第23話 水着グラビアと、言えない気持ち
※本作はフィクションです。挿絵はすべて自作(AIで生成)です。
花火まつりから、数日が過ぎた。
あの夜の、繋いだ手の熱も。かき消された、あと一言の続きも。俺の中では、まだ、ちっとも冷めていなかった。
(……“君のこと、ほんとは、ずっと”。……あの続きは、いったい、なんだったんだ)
考えても、答えは出ない。ただ、悶々とするばかりだ。
あんまり悶々としすぎて、会社では、コピー機に、同じ書類を三回も吸い込ませた。隣の席の同僚に、真顔で「佐藤……お前、恋か?」と心配される始末だった。
(……いや、まあ。否定は、できないんだけど)
そんな、ある日の夜だった。
俺のスマホに、めったに来ない相手から、一通のメッセージが届いた。
『佐藤和馬さん。少し、お話が。今から、203号室まで、来られますか』
――怜子さん。華ちゃんの、マネージャーだ。
(な、なんだ、いったい……。俺、なにか、やらかしたか?)
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203号室のドアを開けた怜子さんは、いつものように、隙のないスーツ姿だった。……けれど、その顔には、めずらしく、疲れの色が滲んでいた。
「わざわざ、すみません。……どうぞ、座って」
勧められるまま、俺は緊張しながら腰を下ろす。
怜子さんは、しばらく、言葉を選ぶように黙って。それから、意を決したように切り出した。
「……華に、水着グラビアの話が、来ています」
「――え」
水着、グラビア。……清純派で売ってきた、あの華ちゃんに。
「事務所は、乗り気です。話題性も、売上も、見込める。“大人の華”への脱皮だ、と。上は、そう言っています」
「……華ちゃんは、なんて」
「迷っています。……あの子は、ああ見えて、責任感が強い。事務所の期待に応えなきゃ、とも思っている」
怜子さんは、そこで、いったん言葉を切って。
そして――信じられないことに。
深々と、頭を、下げた。
「お願いします。……あなたから、華に、あのグラビアを、断るよう、説得してもらえませんか」
「……っ!? れ、怜子さん、頭を上げてください!」
いつも俺を目の敵にして、「華に近づくな」と牽制してきた、あの怜子さんが。今、俺に、頭を下げている。
「なんで、俺なんかに……」
「……あなたが、いちばん、あの子の素顔を、知っているから」
怜子さんの声が、わずかに震えた。
「私は、知っているんです。ああいう仕事は、一度受けたら、もう後戻りできない。“そういう売り方”の子だと、世間に思われてしまう。……清純派の華が、本当に大事にしてきたものが、崩れてしまう」
その口ぶりには、単なるマネージャーとしての計算を超えた、なにかがあった。
(……この人、なんで、こんなに必死なんだ)
思わず、俺は、差し出された怜子さんの手に、支えるように、手を添えていた。
その、瞬間。
《……もう、二度と……》
――聞こえた。ほんの、単語の切れはしだけ。いつもは、ノイズしか拾えなかった怜子さんの声が、初めて、意味のある言葉になって。
手の甲に、うっすらと。
【怜子:21%】
(……怜子さんの、数字が。……ほんの少しだけど、動いてる)
「……昔、私の後輩にね」
俺の内心を知ってか知らずか、怜子さんは、ぽつりと言った。
「同じような岐路で、事務所に言われるまま進んで。……そのまま、消えていった子が、いたんです。私は、止められなかった。……だから、もう二度と。あなたには――華には、同じ思いを、させたくない」
“あなたには”。……その一言に、怜子さん自身の、消えた過去の影が、揺れた気がした。
だが、それ以上は、怜子さんは、語らなかった。
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その夜、俺は、隣の103号室を訪ねた。
華ちゃんは、部屋の真ん中で、送られてきたらしい水着の衣装を、指先でつまんで、ためつすがめつ、眺めていた。淡い色の、ずいぶんと布地の少ない、その衣装を。
「……あ。君か」
俺の視線が、つい、その水着に吸い寄せられたのを、華ちゃんは、目ざとく見つけた。にやり、と口の端を上げる。
「……なに、じっと見てるわけ? その水着」
「えっ、あ、いや、これは、その」
「ふぅーん。……むっつり」
「ちがっ……! だ、断じて、ちがいます!」
華ちゃんは、くすくす笑いながら、その淡い色の布地を、自分の体の前に、ひらり、と当ててみせた。
「どう? ……こういうの、私が着たら。君、鼻血、出しちゃうんじゃない?」
「――ぶっ」
あまりに不意打ちで、俺は、変な声を出す。素顔のときの華ちゃんは、こういう、意地の悪い悪戯を、平気で仕掛けてくるのだ。
(ぼ、煩悩退散……! 煩悩、退散っ……!)
俺が、必死に目をそらすと、華ちゃんは、してやったり、と満足げに笑った。
――だが。
その笑みは、続かなかった。水着を持つ手が、ふ、と止まって。それを、そっと、畳の上に、下ろす。
「……その、グラビアの、話」
「……怜子から、聞いたんだ」
華ちゃんは、ふう、と息をついて、衣装を、そっと畳んだ。
「別に。……仕事だし。求められてるうちが、華、でしょ。……やってみても、いいかなって」
その言葉とは裏腹に。指先が、衣装の端を、きゅっと握りしめている。
俺は、思わず、口を開いていた。
「……無理は、しないでください」
「え」
「華ちゃんが、本当にやりたいなら。俺は、応援します。……でも、事務所に言われたから、期待に応えなきゃ、っていう理由なら。……そんなの、華ちゃんが、いちばん大事にしてきたものを、削ってまで、やることじゃ、ないと思います」
――柄にもなく、必死だった。
華ちゃんは、しばらく、きょとん、と俺を見て。それから、ふ、と、目もとをやわらげた。
その手が、そっと、俺の手に、重ねられる。
《…………》
――聞こえない。
いや、ちがう。手の甲の数字は、たしかに、高いのに。
【華:68%】
なのに、いちばん聞きたいはずの、その声だけが。まるで、彼女自身が、必死に蓋をしているみたいに――届いてこなかった。
「……ねえ、君」
「はい」
「……なんで、君は。そんなに、私のこと、わかっちゃうのかな」
華ちゃんの声が、少しだけ、湿っていた。
――そのとき。俺は、たしかに見た。
いつも辛口で、計算高くて、隙のない、あの華ちゃんが。俺の前で、迷子みたいに、心を揺らしているのを。
華ちゃんは、なにか言いかけて。
口を、開いて。
――でも、その先を、飲み込んだ。
「……ううん。なんでも、ない」
ぎゅっと唇を噛んで、彼女は、無理やり、いつもの笑みを作った。……でも、それは、うまく笑えていなかった。いつか見た、あの泣きそうな横顔に、よく似ていた。
(……華ちゃん。……なにを、言おうとしたんだ)
俺には、わからなかった。能力でも、聞こえなかった。
だが――たぶん、そのとき。華ちゃんは、自分の心の中に、芽生えてしまったなにかに、はっきりと、気づいてしまったのだ。
そして、それが。恋愛禁止のトップアイドルには、口にしてはいけない言葉だということも。
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数日後。
テレビの中の華ちゃんは、いつも通り、天使みたいな笑顔で、歌って、踊っていた。
水着グラビアの返事は、まだ保留のまま。本名の“花火”に込められた、その先の物語も。麻衣さんの、あの日の、静かな翳りも。怜子さんの、消えた過去も。……なにひとつ、答えは、出ていない。
でも。
俺だけが知っている、あの素顔には。もう以前とは、少しだけ違う色が、差している。
(……俺は、この人の隣で。この先も、この、聞こえない声の続きを、探していくんだろうな)
繋いだ手の、あの熱を思い出しながら。俺は、そっと、そう思った。
――と。
しんみりした空気を、ぶち壊すみたいに。ポケットの中で、スマホが、ぶるっと震えた。華ちゃんからの、LINEだ。
『さっきのは、ぜんぶ忘れて。あと、明日の朝ごはん、君んち行くから、用意しといて。卵は半熟ね』
「……いや、なんで、そうなるんですか」
思わず、声に出して、つっこんでしまう。あんなに、泣きそうな顔をしていたくせに。もう、いつもの、傍若無人な華ちゃんに、戻っている。
『先輩命令。以上』
(……先輩って、なんの先輩だ)
呆れながら、俺は、ぷっと吹き出した。……そして、気づく。この、理不尽な一言に。俺は、なぜだか、ほっと、していることに。
――たぶん、これも。彼女なりの、“言えない気持ち”の、ごまかし方なのだろう。
半熟卵の焼き加減を、スマホで検索しはじめている自分に気づいて、俺は、苦笑した。……我ながら、ちょろい。
――だが。物語は、俺の思うようには、進んでくれない。
次に、俺の平穏を揺るがしにくるのは。
壁一枚、隣でもない。上の階でもない。……いちばん手前の、101号室。
あの、麻衣さんの、“もやっと”の正体だった。
一旦こちらで華編が終わりとなります。
心を開きつつある華ですが、今後の展開に期待してください。
アパートの住民も結構いるので、どういう展開が望ましいか試行錯誤していますが
次は和馬の先輩である麻衣編に移ります!




