第3話 破滅の時。
――7月7日。
その日は、平和だった世界が終わりを迎える日となった。
その先に待つ日々は、今までのように誰もが笑い合える世界ではない。生きるためには他者から奪うという力こそが基準となり、人類が長い年月をかけて築き上げてきた秩序は、突如として世界に現れた"塔"によって無残にも破壊されるのであった。
7月7日の0時00分を迎え、日付が切り替わったその瞬間だった。
夜空を覆うように、今まで誰一人として見たこともない巨大な塔が、まるで豪雨のように世界へ降り注いだ。それは海や山、草原、火山といった自然の中だけではなく、人々が暮らす街や村にまで容赦なく落下し、その場所がどこであろうと一切関係なかった。
当然、人口が密集する街へ巨大な塔が降れば、その先に待つ結末など誰にでも想像がつく。
塔は高層ビルを紙細工のように押し潰し、衝撃によって周囲の建物まで次々と倒壊していく。さらにガス管や送電設備が破壊されたことで至る所で爆発が連鎖し、立ち昇る黒煙と炎が街を覆い尽くす中、被害は瞬く間に拡大していった。
救急隊や消防隊は一秒でも早く命を救おうと現場へ急行するが、あまりにも広範囲に及ぶ被害の前では到底人手が足りない。
瓦礫の下からは助けを求める悲鳴が絶え間なく響き渡り、死亡者の数は刻一刻と増え続ける一方で、政府も事態の深刻さを受け、全国へ自衛隊を緊急派遣するとともに、一人でも多くの負傷者を救うため各地へ仮設病院の設置を急いだ。
さらにテレビやラジオ、You〇ubeなど、利用できるあらゆる情報媒体を総動員し、人々へ避難を呼び掛ける緊急放送が昼夜を問わず流され続ける。
そうした迅速な対応によって被害の拡大はある程度食い止められ、犠牲者や負傷者の増加もようやく落ち着きを見せ始めた。人々がほんの僅かに安堵の息を漏らした、その時だった。
世界中へ降り注いだ塔の中でも、ひときわ巨大な塔が突如として眩い光を放つ。
次の瞬間、大地が激しく震え始めた。
人々は新たな地震が発生したのかと身構えるが、その揺れは数秒で収まった。誰もが胸を撫で下ろそうとした矢先、その揺れこそが本当の絶望の始まりを告げる合図でもあった。
世界各地に存在する塔のうち、一番巨大な塔と二番目に巨大な塔を除いた中規模・小規模の塔から誰も見たことのない異形の生物たちが一斉に解き放たれると、咆哮を上げながら人間へと襲い掛かったのである。
自衛隊や警察は火器を用いて必死に迎撃を開始する。
銃弾は確かに命中していた。しかし、その異形たちは人間の常識を超えた生命力を持ち、火器だけでは致命傷にならず、倒れてもなお立ち上がって前進を続けてくる。
それでも幾度となく積み重ねられた訓練によって培われた連携は崩れず、兵士たちは互いを援護しながら何とか前線を維持し続けたが、それも時間の問題であることは、最前線で戦う誰もが理解していた。
そこで政府は、極秘裏に開発を進めていた切り札を投入する決断を下す。
それは高度なAIによって完全統制され、日本が誇る最先端技術の全てを注ぎ込んで開発されたロボット兵団であった。
強力な武装を備えているだけではなく、敵の脅威レベルに応じて鎮圧から抹殺まで瞬時に判断し、さらに味方からの誤射を受けても戦闘を継続できるほどの耐久性まで兼ね備えている。
ロボット兵団が戦場へ投入されると、それまで劣勢だった戦況は一気に覆り、日本側は徐々に押し返し始めた。その隙を逃さず、政府は元凶である塔そのものを破壊する計画を実行へ移す。
未知の危険生物を際限なく生み出し続ける塔を、このまま放置する訳にはいかなかった。
戦闘機部隊による大規模な連続爆撃が実施され、爆炎と衝撃波が塔を飲み込む。その光景を見た誰もが成功を確信したが、煙が晴れた先に姿を現した塔は傷一つなく、依然としてその場にそびえ立っていた。
そして攻撃を受けた一番巨大な塔から、人なら映画や漫画で一度は目にしたことがある伝説の存在"ドラゴン"が解き放たれる。
ドラゴンは圧倒的だった。
空を舞い、戦闘機を炎で焼き払い、戦車を爪で引き裂き、逃げ惑う兵器という兵器を容赦なく破壊していく。その猛威はロボット兵団すら例外ではなく、強固な装甲を誇る機体でさえ、一撃のブレスによって次々と爆散した。
やがてドラゴンは日本政府の象徴とも言える国会議事堂へ視線を向けると、口内で膨れ上がった灼熱の炎を一気に吐き出す。
轟音とともに放たれたブレスは国会議事堂を跡形もなく吹き飛ばし、その余波だけで周囲の建物までも炎に包み込み、一帯は燃え盛る地獄絵図へと変わり果てた。
こうして日本は塔に敗北した。
だが、敗北したのは日本だけではない。アメリカも、ロシアも、中国も、イギリスも――世界中のあらゆる国が塔の前に屈した。
それは人類の敗北を意味していた。
しかし、それでも世界はまだ滅亡してはいなかった。
塔との戦いに敗れたその時から、人類一人一人の身体には特殊な力が目覚め始める。そして人々は小さく、か細い希望ではあったが、その新たな力を手に、滅びゆく世界へ抗うための最初の一歩を踏み出すのだった。




