第40話 別荘の、強化合宿
※本作はフィクションです。挿絵はすべて自作(AIで生成)です。
週末。俺は、生まれて初めて、「別荘」というものに、足を踏み入れていた。
高原の、ばかでかい洋館。目の前には、青い空を映すプール。……庶民の俺には、現実感が、まるでない。
「ようこそおいでくださいました、和馬様。ごゆるりと」
出迎えてくれた、じいやが、恭しく頭を下げる。
(……様、づけ、やめてほしい)
合宿、といっても、メンバーはたった四人。葵ちゃん、鬼教官の怜子さん、サポート役として無理やり連れてこられた俺と、麻衣さん。
「さ、朝練よ! オッパ、麻衣さん、ちゃんと見ててよね!」
朝一番。テラスに設けられた練習スペースで、葵ちゃんは、汗だくになって、体を動かし続けていた。
だけど、その顔は、以前とは、まるで違う。誰かに勝つためじゃない。“上手くなりたい”という、純粋な熱で、きらきらしていた。
「……ここの振り、こう変えてみたの。私らしいでしょ?」
「ああ。すごくいい。……さっきより、ずっと、葵ちゃんの音になってる」
「ふふん、当然でしょ」
薄手のタンクトップに、汗が滲む。額に張りついた髪を、無造作にかき上げる仕草が、妙に、大人びて見えて。……俺は、慌てて、目をそらした。
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昼下がり。休憩、という名のもとに。
「わーっ! 気持ちいいーっ!」
葵ちゃんは、なぜか、プールで無邪気にはしゃいでいた。令嬢だけあって、水着も、上品なフリルのついた可愛いやつだ。
「オッパも入りなよ! 冷たくて最高よ!」
「い、いや、俺はいいよ」
「もう、つれないんだから!」
ばしゃっ、と水をかけられる。……こういう、無防備なところは、まだまだ、子どもだ。
と、プールサイドで、葵ちゃんが、日焼け止めのボトルを手に、俺のほうへ、てけてけと歩いてきた。
「ねえオッパ、背中。塗って」
「――ぶっ!?」
「なによ? 令嬢たるもの、肌の手入れは大事なの。ほら、早く」
当たり前のように、くるりと背を向けて、髪を持ち上げる。露わになった、白い背中。……こいつ、自分が何を言ってるのか、分かってない。
「じ、じいやさんに頼んでくれ! いや、麻衣さんに!」
「はいはーい、私がやりますねーっ!」
すかさず、麻衣さんが、猛ダッシュで割って入ってくれた。
「もう、麻衣さんったら、張り切りすぎ」
「い、いえっ、これも、大事なサポートですから……!」
(……麻衣さん、なんだかんだ、いつも助けてくれるな)
俺は、心の中で、そっと、手を合わせた。
――が。ひと泳ぎ終えた葵ちゃんは、プールサイドに戻ってくるなり。
「あー、濡れたまんまだと、気持ち悪いわね」
そう言って、当然のように、水着の肩紐に、指をかけた。……この、大勢の目の前で。
「ちょ、ちょちょちょっ、葵ちゃん!? 何やってんだ!」
「え? 着替えるんだけど。……あ、そっか。じいや、タオル」
「はい、ただ今」
「じいやも待て――!!」
令嬢にとっては、着替えを人に見られることなど、日常茶飯事らしい。慌てて麻衣さんが大きなバスタオルで葵ちゃんをぐるぐる巻きにし、俺とじいやは、全力で回れ右をさせられた。
「もう、なんなのよ、二人とも。減るもんじゃなし」
「「減ります!!」」
俺と麻衣さんの声が、綺麗に、重なった。
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夜。
みっちりとした夜練を終えて、ようやくの、自由時間。
湯上がりの葵ちゃんが、ほかほかと頬を上気させて、リビングのソファに、ぽすんと座り込んだ。パジャマ姿の、まだ少し濡れた髪。……なんというか、昼間のきらきらとは違う、無防備な色気があって、目のやり場に困る。
「はー……疲れたぁ。でも、なんか、いい疲れ」
その隣に、同じく湯上がりの麻衣さんが、そっと腰かける。
「葵ちゃん。今日の練習、本当に、素敵でした。私、見てて……泣きそうになっちゃった」
「……そう?」
「うん。……昔の、キラキラしてた葵ちゃんが、戻ってきたみたいで。ううん、あの頃より、ずっと」
麻衣さんの、まっすぐな言葉に。
葵ちゃんは、少しだけ、うつむいて。それから、ぽつり、と言った。
「……ねえ。あなたって、ほんとに、へんな人」
「え……す、すみません」
「ううん。……その、いつも、私のこと、まっすぐ見てくれて。オッパも、あなたも。……なんか、こそばゆいけど。……嬉しい」
そして、葵ちゃんは、ちょっと照れくさそうに、麻衣さんの顔を、覗き込んだ。
「……ねえ。麻衣“さん”、じゃなくて。……“麻衣オンニ”って、呼んでいい?」
「……え? オンニ、って……?」
「韓国語で、女の子が、慕ってるお姉さんを呼ぶ言葉。……あなたのこと、なんか、そう呼びたくなったの」
その瞬間。
麻衣さんの顔が、ぶわっ、と、真っ赤に染まった。
「……っ、う、うれし……嬉しいですっ! 葵ちゃ……葵オンニ……じゃなくて、私がオンニ!? あ、あわわ……」
「あはは、麻衣オンニ、顔、真っ赤!」
けらけらと、葵ちゃんが笑う。……その笑顔は、もう、強がりでも、なんでもなかった。
(……よかったな、葵ちゃん)
――と。俺の視線に気づいた葵ちゃんが、こてん、と首をかしげた。
「オッパ? なに、じっと見て」
「あ、いや。……なんか、葵ちゃん、今日、すごく、いい顔してるなって」
「なっ……」
その、素の輝きに、思わず見とれてしまって。
葵ちゃんは、みるみる、耳まで赤くなると、クッションを、俺の顔面に投げつけてきた。
「ば、ばかっ! オッパのくせに、そういうこと、さらっと言わないでよ!」
――そのとき。飛んできたクッションを受け止めた俺の手が、慌てて逃げようとした葵ちゃんの手に、ぽすっと触れた。
《……もう。……見られると、恥ずかしいのに。……でも。……オッパになら、……いいかな、なんて》
【葵:65%】
(――え)
思わぬ本音が、流れ込んできて。今度は、俺のほうが、固まってしまった。
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その夜、さらに遅く。
与えられた客室のベッドで、俺が寝つけずにいると――こんこん、と控えめに、ドアがノックされた。
「オッパ、まだ起きてる?」
枕を抱えた、パジャマ姿の葵ちゃんが、当然のような顔で、廊下に立っていた。
「あ、葵ちゃん!? な、なんで、ここに」
「なんでって……合宿でしょ? 夜は、みんなで一緒に寝るものじゃないの?」
きょとん、と首をかしげる。……どうやら、令嬢のこの子の中には、「合宿イコール雑魚寝」という、盛大な勘違いが、根を張っているらしい。
「い、いや、それは、その、小学生の林間学校とかの話で……!」
「え、違うの? じいやなんて、私が眠るまで、ずーっと隣で絵本を読んでくれたのに」
「それは、たぶん、かなり幼い頃の話だと思う!?」
悪気の欠片もない顔で、枕を抱えたまま部屋に入ってこようとする葵ちゃんと、それを必死に押し返す俺。
「ほら、オッパ。早く布団、半分あけてよ」
「あ、あけないあけない! っていうか、なんで俺の部屋を選んだんだ!」
「だって、麻衣オンニの部屋は、なんか、こう……近すぎて緊張するし。オッパなら、気楽じゃない?」
(それは、それで、複雑なんだが……!)
「――こら、葵ーーっ!!」
廊下の奥から、鬼の形相の怜子さんが、飛んできた。パジャマの上からでも分かる、圧倒的な威圧感。
「あなたって子は、合宿先で、なんてことを……! いらっしゃい、こっち!」
「えー、なんでよー! 一緒に寝るだけじゃない!」
「その『だけ』が問題なのっ!」
じたばたと暴れる葵ちゃんは、あえなく怜子さんに首根っこを掴まれ、ずるずると連行されていった。
(……本当に、この子は、心臓に悪い)
残された俺は、天井を見上げて、大きく、ため息をついたのだった。
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合宿、最終日。
朝日を浴びながら、葵ちゃんは、テラスで、大きく伸びをした。
「……決めた。次のステージ。私、“ほんとの私”で、行く」
振り返った顔は、憑き物が落ちたみたいに、晴れやかで。
「見ててね、オッパ。……あと、麻衣オンニも」
その笑顔が、朝の光の中で、まぶしくて。
(……この子、こんなに、可愛かったっけ)
なんて、思ってしまった自分に。俺は、そっと、目をそらしたのだった。
お読みいただきありがとうございました!
オイルのくだり、本当にあるのかなぁと妄想しながら書きました。




