第51話 戻れない、夜
※本作はフィクションです。挿絵はすべて自作(AIで生成)です。
――翌朝。
俺は。……まだ、和葉の、ままだった。
「……嘘、だろ」
鏡の中。……白くて、小さな、女の子の顔が。……青ざめて、こちらを、見返している。
一晩、眠れば、戻る。……ずっと、そうだった。……なのに、今朝は。……ぴくり、とも、戻らない。
「……和葉ちゃん。まだ……?」
「……ええ。……こんなこと、初めて」
麻衣さんと、怜子さんが。……心配そうに、顔を、見合わせる。
(……なんで。……どうして、戻らないんだ……!)
◇
昼を、過ぎても。……夕方に、なっても。……俺は、和葉の、ままだった。
「落ち着いて、和馬。……深呼吸。……心を、凪いで」
華ちゃんが、そう言うけれど。
(……無理だ。……無理だよ。……こんな状況で、落ち着けるわけ……!)
焦れば、焦るほど。……心臓が、ばくばくと、鳴って。……“器”が、余計に、揺れて、いくのが、わかる。……感情が、乱れると、戻りにくい。……その、悪循環に、俺は、完全に、はまり込んで、いた。
「……もし。……このまま、戻れなかったら」
ぽつり、と。……こぼれた、声は。……和葉の、高い声で。……情けなく、震えていた。
「……俺、もう。……“佐藤和馬”じゃ、なくなるのか。……このまま、ずっと。……女の子の、まま……?」
「和葉――」
「……仕事も、生活も、全部。……もう、元には、戻れないのか。……なんで、俺、こんな……」
膝を、抱えて。……俺は、うずくまる。……初めて、味わう、本物の、恐怖。……自分が、自分で、なくなっていく、感覚。
◇
「――やめなさい」
ぴしゃり、と。……華ちゃんの、声が、飛んだ。
「“戻れなかったら”、なんて。……そんな、弱気なこと、言わないで」
「で、でも……!」
「戻るわよ。……絶対に。……私たちが、戻す」
華ちゃんが。……俺の、前に、しゃがみ込む。……そして、まっすぐに、和葉の目を、見つめた。
「……いい? 和馬。……私は。……“あんた”に、戻ってきてほしい」
「……っ」
「可愛い和葉も、いいけど。……私が、ずっと、隣にいてほしいのは。……朴念仁で、鈍感で。……でも、いざって時に、まっすぐな。……“佐藤和馬”のほうよ」
その、言葉が。……ずしり、と、胸に、響く。
「わ、私も……!」
麻衣さんが、身を、乗り出す。
「佐藤くんが。……男の、佐藤くんが。……いいの。……頼りないのに、いざとなると、助けてくれる。……あの、佐藤くんに。……戻って、きてほしい……!」
「オッパ……!」
葵ちゃんも。……涙目で、叫ぶ。
「和葉も、可愛いけど! ……でも、私が、憧れたのは。……ちゃんと、私を、叱ってくれた。……“オッパ”なんだから……! ……戻ってきなさいよ、ばかっ!」
◇
「……佐藤さん」
最後に。……怜子さんが。……そっと、俺の、手を、取った。
「……私は。……逃げて、逃げて。……戻ることを、諦めて、しまった。……でも、あなたは。……違う」
怜子さんの、瞳に。……静かな、涙が、滲む。
「……あなたには。……ちゃんと、帰る場所が、ある。……あなたを、待ってる人が、こんなに、いる。……だから。……戻ってきて。……“あなた自身”に」
――そして。
四人が。……それぞれの手を。……和葉の、手に。……そっと、重ねた。
その、瞬間。
《……戻ってきて、和馬》
《……お願い、佐藤くん》
《……オッパ、戻ってきてよ》
《……あなたなら、できる》
――どっと。……四人分の、心の声が。……俺の中に、流れ込んでくる。
……でも。……いつもと、違った。
……これまでの、女化は。……“甘やかしたい”“可愛がりたい”という、好意が、あふれて、起きた。……だが、今。……流れ込んでくるのは。
……“和馬に、戻ってきてほしい”という。……たった、ひとつの。……まっすぐな、願い、だった。
◇
(――ああ)
その、想いに、包まれた、瞬間。
……ばくばくと、暴れていた、心臓が。……ふ、と、凪いでいく。
(……そうか。……俺は。……ちゃんと、待って、もらえてるんだ)
“優しさの、器”。……人の、好意を、受け止めすぎて、しまう、器。……それが、今。……四人の、まっすぐな願いを、受けて。……あふれるのでは、なく。……満たされて、いく。
焦りが、溶けていく。……恐怖が、ほどけていく。……心が、静かに、凪いでいく。
(……戻れる。……戻れる、気が、する)
俺は。……目を、閉じて。……ゆっくりと、息を、吐いた。……四人の、あたたかい手の、ぬくもりを。……しっかりと、感じながら。
――ぐわん、と。
体の、芯が。……大きく、揺れて。
……次の、瞬間。
「……あ」
俺の、手が。……ごつごつした、男の、手に、戻っていた。
「……戻った……!?」
声も。……低い、俺の、声に。……戻っている。
「「「「……っ」」」」
四人が。……一斉に、息を、のんで。……それから。
「――よかったぁっ……!」
わっ、と。……四人がかりで、俺に、抱きついてきた。
「ちょ、み、みんな……! ……って、うわ、また、同時に触ると……!」
「……あ」
……だが。今度は。……女の子には、ならなかった。……心が、凪いでいれば。……大丈夫、らしい。
「……はは。……なんだ。……ちゃんと、コツ、あるじゃ、ないですか」
俺は。……へなへなと、力を、抜いて。……安堵の、笑みを、こぼした。
◇
――その夜。
みんなが、寝静まった、あと。
俺は、一人。……宿の、縁側で。……夜空を、見上げていた。
(……戻ってきてほしい、か)
華ちゃんの、あの言葉が。……まだ、耳の奥で、響いている。
――“あんた”に、戻ってきてほしい。
(……あの、華ちゃんが。……あんなふうに、言ってくれるなんて)
十年、ずっと。……一途に、推してきた、人。……その人が。今は、こんなに、近くにいて。……俺の、帰りを、待って、くれている。
……胸の、奥が。……じん、と、熱くなる。
(……俺、は。……華ちゃんのこと。……本当は――)
その、続きの、言葉が。……喉元まで、せり上がってきて。
……だが、俺は。……それを、そっと、飲み込んだ。
……まだ、だ。……この気持ちを、伝えるのは。……もう少し、先。
でも。……いつか、必ず。
夜空の、星が。……ひとつ、すっと、流れた。……まるで、その日が、来ることを。……そっと、約束するみたいに。
――俺の、奇妙な力を、めぐる、物語は。……ここで、ひとつの、区切りを、迎えた。
だが。……“本当に、大事な気持ち”を、めぐる、物語は。……きっと、これから、始まるのだ。
お読みいただきありがとうございます!
ブックマーク・★評価・リアクションが更新の励みになります。




