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推し活のために退寮したら、隣の部屋(103号室)に「推し(本人)」が住んでいた。 ~推しすぎたせいか、心の声まで聞こえます~  作者: しまじろう
第4章|葵編 ――生意気な後輩は、本物になりたい――

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第42話 隣のアイドル

 それから、しばらくして。


 テレビの音楽番組に、葵ちゃんの姿が、あった。


『続いては、新曲を引っさげての初披露です。どうぞ――!』


 ステージに立った葵ちゃんは、もう、誰かの背中を追う顔じゃなかった。


挿絵(By みてみん)


 弾けるような笑顔。ぐいぐい引き込む、生意気で、可愛くて、まっすぐな表現。……“華ちゃんっぽさ”なんて、どこにもない。そこにいるのは、正真正銘、「葵」という、一人のアイドルだった。


(……すごい。ほんとに、自分の光で、立ってる)


 ソファで一人、俺は、拳を握った。勝ち負けなんて、もう、関係なかった。あの子が、あの子のステージを、やりきった。……それだけで、胸が、いっぱいだった。


 ---


 そして、週末。


 俺が、アパートの廊下を歩いていると。


 なぜか、階段の下に、見覚えのある、ばかでかいリムジンから運び込まれた、山のような段ボールが、積み上がっていた。


 それが、二階の――201号室へと、次々に、運び込まれていく。


「あ、和馬オッパ! おはよう!」


「……葵ちゃん!? なんで、ここに、荷物が」


 ジャージ姿の葵ちゃんが、段ボールの陰から、ひょっこり顔を出した。


「ふふん、決まってるでしょ。……今日から、私、ここの住人だから!」


「は――!?」


「201号室、正式に契約したの。あの日の“内見”、無駄じゃなかったでしょ?」


 どや、と胸を張る葵ちゃん。……この前の、言い訳だと思っていた「内見」が、まさか、本気だったとは。


「な、なんで、こんなボロ……じゃなくて、このアパートに!? 葵ちゃんなら、もっといい所、いくらでも」


「決まってるじゃない。……和馬オッパの近くで、華ソンベと、切磋琢磨するためよ」


 びしっと、俺を指さす。


「隣に最高のライバルがいて、すぐ近くに専属協力者がいる。……こんな最高の環境、他にないでしょ?」


(いや、俺の意見は、一ミリも、聞かれてない……!)


 と、その騒ぎを聞きつけて。


 ギィ、と、103号室のドアが開いた。


「……朝から、なにを騒いで……って」


 寝起きの、ぼさぼさ髪、スウェット姿の華ちゃんが、顔を出す。そして、山積みの段ボールと、葵ちゃんを見て――固まった。


「……は? なんで、アンタが、うちのアパートに!?」


「あら、華ソンベ。奇遇ですね。今日から、ご近所さんです」


「ご、ご近所さんって……嘘でしょ!?」


 珍しく、素の顔のまま、絶叫する華ちゃん。……天使の仮面を、かぶり直すのも、忘れている。


 さらに、そこへ。


「佐藤くーん、おはようございま……って、ええっ!?」


 差し入れの袋を提げた麻衣さんまで、やってきて。積み上がった荷物と、葵ちゃんを見て、目を、まん丸にした。


「あ、麻衣オンニ!」


「あ、葵ちゃんが……ここに、住む……!? お、推しと、同じアパート……!?」


 麻衣さんの顔が、みるみる、赤く染まっていく。トキメキと、混乱が、また、頭の中で、大渋滞を起こしているらしい。


(……ああ。俺の平穏な日常が、また一つ、遠のいた)


 三人の美少女に囲まれて、俺は、遠い目をした。


 ---


 荷物の運び込みも、一段落した、昼下がり。


「ねえ、オッパ」


 ふと、葵ちゃんが、二階の廊下の、奥のほうへ、目をやった。


「そういえば、同じ階の……あの、203号室には、どなたが住んでるの? ご近所さんには、ちゃんと、ご挨拶しないと」


 その、無邪気な問いに。


 答えたのは、腕を組んで見物していた、華ちゃんだった。にやり、と、意地の悪い笑みを浮かべて。


「ああ、あそこ? ……あそこは、怜子さんの部屋よ」


「……え」


 葵ちゃんの、笑顔が。


 ――ぴきり、と、凍りついた。


「れ……怜子さんって、あの、怜子さん……ですか? 私のマネージャーの……?」


「そうよ。……あら、知らずに、越してきたの?」


 その瞬間だった。


 どすどすどす、と。廊下の奥から、地響きのような足音が近づいてきて。


 203号室のドアが、勢いよく、開いた。


「――葵。あなた、まさか、本当に、ここに越してきたわけ?」


「ひっ……れ、怜子さん!?」


 仁王立ちの、怜子さん。……つまり、葵ちゃんの部屋の、目と鼻の先。同じ二階の、住人だったのだ。


「これで、あなたの脱走癖も、二十四時間、監視できるわね。……逃げても、無駄よ。私が、同じ階の、すぐそこにいるんだから」


「そ、そんな……同じ階に、怜子さんが……!?」


 がーん、と。葵ちゃんが、この世の終わりみたいな顔で、崩れ落ちる。


「せっかく、オッパの隣で、自由な一人暮らしを満喫しようと思ったのにーーっ!!」


「なにか、言った?」


「い、いえっ、なんでもありませんっ!」


 ぴしっ、と背筋を伸ばす葵ちゃん。……令嬢の、優雅な新生活の夢は、初日にして、脆くも崩れ去ったのだった。


 ---


 夕暮れ。


 ようやく静かになった廊下で、俺は、ふう、と息をついた。


 ――と。すぐ隣に、葵ちゃんが、ちょこん、と並んだ。


「……ねえ、オッパ。今日は、ありがと。……その、いろいろ」


「ん? ああ。……これから、よろしくな。ご近所さん」


「……うんっ」


 照れくさそうに笑った葵ちゃんの手が、ふと、俺の手の甲に、そっと、重なる。


 《……オッパのこと、けっこう……》


【葵:67%】


(――え)


 その先が、聞こえそうになった、瞬間。


「――なっ、なんでもないんだからっ!!」


 葵ちゃんは、ぶわっと真っ赤になって、ぱっと手を引っ込めると、201号室へと、逃げ込んでいった。


(……今の、なんだったんだ)


 ばたん、と閉まったドアを、俺は、ぽかんと見つめる。


 夕日に照らされた、賑やかなアパート。


 推しが、隣にいて。想ってくれる先輩がいて。生意気な後輩が、越してきて。……そして、その同じ屋根の下には、鬼教官までいる。


(……騒がしくなるなあ、これから)


 だけど、その騒がしさが。……なんだか、悪くないと、思い始めている自分がいた。


 俺の、隣のアイドルとの日々は、まだまだ、始まったばかりだ。



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