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推し活のために退寮したら、隣の部屋(103号室)に「推し(本人)」が住んでいた。 ~推しすぎたせいか、心の声まで聞こえます~  作者: しまじろう
第3章|麻衣編 ――素直になれない、頼れる先輩――

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第26話 人事部の、同期のよしみ

※本作はフィクションです。挿絵はすべて自作(AIで生成)です。

 人事部に、一人、頼れる同期がいる。


 本間咲。俺と同じ年に入社した、腐れ縁の同期だ。人事部の中でもやたらと顔が広くて、社内の噂話なら、たいてい、この女が握っている。さばさばした性格で、昔から、俺が何か困ったときに、真っ先に相談する相手だった。


 その日の夜、俺は、会社近くの静かなカフェに、咲を呼び出した。込み入った話には、酒より、コーヒーのほうがいい。


「で? わざわざ呼び出して、話って?」


挿絵(By みてみん)


 向かいの席で、咲がアイスコーヒーのグラスを、指先でくるりと回しながら、にやりと笑う。


「……お前さ、人事にいるだろ。麻衣さんの、海外の話。……どこまで、知ってる」


 その名前を出した瞬間、咲の眉が、ぴくりと上がった。


「へえ? 和馬が、麻衣さんの話ねえ」


 咲は、グラスをことりと置くと、頬杖をついて、じいっと俺を見た。


「……あの、筋金入りの“華ちゃんマニア”が。よりによって、生身の、しかも上司の女の人の心配とはねぇ」


「そ、それは、関係ないだろ」


「あんた、上司思いだねぇ。……それとも、なに? 麻衣さんに、なーんか、あるわけ?」


「なっ……。ち、ちがう。そういうんじゃ、ない。ただ、その、上司として——」


「ふうん」


 完全に、面白がっている目だ。……こいつは、昔から、こうだ。人の気持ちを勝手に見抜いては、からかってくる。


「まあ、いいや。……で、麻衣さんの件、ね」


 咲は、少し声を落として、周りを気にするように、身を乗り出した。


「知ってると思うけど。今度、うちの会社、新しく“海外事業部”ってのを立ち上げるの。で、その部長になる人が——麻衣さんを、名指しで、引っ張ろうとしてる」


「名指しで?」


「そう。“あの子が欲しい”って、上のほうに直接、掛け合ってるらしくてね。まあ、麻衣さん、優秀だから。……表向きは、栄転。エリートコースよ」


「表向きは、って」


 咲は、おしぼりの袋を、指先でくるくると丸めながら。


「第一営業部——麻衣さんの、いまの部署ね。あそこは、猛反対してるの。“うちの要を持っていかれちゃ困る”って。……でも、その部長、社内の政治力が、えげつなくてさ。このままだと、たぶん、押し切られる」


 押し切られる。……つまり、麻衣さんの意思とは、関係なく。


(……本人が、あんなに、行きたくなさそうにしてるのに)


「あのさ、咲。……その部長って、どういう人なんだ」


 俺が聞くと、咲は、一瞬、口ごもった。それから、さらに声をひそめて言った。


「……これ、私が言ったって、絶対、言わないでよ」


「ああ」


「あの部長さ。……仕事は、できる。できるんだけど。……飲みの席での、“手ぐせの悪さ”が、有名なの」


「……手ぐせ」


「わかるでしょ。若い女の子を隣に座らせて、やたらベタベタする、っていう。……過去にも、それで何人か、泣いてる子がいる、って噂」


 ……その言葉が、俺の頭の中で、さっきの“栄転”という単語と、いやな形で結びついた。


 麻衣さんは、極度の下戸だ。ひと口で、記憶をなくす。そんな人が、そんな部長と、飲みの席で。


(……まずいだろ、それは)


「……和馬? なに、こわい顔してんの」


 咲が、心配そうに、俺の顔をのぞきこむ。それから、テーブル越しに、ぽん、と、俺の手の甲に、自分の手を重ねた。


「なんかあったら、いつでも言いな。人事の情報なら、私が、拾えるだけ拾ってあげるから」


 その手のひらから。


 《……ほんと、変わんないなあ、こいつ……》


 ――ぼそっと、一言だけ。手の甲には、うっすらと。


【咲:35%】


(……三十五パーセント、か。こいつには、こいつなりに、心配されてるらしい)


 例の能力だが、こいつの本音は、まあ、聞くまでもない。昔から、口は悪いが、面倒見のいい女だ。


「……ありがとな、咲。助かる」


「うわ、素直。きもちわる」


「うるさい」


 軽口を叩き合ったあとで。咲は、ふっと、真顔になった。


「……和馬。ひとつだけ、言っとくね」


「ん?」


「麻衣さんって、ああ見えて、人に弱み見せない人でしょ。ぜんぶ自分で抱えて、平気な顔しちゃう。……ああいう人ほど、危ないところで、無理する。だから、あんたが気づいてあげたの、たぶん、正解だよ」


 いつもの、からかう調子じゃなかった。


「……お前、たまに、いいこと言うな」


「“たまに”は、余計」


 咲は、ふん、と鼻を鳴らして、また、アイスコーヒーを一口、飲んだ。


 そこで、咲が、思い出したように付け足した。


「あ、そうそう。……その“顔合わせ”の飲み、来週、あるらしいよ。部長と、麻衣さんの。二人で」


「……二人で?」


 俺の背筋が、冷たくなった。


 あの部長と、下戸の麻衣さんが。二人きりで、飲む。……冗談じゃない。


「……その飲み、俺も、行く」


「は?」


「なんとかして、同席する。……麻衣さんを、あんな奴と二人きりになんて、させられるか」


 咲が、きょとん、とした。それから、にやーっと、いつもの意地の悪い笑みを浮かべる。


「……ふうん。“上司として”、ねえ?」


「……っ、う、うるさい!」


 真っ赤になる俺を見て、咲は、けらけらと笑った。


(……笑うなよ。……でも)


 笑われようが、なんだろうが。


 あの人を守れ——例のミッションは、たぶん、こういうことだ。


 俺は、来週の飲み会に、なんとしても、もぐりこむと、心に決めた。



お読みいただきありがとうございました!

会社に自由に話せる同期がいると心強いですよね

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