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推し活のために退寮したら、隣の部屋(103号室)に「推し(本人)」が住んでいた。 ~推しすぎたせいか、心の声まで聞こえます~  作者: しまじろう
第5章|能力編 ――一途がすぎると、女の子になるらしい――

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第51話 戻れない、夜

※本作はフィクションです。挿絵はすべて自作(AIで生成)です。

 ――翌朝。


 俺は。……まだ、和葉の、ままだった。


「……嘘、だろ」


 鏡の中。……白くて、小さな、女の子の顔が。……青ざめて、こちらを、見返している。


 一晩、眠れば、戻る。……ずっと、そうだった。……なのに、今朝は。……ぴくり、とも、戻らない。


「……和葉ちゃん。まだ……?」


「……ええ。……こんなこと、初めて」


 麻衣さんと、怜子さんが。……心配そうに、顔を、見合わせる。


(……なんで。……どうして、戻らないんだ……!)


 ◇


 昼を、過ぎても。……夕方に、なっても。……俺は、和葉の、ままだった。


「落ち着いて、和馬。……深呼吸。……心を、凪いで」


 華ちゃんが、そう言うけれど。


(……無理だ。……無理だよ。……こんな状況で、落ち着けるわけ……!)


 焦れば、焦るほど。……心臓が、ばくばくと、鳴って。……“器”が、余計に、揺れて、いくのが、わかる。……感情が、乱れると、戻りにくい。……その、悪循環に、俺は、完全に、はまり込んで、いた。


「……もし。……このまま、戻れなかったら」


 ぽつり、と。……こぼれた、声は。……和葉の、高い声で。……情けなく、震えていた。


「……俺、もう。……“佐藤和馬”じゃ、なくなるのか。……このまま、ずっと。……女の子の、まま……?」


「和葉――」


「……仕事も、生活も、全部。……もう、元には、戻れないのか。……なんで、俺、こんな……」


 膝を、抱えて。……俺は、うずくまる。……初めて、味わう、本物の、恐怖。……自分が、自分で、なくなっていく、感覚。


 ◇


「――やめなさい」


 ぴしゃり、と。……華ちゃんの、声が、飛んだ。


「“戻れなかったら”、なんて。……そんな、弱気なこと、言わないで」


「で、でも……!」


「戻るわよ。……絶対に。……私たちが、戻す」


 華ちゃんが。……俺の、前に、しゃがみ込む。……そして、まっすぐに、和葉の目を、見つめた。


挿絵(By みてみん)


「……いい? 和馬。……私は。……“あんた”に、戻ってきてほしい」


「……っ」


「可愛い和葉も、いいけど。……私が、ずっと、隣にいてほしいのは。……朴念仁で、鈍感で。……でも、いざって時に、まっすぐな。……“佐藤和馬”のほうよ」


 その、言葉が。……ずしり、と、胸に、響く。


「わ、私も……!」


 麻衣さんが、身を、乗り出す。


「佐藤くんが。……男の、佐藤くんが。……いいの。……頼りないのに、いざとなると、助けてくれる。……あの、佐藤くんに。……戻って、きてほしい……!」


「オッパ……!」


 葵ちゃんも。……涙目で、叫ぶ。


「和葉も、可愛いけど! ……でも、私が、憧れたのは。……ちゃんと、私を、叱ってくれた。……“オッパ”なんだから……! ……戻ってきなさいよ、ばかっ!」


 ◇


「……佐藤さん」


 最後に。……怜子さんが。……そっと、俺の、手を、取った。


「……私は。……逃げて、逃げて。……戻ることを、諦めて、しまった。……でも、あなたは。……違う」


 怜子さんの、瞳に。……静かな、涙が、滲む。


「……あなたには。……ちゃんと、帰る場所が、ある。……あなたを、待ってる人が、こんなに、いる。……だから。……戻ってきて。……“あなた自身”に」


 ――そして。


 四人が。……それぞれの手を。……和葉の、手に。……そっと、重ねた。


 その、瞬間。


 《……戻ってきて、和馬》


 《……お願い、佐藤くん》


 《……オッパ、戻ってきてよ》


 《……あなたなら、できる》


 ――どっと。……四人分の、心の声が。……俺の中に、流れ込んでくる。


 ……でも。……いつもと、違った。


 ……これまでの、女化は。……“甘やかしたい”“可愛がりたい”という、好意が、あふれて、起きた。……だが、今。……流れ込んでくるのは。


 ……“和馬に、戻ってきてほしい”という。……たった、ひとつの。……まっすぐな、願い、だった。


 ◇


(――ああ)


 その、想いに、包まれた、瞬間。


 ……ばくばくと、暴れていた、心臓が。……ふ、と、凪いでいく。


(……そうか。……俺は。……ちゃんと、待って、もらえてるんだ)


 “優しさの、器”。……人の、好意を、受け止めすぎて、しまう、器。……それが、今。……四人の、まっすぐな願いを、受けて。……あふれるのでは、なく。……満たされて、いく。


 焦りが、溶けていく。……恐怖が、ほどけていく。……心が、静かに、凪いでいく。


(……戻れる。……戻れる、気が、する)


 俺は。……目を、閉じて。……ゆっくりと、息を、吐いた。……四人の、あたたかい手の、ぬくもりを。……しっかりと、感じながら。


 ――ぐわん、と。


 体の、芯が。……大きく、揺れて。


 ……次の、瞬間。


「……あ」


 俺の、手が。……ごつごつした、男の、手に、戻っていた。


「……戻った……!?」


 声も。……低い、俺の、声に。……戻っている。


「「「「……っ」」」」


 四人が。……一斉に、息を、のんで。……それから。


「――よかったぁっ……!」


 わっ、と。……四人がかりで、俺に、抱きついてきた。


「ちょ、み、みんな……! ……って、うわ、また、同時に触ると……!」


「……あ」


 ……だが。今度は。……女の子には、ならなかった。……心が、凪いでいれば。……大丈夫、らしい。


「……はは。……なんだ。……ちゃんと、コツ、あるじゃ、ないですか」


 俺は。……へなへなと、力を、抜いて。……安堵の、笑みを、こぼした。


 ◇


 ――その夜。


 みんなが、寝静まった、あと。


 俺は、一人。……宿の、縁側で。……夜空を、見上げていた。


(……戻ってきてほしい、か)


 華ちゃんの、あの言葉が。……まだ、耳の奥で、響いている。


 ――“あんた”に、戻ってきてほしい。


(……あの、華ちゃんが。……あんなふうに、言ってくれるなんて)


 十年、ずっと。……一途に、推してきた、人。……その人が。今は、こんなに、近くにいて。……俺の、帰りを、待って、くれている。


 ……胸の、奥が。……じん、と、熱くなる。


(……俺、は。……華ちゃんのこと。……本当は――)


 その、続きの、言葉が。……喉元まで、せり上がってきて。


 ……だが、俺は。……それを、そっと、飲み込んだ。


 ……まだ、だ。……この気持ちを、伝えるのは。……もう少し、先。


 でも。……いつか、必ず。


 夜空の、星が。……ひとつ、すっと、流れた。……まるで、その日が、来ることを。……そっと、約束するみたいに。


 ――俺の、奇妙な力を、めぐる、物語は。……ここで、ひとつの、区切りを、迎えた。


 だが。……“本当に、大事な気持ち”を、めぐる、物語は。……きっと、これから、始まるのだ。

お読みいただきありがとうございます!

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