第25話 意味深な表現。
俺は強化ポーションの制作に成功したことで一気にテンションが高まり、思わず部屋の外まで聞こえそうな声で喜んでしまった。
その声を聞きつけたのだろう、しばらくすると廊下から足音が近づいてきて、様子を確認するように凪が部屋へと顔を覗かせた。
「お、お兄ちゃん‥‥どうした――なっ!!」
何事かと尋ねようとしていた凪だったが、部屋に入って俺の姿を目にした途端、言葉を最後まで言い切ることなく大きく目を見開き、その場で驚きのあまり固まってしまった。
「ど、どうしたの!?その体!?」
そう。今の俺は強化ポーションの効果によって、普段のヒョロヒョロとした体からは想像も出来ないほど筋肉が膨れ上がり、まるで何年も本格的なトレーニングを続けてきたかのようなムキムキのマッチョへと変貌している。
ついさっきまで細かった兄が突然こんな姿になっていれば、驚かない方が無理というものだ。
「実はな‥‥強化ポーションの制作に成功したんだ!!そして、それを飲んだらこうなった!!」
「えーー!!すごいじゃん!!ずっと出来ないって悩んでいたのに!!どうやったの?」
凪は俺の変わり果てた姿と顔を交互に見ながら興奮気味に尋ねてきたので、俺は強化ポーションが完成するまでの経緯を最初から順番に説明していった。
「へぇ~~なるほどね。確かに既存の飲み物と合わせるのは、考えの外にあったね。よく思いついたね!!凄いよ、お兄ちゃん!!」
「そうだろう~~凄いだろ!!」
凪にこれでもかというほど褒められたことで、俺も嬉しくなってしまい、得意げに胸を張りながら素直に照れてしまう。
そんな俺を見ていた凪だったが、少しすると何かを気にするように視線を俺の体へと向け、ゆっくり近づいて来ると、凄く言いづらそうに口を開いた。
「あのね。もしお兄ちゃんがいいならだけど‥‥少しだけ体を触ってもいいかな?少し感触が気になるっていうかね。」
あーなるほどな。バラエティー番組とかでも筋肉ムキムキの人が出ていたりすると、共演者がその筋肉を触って硬さを確かめることがあるし、普段とはまるで違う体になっているんだから気になるのも当然か。
まぁ、俺の場合は努力して鍛え上げた本物じゃなくて、強化ポーションによって一時的に作られた偽物だけどな。
そんなことを考えながら「いいぞ」と返事をすると、凪は「やった!!」と小さく喜び、興味津々といった様子で俺の腕や肩、それから大きく盛り上がった胸筋へと手を伸ばして触り始めた。
「うわ~~固いね。筋肉ってこんなに固いんだ。それにとっても大きいね。」
何とも言えない表現ではある。
凪本人は純粋に筋肉の感触に驚いているだけなのだろう。指先で軽く押してみたり、手のひら全体で硬さを確かめたりと、初めて触れるものを確かめるように何度もぺたぺたと触っている。
もし凪の言葉に筋肉という言葉がついていなければ、あっちと勘違いされてもおかしくないし、それに胸筋を中心に触ってくるのも相まって、なんか変な気分になる。
いや!!俺は何を考えているんだ!!相手は妹だぞ!!
余計なことを考えそうになった自分を戒めるように勢いよく首を左右に振り、頭の中に浮かびかけた邪念を強引に追い払う。
そんな俺の内心など知るはずもない凪は、その間も興味深そうに俺の筋肉をぺたぺたと触り続けていたのだが――バフッ!!
突然、空気が抜けるような音が響いたかと思えば、それまで大きく膨れ上がっていた筋肉が見る見るうちに萎んでいき、僅か数秒ほどで俺の体は見慣れたいつもの細い姿へと戻ってしまった。
「どうやら効果切れだな。」
強化ポーションの効果時間はこれくらいだったのかと、自分の体を見下ろしながらそう口にした――その瞬間だった。
「っ――!?」
全身を内側から一気に引き裂かれたような、今まで感じたこともない凄まじい激痛が走り抜けた。
あまりにも突然のことで立っていることすら出来ず、膝から力が抜けた俺はそのまま床へと倒れ込んでしまう。
「いたああああああああいいいい!!!」
思わず喉が張り裂けそうなほどの悲鳴が飛び出す。
その痛みは以前ゴブリンに刺された時よりも遥かに強烈で、全身の筋肉という筋肉に雷を直接流し込まれているかのような衝撃が絶え間なく襲い続け、少し体を動かそうとするだけでも痛みがさらに跳ね上がった。
「お兄ちゃん!!大丈夫!?一体どうしたの!?」
突然床へ倒れ込んだ俺を見て、凪も顔色を変えながら慌てて駆け寄ってくる。しかし、俺は返事をする余裕すらほとんどなく、全身を襲い続ける激痛に耐えながら震える声を絞り出した。
「な、ななな凪!!か、か、回復のポーションを取ってくれ!!大の奴を!!」
「わ、分かった!!」
凪は弾かれたように立ち上がると、急いで回復ポーションを手に取り、床に倒れている俺のところまで戻って飲ませてくれた。
液体が喉を通り抜けていくと同時にポーションの効果が全身へと広がり、それまで俺を苦しめていた凄まじい痛みが嘘だったかのように綺麗さっぱり消えていく。
「はぁ‥‥はぁ‥‥死ぬかと思った。」
激痛から解放された俺は床に寝転がったまま荒い呼吸を繰り返し、ようやく体から力を抜いた。そんな俺の傍らでは、凪が心配そうな表情を浮かべながらこちらを覗き込んでいる。
「一体どうしたの?何があったの?もしかして副作用?」
「まぁ、副作用と聞かれたらそうだな。まさか、ここまで凄まじいものが来るなんてなぁ。自分の運動不足を心から呪うよ。」
強化ポーションを飲んでいる間、俺自身にはほとんど自覚がなかったが、あれだけ強化された肉体を使えば当然それだけ筋肉にも負荷が掛かっていたのだろう。
それも普段から鍛えている人間ならともかく、俺はまともな運動すらしていなかったのだから、その反動が一気に押し寄せればどうなるかなど考えるまでもなかった。
そう。先程の痛みの正体は‥‥男女関係なく生きていれば誰でも一度は絶対に経験するであろう、激しい運動をした後に襲ってくるもの。
それは――筋肉痛だ。




