↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
推し活のために退寮したら、隣の部屋(103号室)に「推し(本人)」が住んでいた。 ~推しすぎたせいか、心の声まで聞こえます~  作者: しまじろう
第4章|葵編 ――生意気な後輩は、本物になりたい――

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/66

第38話 なんで、それを知ってるの

※本作はフィクションです。挿絵はすべて自作(AIで生成)です。

 番組の熱狂が去った、テレビ局の廊下。


 あれだけ「専属協力者」と俺を振り回していた葵ちゃんの姿が、いつのまにか、どこにも見当たらなくなっていた。


「……佐藤くん。葵ちゃん、いなくない?」


 書類をまとめ終えた麻衣さんが、心配そうに、辺りを見回す。


「怜子さんも、まだ後片付けで手が離せないみたいで……。私たちで、ちょっと探そっか」


「そう、ですね。……えっと、じゃあ、うちの会社が仕事で関わってる子を、探してる、ってことで」


 関係者以外立ち入り禁止のフロアを、そんな建前でうろつく。俺と麻衣さんは、二手に分かれず、一緒に、静まり返った局内を歩いた。


 ――と。


 人気のない、非常階段の踊り場。


 その隅で、膝を抱えて、小さくうずくまっている影があった。


「葵ちゃん」


 俺が声をかけると、葵ちゃんは、びくっと肩を震わせて、顔を上げた。舞台の上のきらきらは、もう、どこにもない。


「……なによ。オッパと……あと、会社の人まで」


「大丈夫? 具合、悪い?」


「べつに。……ちょっと、疲れただけ」


 つん、とそっぽを向く。だけど、その声は、いつもの強気とは、程遠かった。


「僅差、だったじゃない。すごかったよ、葵ちゃんのステージ」


 麻衣さんが、そっと隣にしゃがんで、励ます。


「……勝てなきゃ、意味ないの」


 ぽつり、と葵ちゃんが零す。


「……なんで、そんなに悩んでるの? 教えて、くれないか」


 俺が聞いても、葵ちゃんは、膝に顔をうずめたまま、首を横に振るだけ。


(……困ったな。理由が分からないと、慰めようもない)


 麻衣さんと、目を見合わせる。麻衣さんも、どうしていいか分からない、という顔をしていた。


 俺は、少し迷って。それでも、放っておけなくて。


 うずくまる葵ちゃんの肩に、そっと、手を置いた。


 ――その、瞬間。


 《……華ソンベみたいに、本物になりたいのに。……私なんて、歌もダンスも、顔だって、ぜんぶ中途半端で。……何ひとつ、あの人には届かない》


【葵:60%】


 推し聞きだ。強がりの仮面の、ずっと奥にある本音が、握った肩から、流れ込んでくる。


(……そうか。この子は、ずっと)


 気づいたら、俺は、口を開いていた。


「……華ちゃんみたいな、本物になりたいのに。全部、中途半端な気がして……届かない気がして、こわいんだろ」


 葵ちゃんの体が、びくん、と跳ねた。


 ゆっくりと、信じられないものを見る目で、顔を上げる。


「……なんで」


 その瞳が、みるみる、揺れていく。


「なんで、それを、和馬オッパが知ってるの!? 私、誰にも、言ってないのに……!」


「あ……いや、それは」


(――しまった。つい、口に出した)


 俺は、慌てて、笑ってごまかした。


「その……俺、これでも十年、アイドルってやつを見てきたから。……見てれば、なんとなく、分かるんだよ」


 苦しい言い訳だった。だけど、葵ちゃんは、それ以上追及しなかった。むしろ――堰を切ったように、ぽつり、ぽつりと、語り出した。


「……華ソンベは、ずるいの。歌も、ダンスも、あの天使のオーラも、ぜんぶ、生まれ持ってて。私なんか、どれだけ練習したって、あの人の“劣化版”にしか、なれない」


 膝を抱える腕に、ぎゅっと、力がこもる。


「……本物に、なりたいのに。……なれない」


「――葵ちゃんっ」


 声を上げたのは、麻衣さんだった。


「あ、あのっ、私……ずっと、葵ちゃんのファンなんです……! デビューのときから、ずっと!」


「……え?」


「初めてステージ見たとき、この子は絶対売れるって……歌もダンスも、努力してるのが、伝わってきて。動画、ぜんぶ、チェックしてて……」


 まくしたてる麻衣さんに、葵ちゃんが、ちょっと引く。だけど、その目は、じんわりと、うるんでいた。


「……あなた、へんな人ね」


「す、すみませ……でも、本当なんです」


 照れる麻衣さん。……素直になれない葵ちゃんに、どこか、自分を重ねているみたいだった。


 俺は、膝をつくと、葵ちゃんの目を、まっすぐ見た。ここは、ごまかしじゃなく、ちゃんと言葉にしないといけない。


「……葵ちゃん。俺は、華ちゃんも、十年見てきた。そのうえで、言うよ」


「……なに」


「葵ちゃんは、華ちゃんの劣化版なんかじゃない」


 葵ちゃんの目が、見開かれる。


「華ちゃんのは、“完成された美しさ”だ。でも葵ちゃんのステージは、“必死に手を伸ばしてる”のが、そのまま、熱になってる。さっきの最終勝負、震える手で、それでも笑ってセンターに立った。……あれは、葵ちゃんにしか、出せない光だよ。俺、ファンとして、鳥肌が立った」


「……っ」


「それに、な」


 俺は、少し声を落とした。以前、華ちゃんの本音を聞いたとき。あの子が、内心では、この子を、どう思っていたか。


「華ちゃん……口は悪いけど、多分、葵ちゃんのこと、ちゃんと認めてると思う。じゃなきゃ、あんな『追いついてみなさい』なんて、言わないよ」


 その瞬間。


 葵ちゃんの中で、張り詰めていた何かが、ふっと、ほどけた気がした。


 ぽろり、と。大きな瞳から、涙が、一粒。


挿絵(By みてみん)


「……なにそれ。オッパ、ほんと、生意気」


 ぐいっと、手の甲で涙をぬぐう。だけど、その顔は、もう、さっきまでの、思い詰めた顔じゃなかった。


 ――遠くの物陰で、じいやが、そっとハンカチで目頭を押さえているのが、見えた気がした。


 葵ちゃんは、すっと立ち上がると、大きく、息を吸った。


「……決めた。私、もう一回、やってみる」


「葵ちゃん」


「今度は、華ソンベを“超える”んじゃなくて――」


 そこで、言葉を切る。


 その目は、涙のあとで、少しだけ赤くて。でも、まっすぐ、前を向いていた。

お読みいただきありがとうございました。

ブックマークなど、リアクションお待ちしております!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。