第1話 7月6日 最後の平和。
「ん?ハーーーーあぁ、よく寝た。んっ、すごい変な夢だったな」
目を覚ました俺は、大きく欠伸をしながら天井を見上げた。まだ夢の余韻が頭の中に残っていて、ぼんやりとした意識のまま内容を思い返してみる。
何か試練がどうたらだとか、力がうんぬんかんぬんやらと、訳の分からないことを延々と言われ続ける夢だった。そして最後には、「あなたの職業はポーション使い」なんて締めくくられたのだから、夢とはいえ思わずツッコミを入れたくなる。
いくら夢とはいえ、職業がポーション使いって一体何だよって感じだ。そんな職業は漫画でもアニメでも聞いたことがないし、どうせ夢を見るなら勇者とか賢者とか、もっと主人公らしい職業にしてくれてもいいだろうにと、一人で苦笑してしまう。
そんなふうに夢へ文句を並べ立てていると、不意に階下から聞き慣れた声が響いてきた。
「いつまで寝てるの!?さっさと起きて、朝ごはんを食べて!!」
一階から聞こえてきたのは妹の凪の声だった。
今日は土曜日で学校は休みだが、凪はテニス部の朝練があるため、平日と変わらない時間には既に起きている。
俺とは違って何事にも真面目な性格で、休みの日だからといって生活リズムを崩すようなことはまずない。
「はぁ‥‥二度寝しようと思ったけど、変な夢のせいで完全に目が覚めたな。それに昼から図書館で勉強しに行く予定だったし、丁度いいか。分かってる!!今、起きたから降りるよ!!」
そう返事をすると、俺はベッドから身体を起こし、パジャマを脱いで部屋着へ着替える。そのまま階段を下りると、焼きたてのトーストと味噌汁の香りがリビングいっぱいに漂っていて、自然と空腹を刺激された。
「おはよう、凪。今日は朝練か?」
「うん、そう。大会まで全然日がないからね。そっちは今日は図書館で勉強するんでしょ? 一緒に行く?」
「いや、いいや。俺は昼からだから、それまでは家でゆっくりしておくわ」
「受験生とは思えない言葉だね。普通は、一分でも多く勉強するじゃないの?」
「俺はいいの。偏差値も余裕あるし、そこまでレベルの高い大学でもないからさ。焦って詰め込むより、余裕を持って動く方が俺には合ってるんだよ」
そう言いながら、凪が作ってくれた朝食へ箸を伸ばす。
焼き加減のいい目玉焼きに味噌汁、そしてこんがり焼けたトーストという見慣れた朝食だったが、誰かが作ってくれた料理というだけで、不思議と一人で食べるより美味しく感じられた。
「何が余裕を持って行動するよ。ただ、めんどうくさいだけでしょ。いつもそう。父さんも母さんも、やれば出来るって言ってくれてるのに、全然努力しようとしないんだから」
呆れたようにため息をつきながら凪が言う。
もっとも、その言葉は耳にタコができるほど聞かされてきた台詞なので、今さら腹が立つこともなければ反論する気にもならない。
だって俺が面倒臭がりなのも、努力を避けているのも全部事実なのだから。
勉強も部活も全力で取り組み、努力を積み重ねて結果を出している凪から見れば、俺は才能を無駄にしている出来の悪い兄にしか映らないのだろう。
「はいはい。気を付けますよ。それより今日さぁ‥‥変な夢を見たんだ」
話題を変えようと夢の話を切り出すと、凪は目を丸くして箸を止めた。
「え?そっちも?私も今日、変な夢で起きたんだよね」
「その内容って、もしかして職業とか試練とかのやつか?」
「そうだよ!!まさか兄妹で同じ夢を見るなんてことがあるんだね。やっぱり家族だからかな?」
「そんなことあるか?家族だから同じ夢を見るなんて聞いたことないぞ。でも、まぁ絶対にあり得ないとも言い切れないか。何か共通のものを見たり聞いたりして印象に残ってたなら、同じような夢を見ることもあるのかもしれないな。」
「確かにね。でも私はそういう話なんて全然見ないし、友達も興味ない子ばっかりだからなぁ。夢を見る理由なんて思い当たらないんだけど‥‥変な話だよね」
「だな。」
兄妹で首を傾げながら夢について話していると、リビングの壁に掛けられた鳩時計が八時を告げるように、ポッポ、ポッポと穏やかな音を鳴らし始めた。
「あーー!!もう八時じゃん。私はもう行くから、食べた食器は自分で洗ってちゃんと片付けてね。それと、お昼のお弁当はキッチンに用意してあるから。それじゃあ行ってきます!」
慌てて立ち上がった凪はラケットバッグを肩に掛け、玄関へ駆けていく。
「おー、いってら。練習頑張れよ」
「うん!!行ってきます!」
元気よく玄関の扉が閉まる音を聞き届けてから、俺は一人で朝食をゆっくりと食べ終えた。
食器を洗い、軽くシャワーを浴びて寝癖を整える。制服へ着替えて鏡の前で髪を軽くセットし、最後に時計へ目を向けると、針は既に十一時を回っていた。
図書館へ向かうには少し早い時間だったが、家でのんびりしていても仕方がない。そう思った俺は、勉強道具と凪が用意してくれた弁当を手に取り、静かに玄関の扉を開けて家を後にした。




