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推し活のために退寮したら、隣の部屋(103号室)に「推し(本人)」が住んでいた。 ~推しすぎたせいか、心の声まで聞こえます~  作者: しまじろう
第2章|華編Ⅱ ――ふたりだけの、やり残した青春 ――

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幕間・華side ひとりの夜

華視点のエピソードです

 夜の、十一時。


 仕事から帰って、シャワーを浴びて。あとは、明日の台本を読むだけ――のはずだった。


 なのに私は、さっきから、同じページを三回も読み返している。


 ……集中できない。理由は、わかってる。わかってるけど、認めたくない。


 ぱたん、と台本を閉じて、私は畳の上に、ごろんと寝転がった。ゆるいTシャツの裾がはだけて、おなかに夜風が触れる。……こんな恰好、あいつが見たら、また顔を真っ赤にして「む、無防備です!」とか言うんだろうな。


 ――って。


 なんで今、あいつのこと、考えてんの。


 私は、ぱっと起き上がった。


 ……壁の、あの穴。可愛い紙で塞いだ、小さな穴。その向こうから、かすかに、物音が聞こえる。


 かちゃ、かちゃ。……食器を洗う音。それから、下手くそな鼻歌。


 ……ばか。こんな夜中に、洗い物なんて。ほんと、まめっていうか、貧乏性っていうか。


 なのに。そのなんでもない音を聞いてるだけで、私の心臓は、なんで、こんなにうるさいわけ。


(……はあ。……重症だ、これ)


 私は、机の引き出しを、そっと開けた。


 中には、几帳面に折られた、小さな紙のお守り。……原付試験の朝、あいつがくれた、あれだ。中の覚え書きは、もう暗記するほど読んだ。それでも、捨てられない。


『だいじょうぶ。ぜんぶ、やってきた』


 ……なにこれ。字、下手だし。文章も、ダサいし。


 なのに、どうして私は、これをこんなに大事に、しまってるんだろう。


 こっそり、鼻先に近づけてみる。……別に。匂いなんて、しないけど。


(――って、私、なにやってんの!!)


 あわてて引き出しを閉めて、私は、窓辺の金魚鉢に、目をやった。


 祭りで、あいつが「がんばったから」って私に持たせてくれた、小さな赤い金魚が、ぷく、ぷく、と泳いでいる。


「……ねえ。あんたの名前、どうしよっか」


 金魚に話しかける。……我ながら、末期だ。


 ふと、頭に浮かんだ名前を、慌てて打ち消す。……や、やだ。なんで、あいつの名前が、出てくるの。金魚に、あいつの名前つけて、どうすんの、私。


 机には、問題集に貼られたままの、あいつの付箋。『無理は、しないでくださいね。試験、俺も、応援してます』。


 ……ほんと、お節介。頼んでないのに。


 でも、あいつは、いつもそうだ。私が辛口に突き放しても。無茶な“やり直し”に付き合わされても。文句を言いながら、結局、全部、本気でやってくれる。


 ……それに。


 時々あいつ、私に触れると、変な顔をするんだよね。手が触れた瞬間、雷に打たれたみたいに、びくっとして。顔を、真っ赤にして。


(……なんなの、あれ。……もしかして、私に触るの、いや、とか?)


 ――ちがう。そんなわけ、ない。だって、あいつの目は、いつもまっすぐ、私を見てる。……アイドルの“華”じゃなくて。ただの、私を。


 ……はあ。だめだ。考えれば考えるほど、ドツボにはまる。


 私は、洗面所の鏡の前に立った。


 風呂上がりの、上気した肌。ゆるんだ襟から覗く、鎖骨。……この間の浴衣を、思い出す。麻衣さんの、浴衣。胸のところが、余ってた、あれ。


 鏡の中の、自分の胸を見下ろして。


「……むむむ」


挿絵(By みてみん)


 ……別に。負けてないし。……でも、なんか、あの麻衣さんの、余裕そうな笑顔を思い出すと。……むむむ、って、なる。


 なんで私が、こんなこと気にしなきゃ、いけないの。……ぜんぶ、あいつのせいだ。あいつが、あんな浴衣、借りてくるから。


 ――って。また、あいつ。


 私は、ぺたん、と壁に背中を預けた。


 すぐ向こう側に、あいつがいる。壁一枚、隔てて。手を伸ばせば、届きそうで。……届かない。


 そっと、あの穴のあたりに、手のひらを当ててみる。


 ……ねえ。


 私、たぶん、あんたのこと――。


 その先の言葉が、喉まで出かかって。


 ……だめ。


 私は、ぎゅっと口をつぐんだ。


 言っちゃ、だめだ。その言葉だけは。……私は、恋愛禁止の、トップアイドル。それを言った瞬間、私は、私の“花火”を――たくさんの人を照らす、あの光を、失うかもしれない。あいつだって、巻き込む。


 だから。……この気持ちには、名前をつけない。つけたら、きっと、もう、戻れなくなる。


 私は、そう決めて。手を、そっと、壁から離した。


 と、その時。壁の向こうから、あいつの、素っ頓狂な声が響いてきた。


「――っ、うそだろ!? 来月、華ちゃんの、単独ライブ! ま、まじか……! チケット、絶対、取らなきゃ……! 最速先行、いつからだ!? う、うわ、ペンライトの電池、買っとかないと……!」


 ……ばか。


 こっちが、こんなに真剣に悩んでるっていうのに。あいつは、壁の向こうで、ひとりで大騒ぎしてる。


 しかも。……その、あんたが夢中になってる“華ちゃん”は。今、壁一枚こっち側で、あんたのことばっかり考えて、百面相してる、私なんですけど。


 私は、思わず、ふ、と笑ってしまった。


 ……うん。それでいい。あんたは、ずっと、そうやって。なんにも気づかないで。私の隣に、いて。


「……おやすみ、和馬」


 小さく、名前を呼んでみる。――本人に、聞こえないところで、だけ。


 金魚鉢の赤い金魚が、ぷく、と、ひとつ、泡を吐いた。


 まるで、私の、言えない気持ちの、かわりみたいに。




お読みいただきありがとうございました。

次から麻衣編突入します!

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