、もう玄関に向かいかけている。


「私は、あいつの会社と、実家に連絡してみる」


 華ちゃんが、スマホを取り出しながら、言った。


 ――こうして、俺を探す、長い夜が、始まった。


 ◇


 最寄り駅。よく行く定食屋。会社の周り。学生時代に通ったという公園。


 みんなは、思いつく限りの場所を、手分けして、駆け回った。けれど、日が暮れて、街灯がともり始めても、俺の姿は、どこにも見つからなかった。


 それもそのはず。俺は、そのどこにも、いなかったのだから。


「……だめ。駅にも、いない」


 息を切らして戻ってきた葵ちゃんの声には、いつもの元気が、まるでなかった。


「改札の駅員さんにも聞いたけど、それらしい人、見なかったって……」


「会社も、今日は来てないって。実家の親御さんも、連絡ないって、逆に心配させちゃった」


 華ちゃんが、唇を噛む。


 ◇


 そのとき、麻衣さんのスマホが、鳴った。


「あっ……!」


 全員の視線が、集まる。麻衣さんは、震える指で、画面をタップした。


「……もしもし、はい。……はい、そうです。……え、佐藤くんを……?」


 その言葉に、みんなが、一斉に身を乗り出す。


「……見かけた、って。……三丁目の、川沿いの、コンビニで……っ」


「行きましょう!」


 誰が言うともなく、四人は、夜の街へと飛び出した。


 ◇


 川沿いのコンビニまで、走って、十五分。


 息を切らして駆けつけた店内に、けれど――俺は、いなかった。


「あの、すみません! さっき、この人、来ませんでしたか」


 葵ちゃんが、スマホの写真を、店員に突きつける。


「あー……似た感じの人は、来ましたけど。でも、その人、彼女さんと一緒でしたよ。ぜんぜん、別人だと思います」


 ――どっ、と。全員の肩から、力が抜けた。


「……人違い、だったんだ」


 唯が、その場に、へたり込みそうになる。


「そんな……。じゃあ、お兄ちゃん、いったい、どこに……」


 偽の手がかりに、いっとき、灯りかけた希望。それが、ぷつりと消えて、あとには、さっきよりも、ずっと濃い闇が、残された。


 ◇


 時刻は、もう、夜の九時を回っていた。


 いったんアパートに戻った四人は、誰も、口を開かなかった。ソファに、床に、それぞれ、うつむいて座り込んでいる。


 ――このとき、俺を包んでいた沈黙が。それぞれの胸の中で、静かな後悔に、変わっていたことを。俺は、あとになって、知ることになる。


「……ねえ」


 最初に、ぽつり、と口を開いたのは、葵ちゃんだった。膝を抱えて、小さくなっている。


「……もしかして、私のせい、かな」


「え……?」


「私さ、いつも、オッパに、わがままばっかり言ってた。遊びにきて、ごはん作らせて、甘えて……。オッパ、断らないから、つい、調子に乗って。……重かったのかな。うっとうしかったのかな、私」


 いつも太陽みたいに明るいあの子が、今にも消えそうな声で、そう言った。


「……そんなこと、ない」


 麻衣さんが、首を振る。けれど、その顔も、暗く沈んでいた。


「悪いのは……たぶん、私。……佐藤くんが、ひとりで抱え込む癖があるって、知ってたのに。この前だって、バーで、寝落ちして。……あの子が、なにに悩んでるのか、ちゃんと、聞いてあげられなかった。……“お姉さん”なんて、偉そうに言っておいて」


「……違う」


 窓辺に立っていた華ちゃんが、暗い窓の外を見つめたまま、低く言った。


「いちばん、あの子を追い詰めたのは。……たぶん、私」


「華ソンベ……?」


 葵ちゃんが、顔を上げる。


「……この前、壁越しに、言ったの。“待ってる”って。……和馬が、うんと悩んでたのに。私、自分の気持ちばっかり、押しつけて」


 華ちゃんの、細い肩が、震えていた。


「……和馬は、きっと、まじめだから。“待ってる”なんて言われて、余計に、追い詰められたんだ。“ちゃんと、誰か一人を選ばなきゃ”って。……それができない自分を、責めて。……だから、逃げ出した」


「そんなの……っ」


「私の、せいだ」


 いつも凛としているあの人の声が、こんなにも、掠れているのを。俺は、はじめて聞いた気がした。


「……あたしのせいだよ」


 と、今度は、唯が、ぼろぼろと泣き出した。


「あたしが、昨日、電話で……“お兄ちゃん、いつになったら、ちゃんとするの”って、言っちゃったから。……そんなつもり、なかったのに。あたしが、追い詰めたんだ……っ」


 ――みんなが、俺のことで、自分を責めていた。


 誰も、悪くなんて、ないのに。悪いのは、勝手に一人で思い詰めて、逃げ出した、俺なのに。




 ◇


「……みんな、やめなさい」


 それまで、部屋の隅で、じっと黙って考え込んでいた怜子さんが。静かに、けれど、はっきりと、言った。


「今は、誰のせいか、なんて話をしてる場合じゃない。……あの人を、見つけるのが先でしょう」


「でも、怜子さん……。行きそうなところは、もう、ぜんぶ……」


 麻衣さんの言葉に、怜子さんは、ゆっくりと、首を振った。


「……ねえ。ひとつ、確かめさせて」


 そう言って、怜子さんは、机の上の、あの置き手紙を、そっと手に取った。


「この手紙。……“探さないでください”って、書いてあるわね」


「はい……」


「本気で、遠くへ、消えるつもりの人が。……わざわざ、こんな手紙を、残すと思う?」


 ――え、と。みんなが、顔を見合わせた。



 ◇


「本当に、いなくなりたいなら。黙って、なにも言わずに、いなくなればいい。……でも、あの人は、そうしなかった。手紙を、残した」


 怜子さんは、その一行を、指でなぞる。


「それはね。……“心配されたい”のと、“心配させたくない”のと。その両方の気持ちが、ぐちゃぐちゃに、なってるってこと。……本当は、消えたくなんて、ないのよ。ただ、みんなと、どう顔を合わせればいいか、わからなくなっただけ」


「……じゃあ」


「そういう人はね」


 怜子さんの目が、すっと、部屋の中を、見回した。


「……案外、遠くへ、なんて、行けないの。行く勇気なんて、ないんだから。……きっと、うんと近く。誰の目にもつかない、狭くて、暗い、安心できる場所に。……膝を抱えて、うずくまってる」


「……いちばん近くが、盲点になるものよ」


 そう言って、怜子さんは、まっすぐに、押し入れの前に立った。そして、迷いのない足取りで、すっと、その襖を、開けたのだ。


「……いた」


 薄暗い押し入れの奥。積み上げた布団の隙間で、膝を抱えて縮こまっていた俺は、突然差し込んだ光に、思わず目を細めた。


「「「……あっ!」」」


 唯と、華ちゃんと、麻衣さんと、葵ちゃんの声が、重なった。


 ◇


「あ、あんた……! こんなところに隠れて、なにやってんのよ!」


「私たちが、どれだけ心配したと……!」


「もう、お兄ちゃんのばかぁっ!」


 口々に責められて、俺は、押し入れの中で、身を縮めた。


「……すみません。……ちょっと、一人になりたくて」


「一人になりたいって、書き置きまでして失踪する人がいますか!」


 麻衣さんが、涙目で、ずい、と詰め寄ってくる。葵ちゃんも、華ちゃんも、俺を引きずり出そうと、いっせいに手を伸ばしてきた。


「ほら、出てきなさいっ!」


「オッパ、こっち!」


「往生際が悪いわよ、君!」


 ――右から、左から。三人の手が、同時に、俺の腕を、肩を、掴んだ。


 その、瞬間。


 ぐわん、と、世界が揺れて。


 ――ぽん、と。


「……あ」


 気づけば俺は、また、あの、和葉の姿になっていた。


 ――やっぱり。呪いは、まだ、解けていない。


「わっ、で、出た……!」


 葵ちゃんが、目を丸くする。


 ◇


 けれど、今回は、いつもと違った。


 女の子になった今も、みんなの心の声は、聞こえない。触れていても、あの奔流のような本音は、流れ込んでこない。好感度の数字も、浮かばない。


 ――だから、逆に。


 これまで、必死に抑えつけてきた、俺自身の本音が。行き場をなくして、口から、あふれ出てしまった。


「……俺、」


 和葉の、高い声が、震える。


「……一人なんか、選べない」


「……え」


「みんなのことが、大切で。……華ちゃんも、麻衣さんも、葵ちゃんも。……ずっと、一緒にいたいって、思ってて」


 言葉が、止まらない。女の子になったせいなのか、涙まで、ぽろぽろと、こぼれてくる。



挿絵(By みてみん)



「……でも、それって、浮気者じゃないですか。……一人を選ばなきゃ、いけないのに。……選べない、自分が、最低で。……だから、みんなの前から、消えようって……」


 しゃくりあげながら、俺は、ぜんぶ、吐き出してしまった。


「……ごめんなさい。……こんな、欲張りで。……でも、この気持ちは、ほんとなんです。……みんなと、ずっと、一緒にいたいって、この気持ちだけは……っ」


 ――しん、と、部屋が静まりかえった。


 ああ、と俺は思う。とうとう、言ってしまった。きっと、呆れられる。軽蔑される。当然だ。こんな、身勝手な男。


 ◇


 ところが。


 ぷ、と。


 最初に噴き出したのは、葵ちゃんだった。続いて、麻衣さんが、くすくすと肩を揺らし、華ちゃんまで、こらえきれない、というように笑い出す。


「……え。な、なんで、笑うんですか……」


 わけがわからず、俺は、涙目のまま、三人を見上げた。


「……もう。ほんとに、君って、ばかね」


 華ちゃんが、目尻を拭いながら、しゃがみ込んで、俺と目線を合わせた。


「一人なんて。……選ばなくて、いいのよ」


「……え?」


「私が言った“待ってる”はね。……“気持ちを、聞かせてほしい”って意味。……あんたが、誰か一人に、決めてほしいって意味じゃ、なかったの」


 ――と。俺は、言葉を失った。


「そうよ」


 麻衣さんが、やわらかく微笑む。


「私たちだって、ちゃんと、わかってるもの。佐藤くんが、どれだけ、みんなを大事にしてくれてるか。……それを、無理に一つに絞れなんて、誰も言ってない」


「私も!」


 葵ちゃんが、ぴょこん、と手を挙げる。


「オッパが、私だけを見なきゃやだ、なんて、思ってないもん。……オッパの隣に、いられれば、それでいい。……欲張りなのは、お互いさま、でしょ?」


 みんなが、笑っていた。責めるんじゃなく、ただ、あたたかく。


「……そう、だったんですか」


 俺は、ぽかんと、口を開けた。


 ずっと、一人で、思い込んでいた。誰かを選ばなきゃいけない。選べない自分は、最低の浮気者だ、と。


 ――でも、そうじゃなかった。


 この人たちは、とっくに、俺の欲張りごと、受け止めてくれていたのだ。


 ◇


「……ほんとに、世話の焼ける人ね、佐藤さんは」


 ずっと後ろで見守っていた怜子さんが、そっと、口を開いた。その顔には、まるで、はじめから、ぜんぶわかっていたような、穏やかな微笑みが浮かんでいる。


「一途って言葉に、縛られすぎなのよ、あなたは。……大切な人が、たくさんいる。それは、罪じゃない。ちゃんと、幸せなことなの」


 過去に、一途であろうとして、傷ついたこの人の言葉には、不思議な説得力があった。


「……だから、逃げないで、ちゃんと向き合いなさい。……その、あたたかい気持ちの、すべてに」


「……はい」


 俺は、和葉の姿のまま、こくり、と頷いた。


 ◇


「……はぁ。それにしても」


 葵ちゃんが、しみじみと、俺の顔を覗き込む。


「和葉、やっぱり可愛いなぁ」


「ちょ、葵ちゃん……!」


「ほんとね。……泣いてる和葉ちゃん、放っておけない」


 麻衣さんが、そっと、俺の頭を撫でてくる。反対側から、華ちゃんも、涙を拭うように、頬に指を添えた。


「ほら、いつまでも泣かないの。……もう、大丈夫でしょ」


 三方向から、注がれる、優しい手。


 ――そして、俺は、また気づく。


 みんなの心の声は、やっぱり、聞こえない。数字も、浮かばない。


 でも、だからこそ。今の俺は、“音”に気を取られることなく、ただ、この手の“温もり”だけに、集中できた。


 頭を撫でる手のひらの、やわらかさ。頬に触れる指先の、あたたかさ。それは、どんな本音の言葉よりも、どんな好感度の数字よりも、まっすぐに、優しく、俺の胸に染み込んでくる。


(……ああ、そうか)


 声なんて、聞こえなくても、よかったんだ。


 この、あたたかさが、ぜんぶ、教えてくれている。俺は、ちゃんと、みんなに、大切にされている。そして、俺も、みんなのことが、どうしようもなく、大切なのだ、と。


 押し入れの前で、女の子の姿のまま、みんなに囲まれて。俺は、涙を流しながら、それでも、ほんの少し、笑っていた。


 ――柔らかくて、あたたかい。


 それだけで、じゅうぶんだった。



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