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推し活のために退寮したら、隣の部屋(103号室)に「推し(本人)」が住んでいた。 ~推しすぎたせいか、心の声まで聞こえます~  作者: しまじろう
第4章|葵編 ――生意気な後輩は、本物になりたい――

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第33話 サングラス美少女の受難

※本作はフィクションです。挿絵はすべて自作(AIで生成)です。

 その日、俺は仕事帰りに商店街を歩いていた。


 と、妙な人影が、目に留まった。


 やたらと大きなサングラス。目深にかぶった帽子。おまけにマスクまでして、きょろきょろと落ち着きなく辺りをうかがっている、若い女の子。


(……いや、隠せてないだろ)


 変装のつもりなんだろうが、あの華やかなオーラは、まるで隠れていない。すらりとした手足、抜けるような肌、帽子からのぞく艶やかな髪。どう見ても、そのへんの一般人じゃない。


 しかも、俺にはその顔に、見覚えがあった。


(あれ……もしかして、葵ちゃん?)


 華ちゃんのライバルとして、最近やたらとメディアで名前を見る、人気急上昇中の若手アイドル。妹分グループのセンターだ。


挿絵(By みてみん)



……なんでこんな商店街を、一人でうろうろしているんだ。


 そう思った、次の瞬間だった。


「ねえ、あの子……もしかして、葵ちゃんじゃない?」


 通りかかった女子高生の二人組が、足を止めた。スマホを構える気配。その声に、また一人、また一人と、道行く人が振り返っていく。


「マジだ」「え、撮っていい?」


 ざわつきが、みるみる広がる。葵ちゃんの肩が、びくっと跳ねた。じり、と後ずさるが、もう逃げ場がない。


「お姉さん、もしかして有名人? ねえ、一枚だけ、いいじゃんいいじゃん」


 人だかりの中から、酒くさい男が一人、なれなれしく肩に手を伸ばしてきた。


「っ……」


 葵ちゃんが、息を呑んで固まる。強気なはずのその顔から、血の気が引いていた。……声も、出ないみたいだ。


(……あれは、本気で怖がってる)


 考えるより先に、体が動いていた。


 俺は人だかりを掻き分けると、葵ちゃんと男のあいだに、割って入る。


「すみません、連れなんで」


 やんわりと、しかしきっぱり、男の手を遮った。そのまま葵ちゃんの手を掴み、彼女を庇うように、すぐ脇の細い路地へ引き込む。


 ――その瞬間。


 《……え、なに、この人》


(……ん?)


 触れた手のひらから、ほんの一瞬、彼女の声が“よぎった”。例の、推し聞きだ。まだ好感度が低いのか、聞こえたのは単語だけ。視界の隅に、うっすらと数字が浮かぶ。


【葵:31%】


 だが、今はそれどころじゃない。俺は近くの喫茶店の、奥まった個室席へと彼女を押し込んだ。


「……ふう。ここなら、大丈夫だと思う」


 息を整えながら、俺は向かいに座る。マスクとサングラスを外した彼女は――やっぱり、葵ちゃんだった。テレビで見るより、ずっと小づくりで、整った顔立ち。ただ、その目には、まだ警戒の色が濃い。


「……あなた、私が誰だか、分かってるの?」


「まあ、なんとなく」


「なのに、騒がないのね」


「騒いでどうするんだ」


 俺が肩をすくめると、彼女は、ふうん、と鼻を鳴らした。そして、まじまじと俺の顔を見て。


「……冴えない顔。でも、まあ、いざというとき、それなりに頼りにはなる、みたいね」


(けなされてるのか、褒められてるのか)


「……そういえば、あなた、名前は?」


「佐藤和馬」


「和馬、というのね」


 彼女は、なぜか、うんうん、と満足げにうなずいた。それから、びしっと俺を指さして、宣言した。


「決めた。お礼に、あなたを私の専属協力者にしてあげる」


「……は?」


「光栄に思いなさい。この葵の、専属よ。……ふふ、これからよろしくね、和馬オッパ」


「……オッパ?」


 聞き慣れない響きに、俺は思わず首をかしげた。


「あら、知らないの? オッパっていうのは、韓国語で、年上の男の人を呼ぶ言葉。……私、お母さんが韓国の人だから」


「へえ……」


(いや、何ひとつ、頼んでない。というか、和馬オッパ、って……なんだか、むずがゆいな)


 こうして、俺の意思とは一切関係なく、専属協力者とやらに任命された。そして彼女は、聞いてもいないのに、語り始めた。


「あのね、和馬オッパ。私が今日、なんでこんなところにいたと思う? ……華ソンベの、リサーチよ」


「華……ソンベ? って、なんだ?」


「ソンベは、先輩。これも韓国語よ。……もう、オッパ、ほんとに何も知らないのね」


(韓国語、まったく分からん……)


「華先輩は、私の目標であり、ライバル。ソンベがどんなお店を回るのか、どんな空気で街を歩くのか、この目で確かめに来たの。まあ、追っかけ、とも言うけど」


 そこからは、もう、止まらなかった。


「華ソンベはね、本当にすごいの。歌でしょ、ダンスでしょ、トークのキレでしょ、それに、あの誰も真似できない“天使のオーラ”でしょ……」


 うんうん、と俺は相槌を打つ。


(……知ってる。それ、全部知ってるよ。なにせ、十年推してるからな)


 目の前の子が語る“華ちゃんのすごいところ”は、俺からすれば、初級編もいいところだった。だが、それを言うわけにもいかず、俺はただ、熱心なファンの語りを、生温かく聞き続けた。


 ――が。


「ずいぶん熱心に聞いてくれるのね。オッパ、意外と見どころが……」


 葵ちゃんが、機嫌よくそう言いかけた、その時だった。


 すっ、と。テーブルの横に、影が差した。


「――見つけたわよ」


 地を這うような、低い声。振り仰ぐと、そこには。


「れ……怜子さん!?」


 華ちゃんのマネージャーであり、俺の住むアパートの住人でもある、怜子さんが、氷のような目で立っていた。


「いきなり現場からいなくなって。……あなた、自分の立場、分かってるの」


 葵ちゃんの顔が、さあっと青ざめる。……どうやら、脱走してきたらしい。


 そして、怜子さんの視線が、俺に移った。


「……佐藤和馬さん。またあなたなの」


「い、いや、これは、その、たまたま」


「これ以上、関わらないでくださいって、言いましたよね」


「不可抗力です! 困ってたから、つい……」


 怜子さんが、こめかみを押さえる。その、ほんの一瞬の隙を。


「――今よ! オッパ、あとは任せたわよっ!」


 葵ちゃんは、俺の肩をぽん、と叩くと、脱兎のごとく個室を飛び出していった。


「あっ、こら、待ちなさい葵!」


 怜子さんが追う。だが。


「……お客様。お会計が、まだなのですが」


 店員さんに呼び止められたのは、なぜか、取り残された俺だった。


 二人分の伝票を握りしめ、俺はその場に立ち尽くす。


(……なんで、俺が)


 やがて、葵ちゃんを取り逃がして戻ってきた怜子さんが、深々と、ため息をついた。そして、恐ろしいほど静かな声で、言った。


「……もう、ここまで来たら。……ダメですね」


「な、何がですか」


「あなたが、あの子に、目をつけられたこと。……ご愁傷様です」


 その言葉の意味を、俺はまだ、知らなかった。



お読みいただきありがとうございました!

これから葵編がスタートします!

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