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推し活のために退寮したら、隣の部屋(103号室)に「推し(本人)」が住んでいた。 ~推しすぎたせいか、心の声まで聞こえます~  作者: しまじろう
第4章|葵編 ――生意気な後輩は、本物になりたい――

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第36話 ガチンコ対決SP・前編

おしのとなり/第31話・酔って甘える麻衣

「華ソンベ! 私の本気、見せてあげるわ――って、きゃああっ!?」


 バンッ、と葵ちゃんが豪快に開け放った、その楽屋の中。


 本番用の衣装に着替えている最中だったらしい華ちゃんが、トップスを脱ぎかけた格好で、凍りついていた。


挿絵(By みてみん)


「――なっ!?」


 白い背中と、下着の紐。慌てて胸元を隠す華ちゃんと、思い切り目が合う。


「はっ、華ちゃ……っ、ご、ごめっ」


「見ちゃダメよオッパ! 華ソンベの無防備な姿なんて、私以外が見ちゃダメなんだから!」


 葵ちゃんが、慌てて俺の目を、両手で覆い隠そうと――した拍子に。


 ぼふっ。


 やわらかいものが、俺の顔面に、押しつけられた。


(――っ!? こ、これは……!)


「きゃっ……! ちょっとオッパ、どこに顔うずめてるのよ、エッチ!」


「い、いや、押しつけたのは葵ちゃんの方で!?」


「あ……あんたたち……」


 地を這うような声。指の隙間から見えたのは、衣装をかき抱いた華ちゃんの、笑っていない笑顔だった。第三者の前だから、かろうじて言葉は保っている。だが。


「……女の子の楽屋に、ノックもなしで……いい度胸、ですねぇ……?」


 天使の笑顔。なのに、そこには、一切の温度がなかった。……これは、あとで確実に、こってり絞られるやつだ。


(ひっ)


 地獄のような空気の中、バタバタと足音がして。


「佐藤くん、大丈夫っ!?」


 麻衣さんまで飛び込んできて、楽屋の混沌は、最高潮に達したのだった。


 ◇


 そして――本番。


『生放送! アイドルガチンコ対決SP 〜先輩VS妹分 仁義なき3番勝負〜』。


 まばゆいステージに、王者・華ちゃんのグループと、新鋭・葵ちゃんのグループが並ぶ。俺は、観客席の隅で、小さくなっていた。


『さあ葵さん、先輩の華さんに、勝てる自信は?』


 MCに振られ、葵ちゃんが、きりりとポーズを決める。


「もちろんです! 私には、強い味方――専属協力者の、和馬オッパがついてますから!」


 ……次の瞬間、大型モニターに、どアップで俺の顔が抜かれた。全国ネットで。


(――やめてくれえええ!)


 ステージ袖の華ちゃんが、天使の笑顔のまま、こっちに、ぞわりとした視線を寄越した。


 ◇


 第1勝負は、【アピール対決・胸キュン即興劇】。


 お題は「理想の告白」。そして、なぜか男役の相手に指名されたのは――スタッフに紛れていた、俺だった。


「え、俺!?」


 舞台に引っぱり出され、まずは、葵ちゃんと向かい合う。彼女は、すっと、俺の手を取った。


 ――と。


 《……これ、即興のはず、なのに。……なんで、こんなに、ドキドキしてるの、私》


【葵:51%】


(……聞こえた。強がってるけど、この子、本気で緊張してる)


「オッパ……」


 葵ちゃんが、いつものツンを脱ぎ捨てて、潤んだ瞳で、俺を見上げた。


「私、華ソンベを超えたら……一番に、オッパに褒めてほしいな。だって、私……オッパのこと……」


 演技のはずの、その声。だけど、指先が、かすかに震えていて。……不覚にも、心臓が、跳ねた。会場が、きゃあっと沸く。


『いいですねぇ、葵さん、名演技です! それでは続いて――華さんのターン!』


 葵ちゃんの、あの本気の演技を見せられて。……対抗意識に、火がついたらしい。


 入れ替わりに前へ出た華ちゃんの瞳は、天使の笑顔の下で、めらり、と燃えていた。


「……ふぅん。じゃあ、私の“理想”は、こういうの、かな」


 次の瞬間。台本にもない動きで、華ちゃんが、俺の腕を、ぐいっと引き寄せた。


 たたらを踏んで、その細い体に倒れ込む俺。背中に腕が回り、逃がさないように抱きとめられる。そして――背伸びした唇が、俺の耳元に、ぴたりと、寄せられた。


「ちょっと、あんた」


 ――ぞくり、と。背筋が、震えた。


 いつもの、丁寧語じゃない。舞台の上でだけ許される、“S全開”の、女王様みたいな声だった。


「私の隣を離れるなんて……百年、早いのよ」


 耳に、吐息が、かかる。低くて、甘くて、意地悪な、囁き。心臓が、ばくんっ、と大きく跳ねた。


 ――と。抱きとめられた腕から、本音が、流れ込んでくる。


 《どう、葵。……これが、“本気”よ。ざまあ》


(え、演技だって、分かってるのに……! し、心臓が、もたない……!)


 会場が、悲鳴じみた、大歓声に包まれた。


「ちょ、ちょっと華ソンベ、ずるいです! そんな、反則級のアピール……っ」


「あら? これも立派な“理想の告白”でしょう? ……ねえ、お隣さん?」


「え、俺に振らないでください」


 二人の美少女に、左右から挟まれる。……状況だけ見れば、役得なのかもしれない。だが、片方からは本気の緊張が、もう片方からは本気の殺気が伝わってきて、俺の胃は、きりきりと痛むばかりだった。


 企画で仕込まれていた、俺の心拍数モニター。その数字が、ぶわっと跳ね上がり――「計測不能」の四文字が、でかでかと表示された。


 スタジオは、この日いちばんの、大爆笑と大歓声に包まれた。


 ◇


 第2勝負は、【体当たり・ぬるぬる巨大滑り台クイズ】。


 ローションまみれの巨大な滑り台。その上のボタンを、早く押して答えるという、バラエティ鉄板の企画だ。


 葵ちゃんは、大人っぽく、余裕の笑みで滑り出し――ずるんっ。


「きゃあーーっ!?」


 見事に体勢を崩して、可愛くお尻から着地した。決めようとして、思いっきり失敗する。そのギャップに、また会場が沸く。


 一方、華ちゃんは。清純派アイドルだけあって、狙ったお色気は一切しない。……のだが。


「わっ、と、と、とっ……きゃんっ」


 ぬるぬるに足をとられて、ずぶ濡れになりながら、ぱたぱたと慌てる姿が、いちいち無防備で、可愛い。本人にその気がないぶん、逆に破壊力がすごい。


(……天然って、こわい)


 観客席の反対の隅で、番組スタッフに交じった麻衣さんが、モニターを見ながら、真っ赤な顔で口を押さえているのが見えた。そして舞台袖では、怜子さんが、胃のあたりを押さえていた。……無理もない。今日ぶつかり合う二組は、どちらも怜子さんの事務所のアイドルだ。手のかかる担当が二人そろって、生放送でこの有様なのだから、胃の一つも痛くなるだろう。


 二本の勝負を終えて、スコアは、ほぼ互角。


 だが、勝負は、ここからが本番だった。


『さあ、いよいよ最終決戦! 本気のパフォーマンス対決だ――!』


 MCの声が、高らかに響く。


 華やかなお祭り騒ぎから一転。ここから先は、二人が命を懸ける、本物のステージだ。


(……華ちゃん。そして、葵ちゃん)


 十年、追いかけてきた本物。そこに、必死で食らいついていく、新星。


 どっちにも、悔いのないステージを――。俺は、両方の“ファン”として、そっと、こぶしを握った。



お読みいただきありがとうございました。

次回は後編です!お楽しみに!

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