↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
推し活のために退寮したら、隣の部屋(103号室)に「推し(本人)」が住んでいた。 ~推しすぎたせいか、心の声まで聞こえます~  作者: しまじろう
第3章|麻衣編 ――素直になれない、頼れる先輩――

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/66

第24話 頼れる先輩の、弱音

※本作はフィクションです。挿絵はすべて自作(AIで生成)です。

 俺の上司は、隙がない。


 麻衣さん——二つ上の、二十七歳。第一営業部で、俺の直属の上司だ。


 朝はいちばんに来て、夜はいちばん最後まで残る。難しい取引先も、こじれた案件も、気づけば涼しい顔でさばいている。後輩がミスをすれば、怒るより先に一緒に頭を下げてくれて、それでいて、次はどうすればいいかを、ちゃんと教えてくれる。うちの部署が回っているのは、半分くらい、この人のおかげだ。……いや、七割くらいかもしれない。


 誰からも頼られて、誰にでも手を差し伸べる。そういう人だった。


(……なのに)


 ここ数日、その麻衣さんの様子が、どうも、おかしい。


 ちなみに、俺には、会社の人間には言えない“裏の顔”がある。


 トップアイドル・華ちゃんの、十年来のファン。しかも今は、ひょんなことから、その華ちゃん本人の隣——ボロアパートの102号室に住み、彼女の“世話係”までやらされている。我ながら、どうかしていると思う。


 昼休み、スマホがぴこんと鳴った。華ちゃんからのLINEだ。


『今日、帰り遅い? 冷蔵庫のプリン、食べていいから』


 相変わらず、素っ気ないくせに、妙に世話焼きだ。俺は小さく笑って、スマホを伏せた。


 ……まあ、そっちの話は、ひとまず横に置いておくとして。問題は、目の前の、麻衣さんだ。


 ◇


 その日の夕方。フロアに残っているのは、俺と麻衣さんだけになっていた。


 麻衣さんは、さっきから同じ書類を、ぼんやりと眺めている。いつものてきぱきした手つきじゃない。ペン先が、さっきから一文字も進んでいない。


(……珍しいな。あの人が、手を止めるなんて)


 声をかけようか迷っていると、給湯室のほうから、ほかの部署の先輩たちの話し声が、切れ切れに聞こえてきた。


「——だからさ、麻衣さんの、海外の話」


「え、まじで? あの人、引き抜かれるの?」


「新しくできる海外事業部だってさ。……栄転だよなあ、普通に考えたら」


 海外。引き抜き。栄転。


 その単語が、俺の頭の中で、うまく像を結ばない。


(……麻衣さんが、海外に?)


 気づいたら、俺は、麻衣さんのデスクの前に立っていた。


「あの、麻衣さん。……その、海外の話って」


 麻衣さんの肩が、ぴくり、と揺れた。それから、いつもの余裕のある笑みで、こちらを見上げる。


「……耳が早いね、佐藤くん。もう出回ってるのか」


「本当、なんですか」


「まあね。内示、っていうやつ。正式に決まったわけじゃ、ないけど」


 栄転ですよね、と言いかけて、俺は口をつぐんだ。麻衣さんの目が、ちっとも、嬉しそうじゃなかったからだ。


「……あんまり、嬉しそうじゃない、ですね」


 言ってしまってから、しまった、と思う。だが麻衣さんは怒らなかった。ただ、手元の書類に目を落として、ぽつりと言った。


「……いま下についてくれてる子たち、まだ育ててる途中でしょ。あの案件も、途中まで来てて。ここで放り出すの、無責任だなって」


 いかにも、麻衣さんらしい理由だった。


「それに、ね」


 少し、声を落として。


「今回の話……なんていうか。私を“買ってくれてる”っていうより、こう、都合よく“連れていかれる”感じが、するんだよね。……うまく、言えないけど」


 私物化。俺の頭に、その言葉が浮かんだ。


 ◇


「これ、さっきの経費の。判子、もらえますか」


 俺が差し出した書類を、麻衣さんが受け取る。そのとき、紙の端で、指先が、ほんの少しだけ触れた。


 《……行きたく、ない……》


 ――聞こえた。


 いつか能力で聞いた、あの感覚。触れているあいだだけ、相手の心の声が流れ込んでくる。切れ切れの、短い断片。それでも、はっきりと。


 同時に、俺の視界のすみに、見慣れた数字が浮かんだ。


【麻衣:50%】


(……ごまかしてるけど。この人、本気で、行きたくないんだ)


 そして、続けて。


【新ミッション:麻衣の“本当の願い”を守れ】


(……また、お前か)


 例の、推しの神様のお告げだ。華ちゃんのとき以来の、新しいミッション。……華ちゃん以外にも、出るのかよ。


 もう一度、本音を聞こうと、俺は判子を受け取るふりをして、そっと指を近づける。だが。


 《…………》


 今度は、何も、聞こえなかった。手の甲の数字は、たしかに五十パーセント。なのに、いちばん奥の理由だけは——まるで、彼女自身が、蓋をしているみたいに、届いてこなかった。


(……いちばん大事なところだけ、聞かせてくれないのかよ)


 と、そこで。麻衣さんが、思い出したように、顔をしかめた。


「……あ。そういえば来週、歓迎会あるんだった。はぁ。行きたくないなあ、あれ」


「え、めずらしい。麻衣さん、飲み会、嫌いでしたっけ」


「嫌いっていうか……私、お酒、ほんとにだめなの。ひと口で、記憶なくすレベル。だから、ああいうの、なるべく避けてて」


(……ひと口で、記憶をなくす)


 なぜだろう。その情報が、やけに不吉に、頭の隅へ引っかかった。


 話を、戻す。


「……麻衣さん」


「ん?」


「なんで、そんなに、行きたくなさそうなんですか」


 単純で、まっすぐすぎる質問だった。


 麻衣さんは、一瞬、言葉に詰まって。それから、ふっと、寂しそうに笑った。


挿絵(By みてみん)


「……さあ。なんでだろうね」


 それきり、答えは返ってこなかった。


 いつも、俺たちの“なんで”に、ぜんぶ答えをくれる人が。自分の“なんで”にだけは、答えられずにいる。


(……この人の、本当の願いを守れ、か)


 視界のすみで、あのミッションの文字が、静かに点滅している。


(……柄にもないけど。今度は、俺が、この人の力になる番なのかもな)


 いつも支えてもらってばかりの、頼れる先輩の、初めて見た弱気。


 それを俺は、どうしても、放っておけそうになかった。


お読みいただきありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。