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推し活のために退寮したら、隣の部屋(103号室)に「推し(本人)」が住んでいた。 ~推しすぎたせいか、心の声まで聞こえます~  作者: しまじろう
第5章|能力編 ――一途がすぎると、女の子になるらしい――

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番外編・アパート住民の日常② 妹の研究論文

※本作はフィクションです。挿絵はすべて自作(AIで生成)です。

「お兄ちゃーーん……!」


 その日の夜、俺の部屋のドアを、ノックもなしに開けて。妹の唯が、半泣きで、飛び込んできた。


「うわっ、な、なんだ、どうした」


「もう、むりぃ……。お兄ちゃん、助けてよぉ……」


 ノートパソコンを抱えたまま、俺の膝に、ぐでーっと突っ伏す。……大学生にもなって、まったく、甘えん坊なのは、昔から変わらない。


挿絵(By みてみん)


 聞けば、こういうことだった。


 この春から、名の知れた私立大学に通い始めた唯。そのゼミで、初めての「研究論文」の課題が出たのだが。……これに、盛大に、つまずいているらしい。


「だってさ。……今までは、ちゃんと“答え”がある問題ばっかり、解いてきたんだよ? なのに、いきなり、『あなたの意見を、論じなさい』って……。そんなの、どうすればいいのか、わかんないよぉ」


 なるほど。……高校までのテストは、正解が、決まっている。だが、大学の論文は、決まった正解がない。自分で問いを立てて、自分の考えを、筋道立てて語る。……その、頭の使い方の違いに、面食らっているわけだ。


「ああ、それな。……最初は、難しく感じるかもしれないけど。慣れると、案外、簡単だぞ」


「ほんと……?」


「ほんとほんと。……順番に、やればいいんだ」


 俺は、突っ伏したままの唯の頭を、ぽんぽん、と叩いてやりながら、続けた。


「まずは……なんで、その研究を“したい”と思ったのか。その“背景”から、書き始めるんだ」


 ---


「……ちなみに、なんの研究なんだ?」


 なにげなく、そう聞いた俺に。唯は、ぱっと顔を上げると。……妙に、きらきらした目で、言い放った。


「異性を、メロメロにさせる研究!」


「…………ん?」


 俺は、一瞬、聞き間違えたかと思った。


「異性を、メロメロに?」


「そう!」


「……いや、大学のゼミで、そんなテーマ、通るのか……?」


「い、いいの! ……とにかく、そういう研究なの!」


(……なんだ、そのテーマは。……まあ、心理学とかで、恋愛の研究って、あるにはあるけど)


 俺は、首をかしげつつも、話を、進めることにした。


「まあ、いいとして。……で、なんで、その研究を、しようと思ったんだ? その“動機”が、大事なんだぞ」


「それはー……」


 唯は、もじもじ、と指を絡ませて。それから、いたずらっぽく、笑った。


「……ひみつ、だよ!」


「なんでだよ」


(……秘密って。……論文の動機を、秘密にして、どうするんだ)


 唯は、そっぽを向いて、なにやら、小さく、つぶやいていた。……その横顔が、ちょっとだけ、赤かった気がしたが。俺は、深く、考えなかった。


「……ま、動機は、あとで、ちゃんと言葉にしろよ。じゃあ、次だ」


 ---


「次は――“先行研究”を、調べるんだ」


「せんこう、けんきゅう?」


「そう。今まで、似たようなテーマで、どんな研究が、されてきたか。そして、その研究には、どんな“問題点”が、残っていたか。……それを、ちゃんと調べる」


「……なんで、そんなこと、するの?」


「そりゃあ、お前」


 俺は、人差し指を、立てた。


「他の人が、もうやったことを、また一からやっても、意味ないだろ。……先人が、どこまで明らかにして、どこで行き詰まったか。それを知れば――“じゃあ、自分は、どこを、やるべきか”が、見えてくる。……研究ってのは、そういう、積み重ねなんだ」


「……お、おおー。お兄ちゃん、なんか、頭よさそう」


「なんか、は余計だ」


 俺が、じとっと睨むと、唯は、へへっ、と笑った。……まあ、ちょっとでも、やる気が出たなら、いいか。


「……ちなみに、その“メロメロ研究”で、似たような研究事例とか、あるのか?」


「えーっとね……媚薬とか?」


「いや、それは、研究じゃなくて、薬物だろ」


 思わず、突っ込んでしまった。


「じょ、冗談だってば。……でも、ほんとに、どんなのがあるのか、わかんなくて」


「……ま、こういうのは、心理学に、いくつか有名な理論が、あるぞ」


 俺は、腕を組んで、記憶を、たどった。……これでも学生時代、心理学の講義は、そこそこ真面目に、聞いていたのだ。


 ---


「まず……“返報性の原理”ってのがある。相手から、好意を示されると、自分も、その相手を、好きになりやすい、って心理だ」


「へえ……。じゃあ、好き好きアピールを、たくさんすれば、いいんだ?」


「まあ、理屈の上では、な」


 俺が、うなずくと。唯は、なぜか、ぷく、と頬を膨らませて。俺の顔を、じーっと、見た。


「……私は。お兄ちゃんに、けっこう、アピールしてるのに。……全然、振り向いて、くれてないよね」


「ん? なんか言ったか」


「……べつにー」


(……なんだ?)


「……で、次だ。“自己開示”ってのもある。自分のことを、たくさん打ち明けると、相手と、親密になれる、ってやつだ」


「……なのに」


 唯の声が、だんだん、小さくなっていく。


「……私、お兄ちゃんに、いっぱい、話してるのに。……こんなに、話してるのに。……全然、だめだ……」


「おーい、唯? ちゃんと、メモ、取ってるか?」


「……っ、と、取ってるもん!」


 唯は、慌てて、パソコンに、向き直る。


「……で、最後だ。“類似性”ってのがある。共通点が、多い相手ほど、好きに、なりやすい。趣味とか、価値観とかが、似てると、距離が、縮まりやすいんだ」


「……」


 唯は、俺の顔と、自分の顔を、なぜか、交互に見比べて。……それから、がっくりと、肩を落とした。


「……私、お兄ちゃんと。……全然、似てない……!」


「え? いや、まあ、兄妹でも、性格は違うもんだろ」


 俺は、なんの気なしに、そう返した。


 ---


 ――と。


 しばらく、黙り込んでいた唯が。ふと、顔を上げた。


「……お兄ちゃん」


「ん?」


 俺が、視線を上げると。


 唯は、なぜか、にっこりと、晴れやかな笑顔を、浮かべていた。……さっきまで、あんなに、落ち込んでいたのに。


「私、やっぱり、この研究。……辞めるね」


「え?」


「うん。……なんか、いろいろ、わかっちゃったから」


「な、なにを――」


「じゃ! 邪魔したね、お兄ちゃん! ……おやすみっ!」


 言うが早いか。唯は、ノートパソコンを、ぱたんと閉じて。俺が、止める間もなく、風のように、部屋を、飛び出していった。


「……え、おい、唯?」


 ぱたん、と閉まった、ドア。


 俺は、しばらく、その場に、ぽかんと、取り残される。


(……なんだったんだ、いったい)


 結局、研究の相談に乗ったのか、乗っていないのか。……よく、わからないまま。


 ただ、ひとつだけ。……最後の唯の、あの、妙にすっきりした笑顔だけが。俺の頭の隅に、なぜか、ずっと、引っかかっていた。


(……あいつ。“共通点が多いほど好きになる”って理論で、なんで、あんなに、落ち込んでたんだ……?)


 考えても、答えの出ない、その問い。


 ――大学の論文には、正解がない、なんて。偉そうに、教えたばかりだったが。


 俺は、いちばん身近な妹の、心の中すら。……まるで、正解が、わかっていなかったのだった。



お読みいただきありがとうございます!

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