幕間・麻衣side 素直に、なれたら
※本作はフィクションです。挿絵はすべて自作(AIで生成)です。
すべてが、片付いた、ある夜のこと。
私は、湯上がりの髪をタオルで押さえながら、ひとり、部屋のソファに座っていた。
……なんだか、へんな夏だった。
海外赴任の話が、降ってわいて。あの部長に、無理やりお酒を飲まされて。……気づけば、その話が、まるでなかったことみたいに、消えていた。
私は、ばかじゃない。……誰が、動いてくれたのかくらい、わかる。
佐藤くん。
……あの、頼りないくせに、変なところで一途な、後輩。いつも私が支える側で、頼られてばっかりだと思っていた、あの子が。……気づけば、私のために、走り回ってくれていた。
(……もう。ほんと、あの子ったら)
思い出すと、顔が、熱くなる。……お礼をしようと呼んだのに。結局、私は、あの酒チョコのせいで、みっともないところを、見せてしまった。
――というか。
(……おんぶ、して、もらったんだよね……私)
あの夜のことを思い出して、私は、クッションに顔を、うずめた。
背中で、甘えて。「まい」なんて、子どもみたいな一人称で。「行きたくない」だの「甘えたの、いつぶりだろ」だの。……挙げ句に、パジャマまで、着せてもらって。
(……はずかしい。……はずかしすぎて、死ねる)
でも。……いやじゃ、なかった。
それが、いちばん、こわいところだった。
◇
私は、ずっと、「甘えられない人」だった。
誰よりも早く来て、遅くまで残って。後輩の面倒を見て、上司のフォローをして。……頼られるのは、うれしい。必要とされるのは、私の、存在価値みたいなもので。
でも。……その分、私は、誰にも、弱音を吐けなくなっていた。
しんどい、と言えなくて。助けて、と言えなくて。……いつも、平気な顔をして、一人で、抱えていた。
なのに。……なんでだろう。あの子の前でだけは。
……ふっと、力が、抜けてしまう。
◇
スマホを手に取って、私は、いつもの動画を、開いた。
葵ちゃん。……最近、こっそり応援している、若い子。ステージの上で、歯を食いしばるみたいに、一生懸命に、歌って、踊る。
この子のことが、私は、気になって仕方ない。
……だって。似ているから。
本当は、華ちゃんのことが、大好きなくせに。素直になれなくて、ライバルだって、噛みついて。……ツンツンして、意地を張って。
(……あんた、もっと、素直になればいいのに)
そう思って。……はっと、する。
……それ、私のことだ。
画面の中で、汗をぬぐって笑う、葵ちゃん。……この子に、私は、ずっと、自分を重ねていたんだ。素直になれない、自分を。
◇
――そして、その夜。私は、ようやく、気づいてしまった。
あの飲みを、断れなかったのは。海外に、行きたくなかったのは。……ううん。もっと前。夏祭りの日。自分の浴衣を、華ちゃんに貸したとき。……胸が、ちくりと、ざわついたのは。
ぜんぶ。……ぜんぶ、同じ、理由だった。
(……あ)
鏡の中の、自分と、目が合う。
(……私。……佐藤くんのこと、好きだったんだ)
――ずっと、蓋をしていた気持ちが。事件が終わって、肩の力が抜けた、その隙に。……するり、と、姿を現した。
好き。……そうか。私、あの子のことが、好きなんだ。
自覚した途端、どうしようもなく、胸が、いっぱいになった。
◇
……もちろん、気づいてる。
あの子と、華ちゃんの、あいだに流れる、あの空気。……あの二人が、ただの隣人同士じゃ、ないってことくらい。
昔の私なら。……きっと、身を引いていた。「私なんて」「お邪魔だから」って。……いつもみたいに、自分の気持ちに、蓋をして。誰かの背中を、押す側に、回って。
でも。
私は、スマホの中の、葵ちゃんを、もう一度、見た。
素直になれなくて、遠回りして、それでも、まっすぐ前を向いて、必死に食らいついていく、あの子を。
(……私も、あの子みたいに、素直になれたら……)
――ううん。
(……あの子より、先に。……私が、素直になってやる)
いつも、人の背中ばかり、押してきた。……なら、今度は。自分の背中を、私が、押す番だ。
隠すのは、もう、終わり。
……よし。決めた。
私は、鏡の前に立って。……肩の下まで伸びた、自分の長い髪を、ふと、指で、すくった。
――この髪も。甘えられなかった、昔の私も。
……ぜんぶ、置いていこう。
鏡の中の私は。……ずいぶんと、いい顔で、笑っていた。
あの事件の麻衣さん視点を描きました。
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