幕間・葵side 素直に、なれたら…なんて
※本作はフィクションです。挿絵はすべて自作(AIで生成)です。
引っ越しの、夜。
まだ、段ボールだらけの201号室で、私――神崎葵は、湯上がりの髪をタオルで拭きながら、ぺたんと、床に座り込んでいた。
慣れない、狭いお風呂。慣れない、安い床。……別荘のふかふかのベッドとも、じいやの淹れる紅茶とも、無縁の暮らし。
(……でも、なんでかな)
不思議と、悪い気は、しなかった。むしろ、胸の奥が、ずっと、そわそわしている。
鏡の前に立って、自分の顔を、覗き込んでみる。
すっぴんの、私。テレビの中の、きらきらした「葵」じゃない、ただの、二十歳の女の子。
(……そういえば、合宿。オッパの前で、うっかり、いろいろ、やらかしちゃったな)
プールで、水着を脱ぎかけて、騒がれたり。夜、枕を抱えて、うっかり、オッパの部屋に、突撃しちゃったり。……あのとき、オッパ、真っ赤になって、必死に目をそらしてたっけ。思い出したら、かあっと、頬が熱くなった。タオルを、ばっと顔に押しつける。
――ドンッ。
と、その時。お隣の、203号室から、物音が響いて。私は、びくうっ、と跳び上がった。
「ひっ……! れ、怜子さん、まだ起きてる……!?」
すぐお隣に、鬼マネージャー。……この事実だけは、いまだに、慣れない。うっかり夜遊びに抜け出そうものなら、即、壁越しに気配を察知されて、地獄の電話がかかってくるに違いない。
(……はぁ。優雅な一人暮らしの夢、返してよ)
でも。ため息をつきながらも、私の口元は、なぜか、ゆるんでいた。
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スマホを、手に取る。
まず開くのは、いつもの、華ソンベの動画。何百回、見たか、わからない。完璧なダンス。天使みたいな笑顔。……ああ、やっぱり、すごい。私の、憧れ。私の、目標。
少し前までの私なら。この動画を見るたびに、胸が、ぎゅっと、苦しくなっていた。
――どうせ、追いつけない。どうせ、私なんて、劣化版。
そんな声が、頭の中で、ぐるぐる、回っていた。
でも、今は。
(……ソンベは、ソンベ。私は、私)
あの人の光は、あの人だけのもの。そして、私の光も、私だけのもの。……そう思えるように、なった。
誰のおかげ、だと思ってるの。
私は、そっと、写真フォルダを、開いた。
――そこには。合宿のとき、こっそり撮った、オッパの、寝顔。
(……って、なんで、私、こんな写真、撮ってるんだろ)
自分でも、よく、わからない。ただ、あの日。私が「本物になんて、なれない」って、泣きそうになってたとき。
『葵ちゃんは、華ちゃんの劣化版なんかじゃない』
まっすぐに、そう言ってくれた、あの声が。今も、耳の奥に、こびりついて、離れない。
華ソンベの動画と、オッパの寝顔を。交互に、何度も、見比べて。
「……あー、もうっ!」
私は、じたばたと、床を転がった。……なんなの、この、むずむずする感じは。
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専属協力者。
私が、勝手に、そう呼んで、振り回してるだけの、関係。
でも。……本当は、気づいてる。
あの人の前でだけ、私、変に、素直になれちゃうこと。強がりも、見栄も、ぜんぶ、見透かされてるみたいで。それなのに、ちっとも、いやじゃないこと。
(……ううん。逆かも)
素直に、なれないから。
「オッパ」なんて、軽い呼び方で、ごまかしてるのかも、しれない。
――ねえ、オッパ。私、あなたのこと、けっこう……。
その先を、口にしかけて。私は、ぶんぶん、と首を振った。
「い、言わないもん。……絶対、言ってあげないんだから」
だって、言ったら。この、くすぐったくて、あったかい距離が。……壊れちゃう気が、するから。
窓の外を、見上げる。都会の、狭い空。でも、星が、ひとつ、ふたつ、瞬いていた。
(見ててね、ソンベ。それから……オッパも)
私は、ぎゅっと、膝を抱えて、笑う。
追いかけるだけの、後輩は、もう、卒業。次は、私が、誰かの、憧れになる番。
――次は、私が“ソンベ”って、呼ばれる番、かもね。
そして、いつか。
この気持ちに、ちゃんと、名前をつけられる日が来たら。……その時は。
(……なんて、ね)
照れ隠しに、私は、もう一度だけ、オッパの寝顔を見て。それから、そっと、スマホを、抱きしめた。
賑やかで、騒がしくて。ちょっぴり、怜子さんが怖い、新しい生活が。
今、始まる。
★普段の葵の姿★
お読みいただきありがとうございました!
こちらで一旦葵編が終わります。
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