第39話 私の武器、探して
週末。俺は、なぜかまた、事務所のレッスンスタジオにいた。
「オッパ、麻衣さん。今日から私の“自主練”に、付き合ってもらうから」
鏡張りのフロアの真ん中で、葵ちゃんが、腰に手を当てて、ふんぞり返っている。黒のスポーツブラに、ショートパンツ。……もう、ずいぶん自主練を重ねてきたのだろう。健康的に引き締まったお腹や、細い二の腕に、うっすらと汗が光っていた。あの日、非常階段でうずくまっていた子と同じとは思えない、いつもの強気だ。
「べ、別に。お礼、まだしてなかったし。……その、ついでよ、ついで」
つん、とそっぽを向く。だけど、耳が、ちょっと赤い。
(……素直じゃないなあ)
「もちろん! 葵ちゃんの練習が見られるなんて、ファン冥利に尽きます……!」
一方、麻衣さんは、休日だというのにスーツ姿で、目をきらきらさせていた。相変わらず、葵ちゃんが絡むと、テンションが振り切れる。
「じゃあ、まず一曲、通しで踊ってみて。俺と麻衣さんで、外から見てみるから」
「……なによ、その、プロデューサー気取り」
文句を言いつつ、葵ちゃんは、曲をかけた。
――そして、踊り出した瞬間。
空気が、変わった。
キレのある動き。指先まで神経の通った、表情。……やっぱり、この子は、うまい。だけど。
(……あ。分かった)
一曲を、じっと見終えて。俺は、口を開いた。
「葵ちゃん。今の、“華ちゃんっぽく”踊ろうとしてただろ」
びくっ、と葵ちゃんの肩が跳ねた。
「……なんで、分かるのよ」
「動きが、きれいすぎるんだ。華ちゃんの“完成された美しさ”を、なぞろうとしてる。……でも、それ、葵ちゃんの武器じゃない」
「私の、武器……?」
「そう。俺が思うに――葵ちゃんの魅力は、“かわ……やんちゃ、さ”だ」
「え、なにその、噛みかみの説明」
「あ、ごめん、噛んだ。……“可愛いやんちゃさ”だよ。ぐいぐい来て、ちょっと生意気で。でも、根はまっすぐで努力家。……そのギャップに、みんな、目を奪われるんだ。さっきの対決の即興劇だって、ツンから急に潤んだ目になったとこ、会場、いちばん沸いてたろ」
「なっ……」
葵ちゃんの顔が、ぼっ、と赤くなる。
「わ、わかります、私も!」
すかさず、麻衣さんが食いついた。
「デビュー当時から、葵ちゃんって、他の子が“お姫様”をやる中で、一人だけ“やんちゃ姫”だったんです。それが、たまらなくて……! あの、握手会で『次も来なさいよね!』って上から言われたときなんて、私、三日間、幸せで……」
「ちょ、ちょっと、そんな昔のことまで覚えてるの……!?」
引きながらも、葵ちゃんの口元は、ほころんでいた。
――と。触れてもいないのに、その表情から、伝わってくるものがあった。いや、これは能力じゃない。ただ、顔に、出ていた。
(……ちゃんと、伝わってるな)
それから、俺たちは、何度も何度も、通しては、話し合った。
「今の、腕をもっと大きく。“きれい”より“楽しそう”に」
「ここのウインク、葵ちゃんなら、もっと生意気にできる」
「あ、それ、いいですね! 私、そういう葵ちゃんが見たいんです!」
オタクの審美眼と、古参ファンの記憶。二つの視点から、俺と麻衣さんは、葵ちゃんの“らしさ”を、ひたすら言葉にしていった。
最初はツンとしていた葵ちゃんも、だんだん、素直に耳を傾けるようになって。
「……ふん。まあ、参考にしてあげなくもない、けど」
そう言いながら、言われたことを、一つずつ、丁寧に、体に落とし込んでいく。
その手が、休憩のとき、俺の差し出したスポーツドリンクに、ふと、触れた。
《……この人たち、本気で、私を見てくれてる。……華ソンベの、劣化版じゃなくて。……“私”を》
【葵:62%】
胸の、奥が、じんとした。
(……ああ。ちゃんと、前を向いてる)
「――こら、葵ーーっ!!」
と、その、いい空気を切り裂いて。
スタジオのドアが、蹴破る勢いで開いた。仁王立ちの、怜子さんだ。
「あなた、今日のインタビューの時間、とっくに過ぎてるでしょう!? また勝手に、抜け出して……!」
「げっ、怜子さん……!」
「『げっ』とは何よ、『げっ』とは! ……はぁ。まったく、少し目を離すと、これなんだから」
こめかみを押さえて、盛大にため息をつく怜子さん。……華ちゃんといい、葵ちゃんといい、この人の胃は、本当に、休まる暇がなさそうだ。
「で、でも怜子さん、今日は、ちゃんと意味のある練習を……」
「言い訳は結構。……そんなに“自主練”がしたいなら」
怜子さんは、びしっと、葵ちゃんを指さした。
「――いいわ。来週末、強化合宿よ」
「……合宿?」
「あなたの家の、別荘を借りるわ。みっちり、朝から晩まで、鍛え直してあげる。……逃げたら、承知しないから」
「そ、そんな、急に……!」
葵ちゃんが、うろたえる。だけど、怜子さんの目は、有無を言わせなかった。
そして、その視線が、なぜか、すいっと、俺に向いた。
「……佐藤和馬さん。あなたも、来なさい」
「……は? 俺も、ですか!?」
「この子の“専属協力者”なんでしょう。……最後まで、責任、取ってもらうわよ」
にやり、と。怜子さんが、意地の悪い笑みを浮かべる。
その隣で、葵ちゃんが、ぱあっと顔を輝かせて。
「やった! オッパも一緒! ……ふふ、合宿、楽しみになってきちゃった」
(……いや、なんで、俺まで)
こうして、俺の来週末は、令嬢の別荘での、強化合宿という、とんでもない予定で、埋まってしまったのだった。




