第35話 楽屋は戦場
※本作はフィクションです。挿絵はすべて自作(AIで生成)です。
翌日。俺は、なぜかテレビ局のバックステージにいた。
「専属協力者なんだから、応援に来るのは当然でしょ!」
昨夜、そう言い張った葵ちゃんに押し切られ、朝からじいやのリムジンで、ここまで連行されてきたのだ。
(……本当に、なんで俺が)
関係者以外立ち入り禁止、と書かれた楽屋フロア。ため息をつきながら廊下を歩いていると、曲がり角で――。
ドンッ。
「きゃっ!?」
「うわっ、すみません!」
書類の束を抱えた誰かと、思い切りぶつかった。ばさばさと散らばる紙を、慌てて拾おうとして――俺は、固まった。
「……え? 佐藤くん!?」
「ま、麻衣さん!?」
そこにいたのは、スーツ姿の麻衣さんだった。
「なんで、麻衣さんがこんな所に」
「今日は、うちの部署で担当してるテレビ局の、企画の打ち合わせで……って、それはこっちのセリフよ。佐藤くんこそ、なんでここに? ここ、関係者以外立ち入り禁止の、楽屋フロアだよ?」
「あ、いや……それは、その、説明すると、長くなるんですけど……」
しどろもどろになる俺。散らばった書類を、一緒に拾い集める。その手が、ふと、触れた。
《……こんな所で佐藤くんに会うなんて。……えへへ、ちょっと、嬉しい……》
(うわ、聞こえた)
推し聞きだ。手の甲に、うっすらと数字が浮かぶ。
【麻衣:66%】
相変わらず、麻衣さんの好感度は高い。……なんて、のんきに考えていられたのは、そこまでだった。
「あーっ! 和馬オッパ! ほんとに来てくれたのね!」
背後の楽屋のドアが、勢いよく開いた。
中から飛び出してきたのは――本番用の、KPOP風ステージ衣装に身を包んだ、葵ちゃんだった。
胸元と、ウエストが、大胆に開いた、きらびやかな衣装。露わになった、白い肩とお腹。……直視できずに、俺は反射的に目をそらす。
「オッパ、この衣装どう? 華ソンベより、セクシーでカッコいいでしょ?」
葵ちゃんは、周りの目なんてお構いなしに、俺の腕に、ぎゅうっと抱きついてきた。柔らかな感触が、腕にダイレクトに伝わる。
「あ、葵ちゃん!? ちょっ、人が見て……!」
「もう、ちょっと緊張して、手が冷たいの。……温めて〜」
その光景を。
目の前で、麻衣さんが、口を、ぽかん、と開けて見ていた。
抱えなおしたばかりの書類が、その手から、また、ずるずると滑り落ちていく。
「あ……あ……っ」
麻衣さんの視線が、葵ちゃんと、俺の腕を、忙しなく往復する。そして、その顔が、みるみる真っ赤に染まっていった。
「あ、あなた……本物の、葵ちゃん……!?」
「え? 私のこと、知ってるの?」
「し、知ってるも何も……!」
拾おうとした拍子に、また、麻衣さんの指が、俺の手に触れる。
《……嘘でしょ、本物の葵ちゃん! 歌もダンスもすごくて、動画ぜんぶチェックしてる、あの葵ちゃんが目の前に……! ……って、そうじゃなくて! なんで、その葵ちゃんが、佐藤くんにベタベタ抱きついてるの!? 羨ましい……じゃなくて、嫉妬!? ……どっちなの、私ーーっ!?》
(麻衣さんの中で、大変なことが起きてる……!)
推しに会えたファンとしてのトキメキと、和馬を取られたくない女性としての嫉妬。その二つが、麻衣さんの頭の中で、真正面から衝突しているらしい。
「ちょ、ちょっと佐藤くん……!? なんで、葵ちゃんと、そんなに親しそうなの……!? 『オッパ』って……それに、腕に、すっごく抱きつかれてるじゃない……!」
「ち、違うんです麻衣さん! これは事故というか、一方的に巻き込まれて――」
「あ、あなた、オッパの会社の人? ちょうどいいわ!」
葵ちゃんは、麻衣さんの動揺にはまるで気づかず、俺の腕に密着したまま、ぐっと胸を張った。
「見ててね。今日の『ガチンコ対決SP』、華ソンベに勝つのは、この私と――専属協力者の、和馬オッパなんだから!」
「せ、専属協力者ぁ……!?」
麻衣さんの脳内で、「大好きな推し」と「密かに想う部下」と「謎の超密着関係」が、一気に線で結ばれてしまったらしい。
「せ、専属……協力者……オッパ……」
麻衣さんが、うわ言のように繰り返す。ぷしゅー、と、本当に頭から湯気が上がりそうだった。会社では、あんなに隙のない、頼れる先輩なのに。……今は、迷子の子どもみたいに、目をぐるぐるさせている。
顔を真っ赤にしたまま、麻衣さんは、完全にフリーズした。
そんな麻衣さんの手に、触れたままの俺の手には。
《……葵ちゃんも、好き。佐藤くんも、好き。なのに、その二人がくっついてるの、見てられないっ……!》
(ど、どうすればいいんだ、これ)
推し(葵ちゃん)と、好きな部下(俺)と、本命アイドル(華ちゃん)。甘くてカオスな三つ巴の火種が、対決本番を前に、楽屋裏で、ばちばちと音を立てて燃え上がっていた。
と、葵ちゃんが、俺の手をぐいっと引いた。
「よし、景気づけに、華ソンベのところへ突撃よ! オッパ、行くわよ!」
「え、ちょ、突撃って、葵ちゃん、待っ――麻衣さん、また後で!」
俺は、半ば引きずられるようにして、廊下の奥――華ちゃんの楽屋へと、連れていかれる。
(……いやな予感しか、しない)
その予感は、数秒後、最悪の形で、的中することになる。
お読みいただきありがとうございました。
ブックマークなど、ぜひリアクションをお願いします!




