第21話 私のお兄ちゃん。
私は兄‥‥お兄ちゃんが大好きだ。
お兄ちゃんは昔からいつも優しくて、分からないことがあれば何でも教えてくれたし、困っていれば当たり前のように手を差し伸べてくれた。
そんなお兄ちゃんの背中を追いかけながら育った私は、いつしか兄として尊敬するだけでは足りないほど、お兄ちゃんのことを一人の異性として好きになっていた。
その気持ちに気付いたのは、確か私が小学3年生ぐらいだったと思う。
当時の私は性の知識なんてほとんど持っていなくて、好きな人とは大人になれば結婚出来るものだと単純に信じていた。
だから血の繋がった兄妹でも結婚出来ると本気で思っていたし、学校で将来の夢について作文を書いた時には、迷うことなく『お兄ちゃんのお嫁さんです』と書くほどだった。
それが叶わない夢なのだと知ったのは、そこから一年が過ぎた小学4年生の時だった。
4年生に上がってもお兄ちゃんへの気持ちは少しも変わらず、学校から帰ればお兄ちゃんの後ろをずーーっとべったりとくっついて回るような毎日を送っていると、ある日に同じクラスの男子に呼び出された。
緊張した顔で真っ直ぐ私を見つめながら告白された。
「ずっと好きだった。」
突然の告白で人生で初めての告白を受けた。
でも私の心は全く揺れることはなかった。だって、私にはお兄ちゃんがいたから、私は少しも迷うことなく『お兄ちゃんと結婚するから無理です』と答えた。
すると、その男子は驚いたように目を見開いたあと、何を言っているんだとでも言いたげな顔で私に言い返してきた。
「血の繋がった兄妹で結婚出来るわけがないだろ!?」
その言葉がどうしても信じられなかった私は、家に帰るとすぐにネットを使って調べた。
何かの間違いであってほしい、あの男子が適当なことを言っただけであってほしいと願いながら調べ続けたけれど、画面に並んでいた情報はどれも私の期待とは正反対のものだった。
その男子の言っていることは正しかった。
日本では血の繋がった兄妹同士の結婚は認められておらず、子供の頃から当たり前のように叶うと信じ続けていた私の夢は、その日を境に叶わないものへと変わってしまった。
でも、夢が終わったからといって、お兄ちゃんへの気持ちまで一緒に消えてくれるわけではなかった。
毎日、毎日、お兄ちゃんと会話をするたび、顔を合わせる度に胸の奥がきゅーーーっと強く締め付けられて、今までなら嬉しかったはずの時間が、少しずつ苦しさを伴うものへと変わっていった。
辛かった。
大好きなお兄ちゃんと一緒になれないという現実がどうしても受け入れられなかったし、どれだけ好きになってもこの気持ちが報われることはないのだと思うだけで胸が苦しくなった。
でも、どれだけ嫌でも受け入れなければならないことだけは‥‥私にも分かっていた。
だから私は、この辛い気持ちを別の方向へ向けることにした。
それまで大して力を入れてこなかった勉強を頑張り、運動にも真面目に取り組んで、料理や掃除といった家庭的な技能まで一つずつ身につけていった。
何かに集中している間だけはお兄ちゃんへの気持ちを考えずに済んだから、胸の奥にある想いへ何重にも蓋をするように、私はひたすら自分を磨き続けた。
その努力を何年も続けた結果、中学に入る頃には自分の感情をある程度抑えられるようになっていた。
以前のようにお兄ちゃんの後ろをずっとついて回ることもなくなり、一緒にいたいと思っても我慢して、必要以上に近づかないよう意識することも出来るようになった。
そのお陰でお兄ちゃんとの間に適切な距離を保てるようになり、私はようやく周囲から見ても普通の、本当の意味での『妹』になることが出来た。
だけど、私の心は全く嬉しくなかった。
出来るようになったのは、あくまで感情を表に出さないよう抑え込むことだけだったからだ。
お兄ちゃんを好きだという気持ちそのものが消えたわけではなく、それどころか同じ家で過ごして、一緒に食事をして、何気ない会話を重ねるたびに、お兄ちゃんを想う気持ちは日に日に強くなるばかりだった。
それでも私は正しい妹でいることを決めたのだから、胸の奥へ押し込めたこの気持ちの蓋を二度と開けることはないと、どれだけ苦しくても、このまま一生隠し続けるのだと、そう思っていた。
だけど、事件は起きた。
これまで築き上げられてきた常識も、平穏な日常も、何もかもが根底から壊れてしまうほどの大事件が起きた。
世界には今まで見たこともないような化け物が次々と現れ、外を歩けば命を落とすかもしれないという恐怖が日常へ入り込み、それまで当たり前だった安全で平和な暮らしは、まるで薄いガラスを叩き割ったかのように一瞬で砕け散った。
そして、その時に砕けたのは平和な日常だけではなく、何年もかけて私が必死に作り上げてきた心の蓋も同じだった。
いつ死ぬか分からない恐怖に晒され続けたことで、それまでどうにか働いていた感情の抑制機能が完全に壊れてしまい、私はもうお兄ちゃんへの気持ちを抑えられなくなってしまった。
お兄ちゃんが隣にいないだけで胸がざわつき、少し姿が見えなくなるだけでも嫌な想像が頭の中を駆け巡って、夜になればお兄ちゃんの気配を感じられなければ怖くて眠ることさえ出来ない。
まるで、何も知らずにお兄ちゃんの後ろを追いかけ回していた昔の私に戻ってしまったみたいだった。
私はもう、正しい妹ではなくなってしまった。
だけど不思議なことに、それと同時に今までずっと胸の奥にあった辛さも感じなくなっていた。
何年も必死になって抑え込み、自分自身に言い聞かせ続けてきたものを隠す必要がなくなったことで、むしろ胸の奥にあった重たいものが消えてしまったように感じた。
だから、私は思った――もう我慢なんてしない。
だって世界は根底から壊れてしまったのだから、今まで当たり前だった常識も、この先ずっと残り続ける保証なんてどこにもない。
兄妹で結婚してはいけないというルールだって、この世界が以前とは全く違うものへ変わってしまったのなら、いつまでも私を縛り続けるものではないのかもしれない。
だったら、もう私が自分の気持ちを我慢する理由なんてない。
私はこの世界をお兄ちゃんと一緒に生き抜く。どれだけ恐ろしい化け物が現れても、どれだけ世界が変わってしまっても、お兄ちゃんの隣だけは絶対に誰にも譲らない。
そしていつか、お兄ちゃんのお嫁さんになる。
それが今の私の夢。




