第32話 髪を切って、宣言(麻衣編・結び)
※本作はフィクションです。挿絵はすべて自作(AIで生成)です。
それから、数日が過ぎた、月曜日の朝。
俺は、いつものように、会社の廊下を歩いていた。
「おはよう、佐藤くん」
背後から、聞き慣れた声。……麻衣さんだ。俺は、なにげなく、振り返って――固まった。
「……え」
そこにいたのは。……たしかに、麻衣さん、だった。
でも。……あの、肩の下まで伸びていた、きれいなセミロングが。……ばっさりと、なくなっていた。
……ショートヘア。
うなじの、すっきりと見える、短い髪。……それが、驚くほど、似合っていた。ずっと張り詰めていた何かを、脱ぎ捨てたみたいに。……その顔は、晴れやかで。今まで見た中で、いちばん、生き生きと、していた。
「……ま、麻衣さん。……その髪」
「うん。……切っちゃった」
麻衣さんは、短くなった髪先を、指で、くるっと、いじってみせた。
「どう? ……似合う?」
「……に、似合います。……すごく」
(……うわ。……なんだ、これ。……かっこいい)
思わず、見とれてしまう。……いつもの、頼れる先輩とも。あの、甘えん坊の「まい」とも、違う。……なんだか、ふっきれた、みたいな。
「……あのね、佐藤くん」
麻衣さんが、一歩、俺のほうへ、踏み出した。
「私、決めたの。……これからは、自分に、素直に、行くって」
「……素直に?」
「うん。……今までの私は、いっつも、我慢して。人の背中ばっかり、押してた。……でも、もう、やめる」
――そして。
麻衣さんは、にっ、と、不敵に笑うと。……びしっと、俺に、人差し指を、突きつけた。
「私、これから。……どんどん、行くから」
「……え」
「……覚悟、してね?」
――ぱちん、と。
いたずらっぽい、ウインクを、ひとつ。
俺が、ぽかんと、口を開けている、そのあいだに。麻衣さんは、くるりと、背を向けた。そして、短い髪を、風になびかせながら。……颯爽と、廊下の向こうへ、歩いていった。
(……い、今のは……)
……なんだ。……なんだったんだ、今のは。
……身を、引くどころか。……真正面から、堂々の。
(……せ、宣戦布告……!?)
じわじわと、意味を理解して。……俺の顔が、一気に、熱くなった。
◇
その日は、一日じゅう。麻衣さんの、あの言葉と、ウインクが、頭から、離れなかった。
……華ちゃんの、あの、ぐいぐい来る感じとも、違う。麻衣さんのは、もっと、まっすぐで。正面から、堂々と、来る。
(……ど、どうなるんだ、これから……)
俺は、片手で、顔を覆った。
――思えば。この夏は、いろんなことが、あった。
華ちゃんの、知らない一面を、たくさん知って。麻衣さんの、居場所を、守るために、走り回って。……そして、気づけば。俺の周りは、なんだか、とんでもなく、にぎやかに、なっていた。
推し一筋の、平凡なサラリーマンだった、はずなのに。
(……いや、待て。……落ち着け、俺。……俺には、華ちゃんという、推しが……)
――と。
その時、スマホが、ぴこん、と鳴った。……LINEだ。
差出人は。……『H』。
……この前の、あの、勝手に登録された、連絡先。……もちろん、華ちゃんだ。
華ちゃんから、立て続けに、メッセージが届く。
『きいたよ。麻衣さん、髪、切ったんだって?』
『……ふーん。……べつに、気にしてないけど』
『……ねえ。今日、うち、来る?』
……ぜんぜん、気にしてない、って言いながら。……めちゃくちゃ、気にしてる。
華ちゃんらしい、と思った。
俺は、そのメッセージを見て。……思わず、ふっ、と、笑ってしまった。
(……ほんと、素直じゃ、ないんだから。……華ちゃんも)
窓の外の、空は。……もう、すっかり、秋の色を、していた。
――にぎやかな、二人目のヒロインを迎えて。俺の、めちゃくちゃな日々は。……まだまだ、続いていく。
お読みいただきありがとうございました。
こちらで麻衣編が一旦終わりとなります。
次は波乱万丈を巻き起こす新たなヒロインが登場します!




