第41話 本物って、なんだろう
※本作はフィクションです。挿絵はすべて自作(AIで生成)です。
合宿から、数日後。
俺は、また、怜子さんに呼び出されて、事務所のロビーの隅に、いた。
「……なんで、俺まで」
「まあ、いいから。……見てなさい」
怜子さんが、顎で示した、その先。
ガラス張りの、応接スペース。そこに、二人の少女が、向かい合って座っていた。
華ちゃんと、葵ちゃん。
……あの、犬猿の仲の二人が、マネージャー同士の打ち合わせだかで、たまたま、鉢合わせたらしい。俺は、思わず、息を呑んだ。
(うわ……気まずそうだな)
案の定、二人のあいだには、ぴりぴりとした空気が、流れていた。
先に口を開いたのは、意外にも、華ちゃんだった。素の――ため口の、ブラック華モードで。
「……この前の対決。まあ、悪くなかったわよ」
「……っ。そ、そんなの、当然でしょ」
「ふん。相変わらず、生意気な後輩」
つん、と顔を背け合う二人。……だめだ、まったく、噛み合っていない。
だけど。
「……正直に、言うとね」
華ちゃんが、ふっと、声のトーンを落とした。
「あんたのこと、ずっと、目障りな後輩だと思ってた。事あるごとに『華ソンベを超える』なんて、大口叩いて。……鬱陶しいったら、なかった」
「うぐっ……」
「でも」
華ちゃんは、少しだけ、まぶしそうに、目を細めた。
「……あんたの、その、まっすぐなとこ。ぜんぶ、さらけ出して、必死に食らいついてくるとこ。……正直、うらやましいのよ」
「……え?」
葵ちゃんが、ぽかん、と口を開ける。
「私はね。……“清純派の天使”なんて、看板を、ずっと背負ってる。ファンの前じゃ、いつも、にこにこ笑って、いい子でいなきゃいけない。……本当の自分なんて、とっくに、どっかに、置いてきた」
それは、俺だけが知っている、あの、素顔の華ちゃんの、本音だった。
(華ちゃん……)
「……あんたを見てると、思うのよ。私も、あんたみたいに、素直に生きられてたら、って。……ま、今さら、無理だけどね」
自嘲するように、華ちゃんが、肩をすくめる。
――と。
葵ちゃんが、勢いよく、立ち上がった。
「……そんなの、もったいないです!」
「え?」
「華ソンベは、華ソンベのままで、じゅうぶん、すごいんです! 天使のオーラも、あの完璧なパフォーマンスも、ぜんぶ、ソンベが必死に築き上げてきた、“本物”じゃないですか!」
まっすぐな瞳で、葵ちゃんが、まくしたてる。
「私……気づいたんです。ソンベを“超える”とか、そういうことじゃなくて。私は、私にしか、なれない。……私は、私だけの、アイドルになる。それが、私の答えです!」
しん、と。応接スペースが、静まり返った。
華ちゃんが、ぱちくり、とまばたきをして。……それから、ふっ、と、笑った。
いつもの、天使の作り笑いじゃない。素の、ちょっと不器用な、本物の笑顔で。
「……なにそれ。生意気な後輩のくせに、たまには、いいこと言うじゃない」
「な、生意気は余計です!」
「ふふっ。……でも、そうね。あんたは、あんたの光で、勝負しなさい。……私も、負けないけど」
「……はいっ!」
初めて。ライバルだった二人が、本音で、笑い合った。
(……よかった)
じん、と胸が熱くなる。……ふと、隣を見ると、じいやが、廊下の陰で、滝のような涙を、ハンカチで拭っていた。
「お嬢様が……お嬢様が、あんなに、いいお顔を……ぐすっ」
(……じいや、感情、豊かすぎる)
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打ち合わせが終わり、二人が去っていく。すれ違いざま、葵ちゃんが、俺を見つけて、ぱっと駆け寄ってきた。
「オッパ! 見ててくれた? 私、ちゃんと、言えたよ!」
「ああ。……かっこよかったよ、葵ちゃん」
「えへへ……」
照れくさそうに笑った葵ちゃんの手が、俺の腕に、ちょこん、と触れる。
《……華ソンベと、こんなふうに、話せる日が来るなんて。……ぜんぶ、オッパのおかげ、なのかな》
【葵:66%】
(……いや、全部、葵ちゃんが、自分で掴んだんだよ)
その後ろ姿を見送っていると。
「……ふん。少しは、役に立ったみたいね」
いつのまにか、隣に立っていた怜子さんが、ぽつり、と言った。
「あの子が、あんなに晴れやかな顔をするなんて。……正直、あなたのこと、ただの厄介事だと思ってたんだけど」
「あはは……。えっと、それは、褒められてるんですか?」
「さあ、どうかしら」
怜子さんは、ふい、と俺から視線を外して。それから、少しだけ、声を柔らかくした。
「……華のことも、あの子のことも。あなたは、なんだかんだ、放っておけないのね」
「え?」
「……いえ。なんでも、ないわ」
その横顔が、いつもの、氷みたいに冷たい表情とは、少し違って見えて。
(……怜子さん?)
俺が首をかしげると、怜子さんは、はっと我に返ったように、いつもの、きりっとした顔に戻った。
「……とにかく。この件は、これで一件落着よ。……もう、変な騒動は、起こさないでちょうだいね」
そう言って、こつこつと、ヒールを鳴らして、去っていく。
その背中を見送りながら、俺は、なんだか、胸の奥が、妙に、ざわつくのを感じていた。
(……なんだろう。今の、怜子さん)
――華ちゃん、麻衣さん、葵ちゃん。
俺の周りは、いつのまにか、賑やかになりすぎるくらい、賑やかで。
だけど、この、静かな人のことは。……俺は、まだ、何も、知らないのだ。
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