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推し活のために退寮したら、隣の部屋(103号室)に「推し(本人)」が住んでいた。 ~推しすぎたせいか、心の声まで聞こえます~  作者: しまじろう
第3章|麻衣編 ――素直になれない、頼れる先輩――

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第28話 酔っぱらいの、お姫さま

※本作はフィクションです。挿絵はすべて自作(AIで生成)です。

夜道を、俺は、麻衣さんを背負って、ゆっくりと歩いていた。


背中に感じる、ぐったりとした重み。火照った体の熱が、シャツ越しに、じんわりと伝わってくる。……あの部長のところから、逃げるように連れ出して、もう十分は経つのに。麻衣さんは、まだ、まともに、目を開けられずにいた。


「……ん……。さとう、くん……?」


背中で、麻衣さんが、もぞもぞと身じろぎした。……その声が、いつもと違った。しゃんとした、頼れる先輩の声じゃない。舌ったらずで、やわらかくて、どこか、幼い。


「……あれ? まい、いま、おんぶ、されてる……?」


(……“まい”)


一人称が、変わっている。素面のこの人が、絶対に使わない呼び方だ。……相当、酔っている。


「起きましたか。……もう少しで、着きますから」


「ん……。ごめんね、さとうくん。……おもい、でしょ」


「軽いですよ。……気にしないでください」


しばらく、麻衣さんは、俺の背中に頬をあずけたまま、黙っていた。やがて、ぽつり、とこぼす。


「……ほんとはね。……いやだったんだ、あの飲み」


「……はい」


「行きたくない。海外なんか、行きたくない。……でも、断れないの。私、そういうの、下手で。……いつも、そう。頼られたら、いやって、言えなくて」


背中の声が、少しずつ、湿っていく。


「みんなの前では、平気な顔してるけどさ。……ほんとは、しんどいんだ。……こんなふうに、誰かに、甘えたの……いつぶり、だろ」


俺は、なんて言えばいいか、わからなくて。ただ、その体が落ちないように、腕に力を込めた。


「……ねえ、さとうくん」


「はい」


「私が、なんで、そんなに、行きたくないか。……わかる?」


――どきり、とした。


仕事のこと。後輩のこと。……たぶん、それだけじゃない。でも、その“いちばんの理由”が、何なのか。俺には、わからなかった。……もしかしたら、麻衣さん自身にも、まだ、うまく形にできていないのかもしれない。


「……すみません。……わかりません」


俺が、そう答えると。麻衣さんは、ふふ、と、力なく笑った。


「……そっか。……ううん、いいの。ほんとの理由はね……まいにも、うまく、言えないんだ」


その先を、麻衣さんは、飲み込んだ。……酔いのせいだけじゃない気が、した。


---


101号室。


鍵を借りて、どうにか中へ入り、俺は、麻衣さんを、敷いてあった布団の上に、そっと下ろした。


(……よし。あとは、水を飲ませて、寝かせれば……)


そう思った、次の瞬間だった。


「……あつい」


麻衣さんが、とろん、とした目で、そう言って。スーツのジャケットを、もどかしそうに、脱ぎ始めた。


「あ、ちょ、麻衣さん!? じ、自分で、着替えられますか。パジャマ、ここに置いときますから。……俺、外、出てますからっ!」


俺は、枕元のたたんだパジャマを押しつけると、逃げるように、玄関のほうへ、くるりと背を向けた。……さすがに、着替えを、見ているわけには、いかない。


背後で、衣擦れの音と、「んー……」という、やる気のない声が、しばらく、続いて。


「……さとうくん。……もう、いいよ」


その声に、俺は、おそるおそる、振り返り――固まった。


麻衣さんは、たしかに、パジャマを着ていた。ズボンも、ちゃんと、はいている。……いた、のだが。


肝心の、上着。その前ボタンが、ほとんど、外れたまま、だった。だらしなく、はだけた前から。汗ばんで、しっとりと上気した、豊かな胸元が、惜しげもなく――。


「……ボタン、めんどくさくて。……ねえ、留めて?」



挿絵(By みてみん)


とろん、と首をかしげて、麻衣さんが、両腕を、ぱたん、と投げ出す。自分が、いま、どんな格好をしているのか。まるで、わかっていない。


(――なっ……! み、見えっ……! い、いや、見るな、俺! ぜ、絶対に、見るなあっ! 煩悩退散っ、煩悩退散っ……!)


俺は、視線を、必死に、麻衣さんの“顔”に、貼りつけた。見えている。視界の、すぐ下に、はっきりと。……でも、見ない。見ないんだ。心を、無にしろ。今の俺は、ただの、ボタンを留めるための、機械だ。


「し、失礼、しますっ……! ぜ、絶対に、やましい気持ちは、ありませんからねっ!」


誰に言い訳しているのか、自分でも、わからないまま。俺は、あらぬ一点を、見つめたまま。震える指を、いちばん下の、ボタンへと、伸ばした。


――と。その指先が、汗ばんだ、素肌に、かすかに、ふれた。


《……さとうくんの手、あったかいね……》


――聞こえた。とろけた、甘い本音が。手の甲には、あの数字が、浮かんでいる。


【麻衣:60%】


(……六十パーセント……。うわ、これは、まずい。まずいって、いろいろ)


下から順に、一つ、また一つ。手元を、見るわけにも、いかないものだから。指先の、勘だけが、頼りだった。震えて、なかなか、留まらない。


「……ねえ、さとうくん」


「は、はい」


「……このまま、いなくなりたく、ないなあ……」


《……こわい、なあ……。せっかく、みつけた、居場所なのに……》


その、消え入りそうな一言は。……とろん、と、寝息にまぎれて、途切れて、聞こえなかった。


(……居場所、か)


こんなに頑張り屋で、なのに、こんなに脆い。……この人を、放っておけるわけが、なかった。


どうにか、いちばん上まで、ボタンを留め終える。冷たい水を、少しずつ飲ませ、汗ばんだ髪を、そっとよけてやる。……やがて、麻衣さんは、すう、すう、と、安らかな寝息を立て始めた。


火照りの引いた、その寝顔は。ふだんの、隙のない先輩とも、さっきの、甘えん坊とも違う。ただ、疲れた、一人の人の、無防備な顔だった。


(……よく、頑張ってきたんだな。……ずっと、一人で)


俺は、麻衣さんに、タオルケットをかけてやりながら。静かに、決めた。


この人の居場所も。積み上げてきた仕事も。……こんな理不尽なやり方で、あんな奴に、奪わせて、たまるか。


(……待ってろよ。……絶対に、なんとかしてやる)


窓の外の夜が、少しだけ、白み始めていた。

お読みいただきありがとうございます!

パジャマは着させたい

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