第38話 なんで、それを知ってるの
※本作はフィクションです。挿絵はすべて自作(AIで生成)です。
番組の熱狂が去った、テレビ局の廊下。
あれだけ「専属協力者」と俺を振り回していた葵ちゃんの姿が、いつのまにか、どこにも見当たらなくなっていた。
「……佐藤くん。葵ちゃん、いなくない?」
書類をまとめ終えた麻衣さんが、心配そうに、辺りを見回す。
「怜子さんも、まだ後片付けで手が離せないみたいで……。私たちで、ちょっと探そっか」
「そう、ですね。……えっと、じゃあ、うちの会社が仕事で関わってる子を、探してる、ってことで」
関係者以外立ち入り禁止のフロアを、そんな建前でうろつく。俺と麻衣さんは、二手に分かれず、一緒に、静まり返った局内を歩いた。
――と。
人気のない、非常階段の踊り場。
その隅で、膝を抱えて、小さくうずくまっている影があった。
「葵ちゃん」
俺が声をかけると、葵ちゃんは、びくっと肩を震わせて、顔を上げた。舞台の上のきらきらは、もう、どこにもない。
「……なによ。オッパと……あと、会社の人まで」
「大丈夫? 具合、悪い?」
「べつに。……ちょっと、疲れただけ」
つん、とそっぽを向く。だけど、その声は、いつもの強気とは、程遠かった。
「僅差、だったじゃない。すごかったよ、葵ちゃんのステージ」
麻衣さんが、そっと隣にしゃがんで、励ます。
「……勝てなきゃ、意味ないの」
ぽつり、と葵ちゃんが零す。
「……なんで、そんなに悩んでるの? 教えて、くれないか」
俺が聞いても、葵ちゃんは、膝に顔をうずめたまま、首を横に振るだけ。
(……困ったな。理由が分からないと、慰めようもない)
麻衣さんと、目を見合わせる。麻衣さんも、どうしていいか分からない、という顔をしていた。
俺は、少し迷って。それでも、放っておけなくて。
うずくまる葵ちゃんの肩に、そっと、手を置いた。
――その、瞬間。
《……華ソンベみたいに、本物になりたいのに。……私なんて、歌もダンスも、顔だって、ぜんぶ中途半端で。……何ひとつ、あの人には届かない》
【葵:60%】
推し聞きだ。強がりの仮面の、ずっと奥にある本音が、握った肩から、流れ込んでくる。
(……そうか。この子は、ずっと)
気づいたら、俺は、口を開いていた。
「……華ちゃんみたいな、本物になりたいのに。全部、中途半端な気がして……届かない気がして、こわいんだろ」
葵ちゃんの体が、びくん、と跳ねた。
ゆっくりと、信じられないものを見る目で、顔を上げる。
「……なんで」
その瞳が、みるみる、揺れていく。
「なんで、それを、和馬オッパが知ってるの!? 私、誰にも、言ってないのに……!」
「あ……いや、それは」
(――しまった。つい、口に出した)
俺は、慌てて、笑ってごまかした。
「その……俺、これでも十年、アイドルってやつを見てきたから。……見てれば、なんとなく、分かるんだよ」
苦しい言い訳だった。だけど、葵ちゃんは、それ以上追及しなかった。むしろ――堰を切ったように、ぽつり、ぽつりと、語り出した。
「……華ソンベは、ずるいの。歌も、ダンスも、あの天使のオーラも、ぜんぶ、生まれ持ってて。私なんか、どれだけ練習したって、あの人の“劣化版”にしか、なれない」
膝を抱える腕に、ぎゅっと、力がこもる。
「……本物に、なりたいのに。……なれない」
「――葵ちゃんっ」
声を上げたのは、麻衣さんだった。
「あ、あのっ、私……ずっと、葵ちゃんのファンなんです……! デビューのときから、ずっと!」
「……え?」
「初めてステージ見たとき、この子は絶対売れるって……歌もダンスも、努力してるのが、伝わってきて。動画、ぜんぶ、チェックしてて……」
まくしたてる麻衣さんに、葵ちゃんが、ちょっと引く。だけど、その目は、じんわりと、うるんでいた。
「……あなた、へんな人ね」
「す、すみませ……でも、本当なんです」
照れる麻衣さん。……素直になれない葵ちゃんに、どこか、自分を重ねているみたいだった。
俺は、膝をつくと、葵ちゃんの目を、まっすぐ見た。ここは、ごまかしじゃなく、ちゃんと言葉にしないといけない。
「……葵ちゃん。俺は、華ちゃんも、十年見てきた。そのうえで、言うよ」
「……なに」
「葵ちゃんは、華ちゃんの劣化版なんかじゃない」
葵ちゃんの目が、見開かれる。
「華ちゃんのは、“完成された美しさ”だ。でも葵ちゃんのステージは、“必死に手を伸ばしてる”のが、そのまま、熱になってる。さっきの最終勝負、震える手で、それでも笑ってセンターに立った。……あれは、葵ちゃんにしか、出せない光だよ。俺、ファンとして、鳥肌が立った」
「……っ」
「それに、な」
俺は、少し声を落とした。以前、華ちゃんの本音を聞いたとき。あの子が、内心では、この子を、どう思っていたか。
「華ちゃん……口は悪いけど、多分、葵ちゃんのこと、ちゃんと認めてると思う。じゃなきゃ、あんな『追いついてみなさい』なんて、言わないよ」
その瞬間。
葵ちゃんの中で、張り詰めていた何かが、ふっと、ほどけた気がした。
ぽろり、と。大きな瞳から、涙が、一粒。
「……なにそれ。オッパ、ほんと、生意気」
ぐいっと、手の甲で涙をぬぐう。だけど、その顔は、もう、さっきまでの、思い詰めた顔じゃなかった。
――遠くの物陰で、じいやが、そっとハンカチで目頭を押さえているのが、見えた気がした。
葵ちゃんは、すっと立ち上がると、大きく、息を吸った。
「……決めた。私、もう一回、やってみる」
「葵ちゃん」
「今度は、華ソンベを“超える”んじゃなくて――」
そこで、言葉を切る。
その目は、涙のあとで、少しだけ赤くて。でも、まっすぐ、前を向いていた。
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