第48話 怜子の、秘密
※本作はフィクションです。挿絵はすべて自作(AIで生成)です。
翌日の、夜。
俺は、一人で、怜子さんの部屋の前に、立っていた。
あのあと。……和葉の姿で、大騒ぎになった、俺たちに。怜子さんは、静かに、こう、言ったのだ。
『……こんな、大勢の前では、話せません。……佐藤和馬さん。……あなたが、元の体に、戻ってから。……二人で、お話し、させて、いただけますか』
だから、俺は。……一晩寝て、和馬に戻った、今日。約束どおり、一人で、ここへ、来ていた。
「……どうぞ。散らかって、いますが」
通された、怜子さんの部屋は。……思いのほか、物が少なく、静かで。どこか、寂しげな、匂いが、した。
◇
「……単刀直入に、聞きます」
温かい、お茶を、出してくれた怜子さんに。俺は、思い切って、切り出した。
「怜子さんも。……その。……“女の子”に、なったこと、が?」
「いいえ」
怜子さんは、そっと、目を、伏せた。
「……私は。……“男”に、なりました」
「……男に?」
「ええ。……あなたと、逆。……女の私が、ある日突然。……男性の、体に」
湯呑みを、両手で、包んで。怜子さんは、静かに、語り始めた。
「……私、昔。アイドルを、していたんです」
「……はい。それは、噂で」
「その頃。……私にも、“推し”が、いました」
怜子さんの、切れ長の目が。……遠く、過去を、見るように、細められる。
「……霧島レン、さん。……当時の、トップアイドル。私は、彼のことを。……もう、十年以上。ずっと、ずっと。……たった一人、心の中で、推し続けて、いたんです」
――十年。
その言葉に。俺は、思わず、息を、のんだ。……華ちゃんを、十年、推し続けた、自分と。……重なって。
「あるとき。……夢が、叶って。彼と、同じ番組に、出演することに、なりました。……嬉しくて。……本当に、嬉しくて」
怜子さんの、声が。……少しずつ、揺れていく。
「……でも。その、収録中でした。……はしゃいだ、共演者たちに。……レンさんと、もう一人に。……両側から、同時に、抱きつかれて――」
「……っ」
「……その、瞬間。……私の体は。……あなたと、同じように。……ぐにゃり、と、歪んで。……気づいたら、見知らぬ、男の姿に、なっていたんです」
◇
「……番組は、お蔵入りに、なりました」
怜子さんは、淡々と、続ける。……まるで、感情を、押し殺すように。
「事情を、知っているのは。事務所の、ほんの一部の、幹部だけ。……“機材トラブル”、ということに、されて。……なかったことに」
「そんな……」
「私は。……それから、まもなく。……アイドルを、引退しました」
「……」
「怖かったんです。……また、いつ、なるか、わからない。……人前に、出るのが。……誰かに、触られるのが。……全部、怖くなって」
ぎゅ、と。……怜子さんの、指が、湯呑みを、握りしめる。
「……水着が、着られないのも。……そのせいです。人前で、肌を、晒すのが。……たくさんの、視線に、さらされるのが。……あの日から、どうしても、だめで」
(……そうか。……あのときの、水着回避も)
点と点が、繋がっていく。……この人は。ずっと、この、重すぎる秘密を。……たった一人で、抱えて、生きてきたのだ。
「……でも。いちばん、つらかったのは」
怜子さんは、うつむいて。……絞り出すように、言った。
「……“推し”の、レンさんに。……男になった、みっともない姿を。……見られてしまった、かもしれない、ってこと」
その、声には。……十年分の、一途な想いが、報われることなく。ただ、罰だけを、受けた者の。……深い、深い、痛みが、滲んでいた。
「……ずっと、思っていました。……こんなに、一途に、想っていたのに。……どうして、私だけが、こんな目に。……一途で、いることは。……間違い、だったのかな、って」
◇
……その、言葉を、聞いたとき。
俺は。……気づいたら、口を、開いていた。
「……間違いなんかじゃ、ないです」
「え……?」
「一途で、いること。……誰かを、まっすぐ、想い続けること。……それが、間違いだなんて。……俺は、絶対に、思いません」
だって、俺も。……十年、華ちゃんを、推し続けた。……その想いが、あったから。今の、俺が、いる。
「……確かに、俺たちのこれは。……傍から見たら、おかしな、体質かもしれない。……でも、それは。……たぶん、誰かを、一生懸命、想った証、みたいなもので。……恥じることじゃ、ないと、思うんです」
「……佐藤、さん」
怜子さんが。……ゆっくりと、顔を、上げる。……その瞳が、かすかに、潤んでいた。
――と。その、瞬間だった。
《……ああ。……この人は。……私と、同じ、痛みを……》
ふ、と。……微かな、声が。俺の、頭の隅に、届いた。
(――え。……今、聞こえた……?)
怜子さんの、心の声。……ずっと、まったく、聞こえなかった、それが。……ほんの、一言だけ。……初めて、届いた。
(……そうか。……好感度が、少し。……上がったんだ)
特別な、謎なんかじゃ、なかった。……ただ、この人が。今、少しだけ。……俺に、心を、開いてくれた。……それだけの、ことだった。
「……ありがとう、ございます」
怜子さんが。……ふっと、泣き笑いのような、顔で、微笑む。……その表情は。出会ってから、初めて見る、ほどけた、ものだった。
「……ずっと。……誰にも、言えなかった。……“同じ”人なんて、いるはずないって。……一人で、抱えてきたから。……そんなふうに、言って、もらえて。……救われた気が、します」
◇
それから。……少し、落ち着いた、怜子さんは。ふと、真剣な、顔に、なって、言った。
「……佐藤さん。……ひとつ、心当たりが、あるんです」
「心当たり?」
「この、力の。……“出どころ”に」
怜子さんの、瞳に。……静かな、決意の、光が、宿る。
「私も、あなたも。……“たった一人”を、長く、一途に、想い続けた。……その果てに、この体になった。……偶然に、しては。……あまりに、似すぎています」
「……確かに」
「もし。……この現象に、“理由”が、あるのだとしたら。……それを、知りたい。……私は、ずっと、逃げてきたけれど。……あなたと、なら」
怜子さんは。……まっすぐに、俺を、見つめて。……言った。
「……この力の、正体を。……一緒に、確かめませんか」
静かな、部屋に。……その言葉が、確かな、約束のように、響く。
(……俺の、この、奇妙な力の、正体。……そして、この人の、長い、孤独の、答え)
それは、きっと。……同じ場所に、あるのだ。
「……はい」
俺は、深く、頷いた。
――こうして。“超能力を深く知る会”の、本当の探究は。……ここから、静かに、動き始めたのだった。
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