第17話 物資を確保。
「凪ッ!! 大丈夫か!!」
慌てて駆け寄りながら声を掛けると、凪は床に手をついたまま何度か荒い呼吸を繰り返し、それでも俺を安心させるように顔を上げた。
「う、うん‥‥大丈夫。エネルギー不足になっただけだから。」
その言葉を聞いた途端、張り詰めていたものが切れたように体からスッと力が抜け、俺はその場に膝をつくと、倒れそうになった体を支えるように地面へ手をついた。
「んぁ?」
自分でも一体何が起こったのか理解できず、ぼんやりと地面を見つめていると、そんな俺の姿を見た凪が目を見開き、「お兄ちゃん!!」と突然声を荒げた。
「はぁ‥‥はぁ‥‥一体どうした?」
「どうしたじゃないよ!!あ、足から‥‥大量の血が!!」
凪の言葉に促されるように自分の足へ視線を落とした瞬間、俺はようやく異変に気づいた。
ズボンは太腿の辺りから血で真っ赤に染まり、傷口から流れ出した血が足を伝って床へと滴り落ち、その下には小さな血溜まりまで出来ている。
そういえば‥‥さっき化け物に刺されたんだった。
凪のことが心配すぎて、自分の痛みなんて完全に頭から抜け落ちていた。それまで興奮と緊張で麻痺していた感覚が、凪の無事を確認して気が緩んだことで一気に戻り、遅れてやってきた激痛が傷口から足全体へと広がっていく。
「ア”アアアア‥‥足が!!」
焼けた鉄でも押し込まれたような痛みに耐えきれず声を漏らすと、俺の苦しむ姿を見た凪は慌てて背負っていた鞄を下ろし、中を掻き回すようにして大怪我用のポーションを取り出した。
「お兄ちゃん!!ポ、ポーション!!早く‥‥飲んで!!」
「あ、あぁ‥‥ゴク‥‥ゴク‥‥」
震える手で受け取ったポーションを口元へ運び、そのまま一気に喉へ流し込む。
すると、少しずつではあるが足を襲っていた激痛が和らいでいき、止まる気配のなかった出血も徐々に弱くなり、やがて完全に止まった。
「ど、どう?もう痛くない?」
「あぁ‥‥もう大丈夫だ。」
傷のあった場所を確認すると、破れたズボンと大量の血だけが残っており、その下にあったはずの傷口は綺麗に塞がっている。それを見てようやく安心したのか、凪は大きく息を吐いてから俺の隣へ腰を下ろした。
「そう、良かった。それで‥‥中はどうだったの?物は残ってた?」
凪に聞かれ、俺はバックルームで見たものを思い出しながら、中に大量の商品が残っていたことと‥‥そこで人の死体を見つけたことを伝えた。
「‥‥そう。人が‥‥やっぱり化け物っているんだね。」
凪の声から、それまでの明るさが消える。
俺達にとって、これが初めて実際に遭遇した化け物だった。塔が現れ、街から人が消え、外から銃声や悲鳴が聞こえてきても、心のどこかでは全てが悪い夢か何かで、外に出れば今までと変わらない日常が残っているんじゃないかと、そんな都合のいい可能性を捨て切れずにいた。
だが、実際に化け物と戦い、その牙に襲われ、人が殺された痕跡まで目にしてしまった以上、もうそんなことは考えられない。
俺達が知っていた安全で平和な世界は、もうどこにもないのだ。
「どうする?この量は流石に持って帰れないよね?」
重くなった空気を振り払うように凪が店内へ視線を向ける。棚にはまだ大量の商品が残っており、バックルームにも手つかずの商品が山ほどある以上、二人で持ち帰れる量には限界があった。
「そうだな。じゃあ凪は飲料をカゴに入れるだけ入れてくれ。俺はバックルームから運ぶのに使えそうな物がないか探してくる。」
「え?でも、そこには‥‥あるんじゃないの?」
凪が言葉を濁しながらバックルームの方へ視線を向ける。その意味はすぐに分かったが、だからといって中に入らないわけにもいかない。
「まぁ、それでもだ。今はやるしかない。出来れば火葬してやりたいが‥‥今の俺達にはそんな余裕もないし、放置するしかない。」
「‥‥そうだね。今は、自分たちのことで精一杯だもんね。」
割り切るしかないと互いに言い聞かせ、俺達はその場から立ち上がると、それぞれ手分けして必要な物を集め始めた。
俺は言っていた通りにバックルームへ戻り、なるべく死体の方を見ないようにしながら店内で使われていた台車を見つけると、近くに積まれていた商品入りのダンボールをいくつか載せて売り場まで運んだ。
凪の方を見ると、飲料が並んだ棚の前を行き来しながらカゴへ次々と商品を詰め込んでおり、まだしばらく時間が掛かりそうだったので、俺も空いているカゴを手に取って日用品を集めることにした。
トイレットペーパーやティッシュ、ゴミ袋にラップ、それ以外にも今後必要になりそうな物を見つけるたびにカゴへ入れ、持ち帰れる限界まで商品を集めていく。
そうして最終的には二台の台車がダンボールや飲料、日用品で埋まり、少しでもバランスを崩せば荷物が落ちそうなほどパンパンになっていた。
「よし‥‥これぐらいが限界だな。」
俺は台車の持ち手を掴んでゆっくりと押し出そうとしたが、ガツッと何かに車輪が引っかかり、台車はほとんど動かなかった。
「なんだ?」
荷物を崩さないように気をつけながら足元を覗き込み、車輪の前に引っかかっている物を拾い上げる。
それは、指先で摘める程度の小さな紫色の石だった。
表面は妙に滑らかで、店内の僅かな光を受けるたびに紫色の光沢を返している。こんな物がコンビニの商品として売られているはずもなく、不思議に思って周囲へ視線を向けたところで、俺はその石が落ちていた場所に気づいた。
‥‥ここ、さっき化け物を倒した場所だよな?
そこで初めて、先ほどまで確かに転がっていたはずの化け物の死体が跡形もなく消えていることに気づいた。
血や肉片すら残っておらず、最初からそこには何もいなかったかのように床だけが残っている。その代わりなのか、周囲を探してみると同じ紫色の石があと二つ転がっていた。
「お兄ちゃん。どうかしたの?」
台車を押さずにしゃがみ込んでいる俺を不思議に思ったのか、凪が後ろから声を掛けてくる。
「いや、何でもない。」
俺はそう答えると、落ちていた三つの紫色の石を拾い上げてポケットへ仕舞った。今ここで調べたところで何か分かるとも思えないため、確認するのは家に帰ってからでいいだろう。
そのまま再び台車の持ち手を握り直し、俺達は大量の物資を載せた二台の台車を押しながら、荒れ果てたコンビニを後にした。




