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推し活のために退寮したら、隣の部屋(103号室)に「推し(本人)」が住んでいた。 ~推しすぎたせいか、心の声まで聞こえます~  作者: しまじろう
第2章|華編Ⅱ ――ふたりだけの、やり残した青春 ――

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第23話 水着グラビアと、言えない気持ち

※本作はフィクションです。挿絵はすべて自作(AIで生成)です。

 花火まつりから、数日が過ぎた。


 あの夜の、繋いだ手の熱も。かき消された、あと一言の続きも。俺の中では、まだ、ちっとも冷めていなかった。


(……“君のこと、ほんとは、ずっと”。……あの続きは、いったい、なんだったんだ)


 考えても、答えは出ない。ただ、悶々とするばかりだ。


 あんまり悶々としすぎて、会社では、コピー機に、同じ書類を三回も吸い込ませた。隣の席の同僚に、真顔で「佐藤……お前、恋か?」と心配される始末だった。


(……いや、まあ。否定は、できないんだけど)


 そんな、ある日の夜だった。


 俺のスマホに、めったに来ない相手から、一通のメッセージが届いた。


『佐藤和馬さん。少し、お話が。今から、203号室まで、来られますか』


 ――怜子さん。華ちゃんの、マネージャーだ。


(な、なんだ、いったい……。俺、なにか、やらかしたか?)


 ---


 203号室のドアを開けた怜子さんは、いつものように、隙のないスーツ姿だった。……けれど、その顔には、めずらしく、疲れの色が滲んでいた。


「わざわざ、すみません。……どうぞ、座って」


 勧められるまま、俺は緊張しながら腰を下ろす。


 怜子さんは、しばらく、言葉を選ぶように黙って。それから、意を決したように切り出した。


「……華に、水着グラビアの話が、来ています」


「――え」


 水着、グラビア。……清純派で売ってきた、あの華ちゃんに。


「事務所は、乗り気です。話題性も、売上も、見込める。“大人の華”への脱皮だ、と。上は、そう言っています」


「……華ちゃんは、なんて」


「迷っています。……あの子は、ああ見えて、責任感が強い。事務所の期待に応えなきゃ、とも思っている」


 怜子さんは、そこで、いったん言葉を切って。


 そして――信じられないことに。


 深々と、頭を、下げた。


「お願いします。……あなたから、華に、あのグラビアを、断るよう、説得してもらえませんか」


「……っ!? れ、怜子さん、頭を上げてください!」


 いつも俺を目の敵にして、「華に近づくな」と牽制してきた、あの怜子さんが。今、俺に、頭を下げている。


「なんで、俺なんかに……」


「……あなたが、いちばん、あの子の素顔を、知っているから」


 怜子さんの声が、わずかに震えた。


「私は、知っているんです。ああいう仕事は、一度受けたら、もう後戻りできない。“そういう売り方”の子だと、世間に思われてしまう。……清純派の華が、本当に大事にしてきたものが、崩れてしまう」


 その口ぶりには、単なるマネージャーとしての計算を超えた、なにかがあった。


(……この人、なんで、こんなに必死なんだ)


 思わず、俺は、差し出された怜子さんの手に、支えるように、手を添えていた。


 その、瞬間。


 《……もう、二度と……》


 ――聞こえた。ほんの、単語の切れはしだけ。いつもは、ノイズしか拾えなかった怜子さんの声が、初めて、意味のある言葉になって。


 手の甲に、うっすらと。


【怜子:21%】


(……怜子さんの、数字が。……ほんの少しだけど、動いてる)


「……昔、私の後輩にね」


 俺の内心を知ってか知らずか、怜子さんは、ぽつりと言った。


「同じような岐路で、事務所に言われるまま進んで。……そのまま、消えていった子が、いたんです。私は、止められなかった。……だから、もう二度と。あなたには――華には、同じ思いを、させたくない」


 “あなたには”。……その一言に、怜子さん自身の、消えた過去の影が、揺れた気がした。


 だが、それ以上は、怜子さんは、語らなかった。


 ---


 その夜、俺は、隣の103号室を訪ねた。


 華ちゃんは、部屋の真ん中で、送られてきたらしい水着の衣装を、指先でつまんで、ためつすがめつ、眺めていた。淡い色の、ずいぶんと布地の少ない、その衣装を。


「……あ。君か」


 俺の視線が、つい、その水着に吸い寄せられたのを、華ちゃんは、目ざとく見つけた。にやり、と口の端を上げる。


「……なに、じっと見てるわけ? その水着」


「えっ、あ、いや、これは、その」


「ふぅーん。……むっつり」


「ちがっ……! だ、断じて、ちがいます!」


 華ちゃんは、くすくす笑いながら、その淡い色の布地を、自分の体の前に、ひらり、と当ててみせた。


挿絵(By みてみん)


「どう? ……こういうの、私が着たら。君、鼻血、出しちゃうんじゃない?」


「――ぶっ」


 あまりに不意打ちで、俺は、変な声を出す。素顔のときの華ちゃんは、こういう、意地の悪い悪戯を、平気で仕掛けてくるのだ。


(ぼ、煩悩退散……! 煩悩、退散っ……!)


 俺が、必死に目をそらすと、華ちゃんは、してやったり、と満足げに笑った。


 ――だが。


 その笑みは、続かなかった。水着を持つ手が、ふ、と止まって。それを、そっと、畳の上に、下ろす。


「……その、グラビアの、話」


「……怜子から、聞いたんだ」


 華ちゃんは、ふう、と息をついて、衣装を、そっと畳んだ。


「別に。……仕事だし。求められてるうちが、華、でしょ。……やってみても、いいかなって」


 その言葉とは裏腹に。指先が、衣装の端を、きゅっと握りしめている。


 俺は、思わず、口を開いていた。


「……無理は、しないでください」


「え」


「華ちゃんが、本当にやりたいなら。俺は、応援します。……でも、事務所に言われたから、期待に応えなきゃ、っていう理由なら。……そんなの、華ちゃんが、いちばん大事にしてきたものを、削ってまで、やることじゃ、ないと思います」


 ――柄にもなく、必死だった。


 華ちゃんは、しばらく、きょとん、と俺を見て。それから、ふ、と、目もとをやわらげた。


 その手が、そっと、俺の手に、重ねられる。


 《…………》


 ――聞こえない。


 いや、ちがう。手の甲の数字は、たしかに、高いのに。


【華:68%】


 なのに、いちばん聞きたいはずの、その声だけが。まるで、彼女自身が、必死に蓋をしているみたいに――届いてこなかった。


「……ねえ、君」


「はい」


「……なんで、君は。そんなに、私のこと、わかっちゃうのかな」


 華ちゃんの声が、少しだけ、湿っていた。


 ――そのとき。俺は、たしかに見た。


 いつも辛口で、計算高くて、隙のない、あの華ちゃんが。俺の前で、迷子みたいに、心を揺らしているのを。


 華ちゃんは、なにか言いかけて。


 口を、開いて。


 ――でも、その先を、飲み込んだ。


「……ううん。なんでも、ない」


 ぎゅっと唇を噛んで、彼女は、無理やり、いつもの笑みを作った。……でも、それは、うまく笑えていなかった。いつか見た、あの泣きそうな横顔に、よく似ていた。


(……華ちゃん。……なにを、言おうとしたんだ)


 俺には、わからなかった。能力でも、聞こえなかった。


 だが――たぶん、そのとき。華ちゃんは、自分の心の中に、芽生えてしまったなにかに、はっきりと、気づいてしまったのだ。


 そして、それが。恋愛禁止のトップアイドルには、口にしてはいけない言葉だということも。


 ---


 数日後。


 テレビの中の華ちゃんは、いつも通り、天使みたいな笑顔で、歌って、踊っていた。


 水着グラビアの返事は、まだ保留のまま。本名の“花火”に込められた、その先の物語も。麻衣さんの、あの日の、静かな翳りも。怜子さんの、消えた過去も。……なにひとつ、答えは、出ていない。


 でも。


 俺だけが知っている、あの素顔には。もう以前とは、少しだけ違う色が、差している。


(……俺は、この人の隣で。この先も、この、聞こえない声の続きを、探していくんだろうな)


 繋いだ手の、あの熱を思い出しながら。俺は、そっと、そう思った。


 ――と。


 しんみりした空気を、ぶち壊すみたいに。ポケットの中で、スマホが、ぶるっと震えた。華ちゃんからの、LINEだ。


『さっきのは、ぜんぶ忘れて。あと、明日の朝ごはん、君んち行くから、用意しといて。卵は半熟ね』


「……いや、なんで、そうなるんですか」


 思わず、声に出して、つっこんでしまう。あんなに、泣きそうな顔をしていたくせに。もう、いつもの、傍若無人な華ちゃんに、戻っている。


『先輩命令。以上』


(……先輩って、なんの先輩だ)


 呆れながら、俺は、ぷっと吹き出した。……そして、気づく。この、理不尽な一言に。俺は、なぜだか、ほっと、していることに。


 ――たぶん、これも。彼女なりの、“言えない気持ち”の、ごまかし方なのだろう。


 半熟卵の焼き加減を、スマホで検索しはじめている自分に気づいて、俺は、苦笑した。……我ながら、ちょろい。


 ――だが。物語は、俺の思うようには、進んでくれない。


 次に、俺の平穏を揺るがしにくるのは。


 壁一枚、隣でもない。上の階でもない。……いちばん手前の、101号室。


 あの、麻衣さんの、“もやっと”の正体だった。

一旦こちらで華編が終わりとなります。

心を開きつつある華ですが、今後の展開に期待してください。

アパートの住民も結構いるので、どういう展開が望ましいか試行錯誤していますが

次は和馬の先輩である麻衣編に移ります!




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