第16話 初めての戦闘。
シャリ‥‥シャリ‥‥と靴底が地面を踏むたび、コンビニの前一面に散らばった細かなガラス片が擦れ合い、静まり返った周囲にやけに大きな音が響く。
コンビニの入口を覆っていたガラスは原形が分からないほどバキバキに破壊され、砕けた破片が店の内外にまで飛び散っていた。
そして店内は、当然のように電気も既に止まっており、薄暗い店内を入口から覗き込んでみるが、見える範囲には特に何かがいる様子はない。
ただ、商品棚が邪魔をして奥まではここから確認することが出来ない。やっぱり中に入って確認するしかないか。
俺はすぐに入ることはせず、一度後ろを振り返って少し離れた場所で待機している凪へと視線を向ける。そのまま何も言わずに一度だけ頷くと、凪も緊張した表情を浮かべながら、返事をするように小さく頷いてきた。
よし‥‥行くか。
俺は覚悟を決めると、足元に散らばるガラス片をできるだけ踏まないよう注意しながら、ゆっくりと店内へ足を踏み入れる。
中は商品が床に落ちていたり、棚が僅かに傾いていたりと所々荒れてはいるものの、誰かに物資を根こそぎ持っていかれたような様子はなく、飲料コーナーにもペットボトルや缶がぎっしりと残されているのが見えた。
これは‥‥思っていたより残ってるな。
だからといって安心することはできず、俺はいつでも逃げられるよう周囲を警戒しながら、一つ一つの通路をゆっくりと確認していく。
棚の陰やレジの裏まで見て回ったが、幸いにも化け物が潜んでいる様子はなく、確認していない場所はトイレとバックルームだけとなった。
先にバックルームの方を確認するか。
そう考えて足をそちらへ向けると、俺は物音を立てないよう慎重に近づき、扉の前で一度足を止めて中から何か聞こえてこないか耳を澄ませてみたが、特に物音は聞こえてこなかった。
ドアノブへ手を伸ばしてゆっくりと扉を開けた。
その瞬間、店内ではほとんど感じなかった濃い血生臭さと、下水のような鼻を突く異臭が混ざり合い、一気に俺の鼻と喉へ流れ込んできた。
「うぐッ!!」
あまりの臭いに我慢できず声が漏れ、反射的に顔を背けてしまう。
吐き気を堪えながらすぐに服の袖で鼻と口を覆うが、それでも完全には防ぎ切れず、喉の奥にまとわりつくような嫌な臭いが残った。
何なんだ‥‥この変な匂いは‥‥
謎の異臭その臭いの正体はすぐに分かった。
それは――
「ぐちゃ!!べちゃ!!」
暗いバックルームの奥から、何か柔らかいものを潰し、噛み千切っているような生々しい音が聞こえてくる。
俺は恐る恐る懐中電灯を向け、その光の先にあったものを見た瞬間、全身から一気に血の気が引いていった。
そこにいたのは、緑色の肌をした三匹の化け物だった。
背中には奇妙なボコボコとした突起がいくつも浮かび上がり、体の大きさ自体は子供ほどしかないにもかかわらず、その手足は異様に細長く、床に這いつくばるような姿勢で何かに群がっている。
そして、その三匹の下には‥‥大人が一人、力なく倒れていた。
床には赤黒い血が大きな染みを作り、そこからさらに新しい血がゆっくりと広がっている。その身体へ化け物たちが顔を寄せ、何をしているのかを理解した瞬間、頭の中が真っ白になった。
俺はあまりにも凄惨な光景に驚き、手に持っていた懐中電灯を取り落としてしまう。
カランッ!!
「‥‥!!」
硬い床に懐中電灯が落ちる音がバックルームに響いた瞬間、それまで大人に群がっていた三匹の化け物の動きがピタリと止まった。
そして――三匹が一斉にこちらを振り向く。
「グヒヒ‥‥」
血で汚れた口元を歪ませながら、三匹の化け物が俺を見て身の毛もよだつような笑みを浮かべる。
まずいッ!!
俺は即座に身の危険を感じ、考えるよりも先にバックルームから飛び出した。入る時はあれだけ音を立てないよう慎重に進んでいたというのに、今はそんなことを気にしている余裕などなく、床の商品やガラス片を蹴飛ばしながら必死に入口へ向かって走る。
だが、背後からすぐに激しい足音が聞こえてきた。
三匹の化け物も俺を逃がすつもりなどないのか、両手両足を床につけた四足歩行で棚の間を駆け抜け、凄まじい勢いで追いかけてくる。
「はぁ‥‥はぁ‥‥」
振り返る余裕なんてない。
とにかく外へ出ることだけを考え、息を切らしながら全力で走り続ける。既に入口は目の前まで迫っており、あと数歩で外へ飛び出せる――そう思った瞬間だった。
ガシッ!!
「うわッ!!」
突然、足首を後ろから強く掴まれ、そのまま身体を前へ投げ出すように床へ倒れ込む。咄嗟に手をついたものの衝撃を殺し切ることはできず、胸と腹を床へ強く打ちつけて息が詰まった。
次の瞬間――
俺の足を掴んだ一匹の化け物が手にしていた小さなナイフを振り上げ、そのまま俺の足へ突き刺した。
「ああああ!!!」
鋭い痛みが足から全身へ一気に駆け抜け、今まで一度も感じたことのない激痛に耐え切れず大声を上げてしまう。頭の中が痛みだけで埋め尽くされ、呼吸すらまともにできなくなりそうになるが、その叫び声を聞きつけたのか、外で準備をしていた凪がコンビニの入口から顔を出した。
「お兄ちゃん!!」
凪の声が聞こえた瞬間、俺の頭の中から痛みが吹き飛んだ。
そして俺だけではなく、残る二匹の化け物も凪の存在に気付いてしまう。
「グヒッ!!」
二匹は俺への興味を失ったかのように身体の向きを変えると、そのまま入口に立つ凪へ向かって一斉に飛びかかった。
凪が危ないッ!!
そう思った瞬間、足の痛みなんてどうでもよくなった。
俺は自分の足を掴んでいる化け物へ身体を捻るように振り向くと、凪を助けなければという一心で拳を握り締め、その顔面へ全力で叩き込んだ。
「うおおおッ!!」
ゴッ!!と鈍い感触が拳に伝わり、化け物の顔が大きく横へ弾かれる。その隙に俺は足へ突き刺さっていたナイフの柄を掴み、歯を食いしばりながら一気に引き抜いた。
「ぐッ‥‥!!」
傷口から血が流れ出し、再び焼けるような激痛が走るが、それでも今は構っていられない。
俺は入口へ視線を向けると、飛びかかってくる二匹を前にして身構えている凪へ向かって叫んだ。
「凪!!やれ!!」
「ッ!!」
俺の声を聞いた凪はすぐに反応し、事前に用意していた水の魔法を二匹の化け物へ向かって一気に放った。
直後、勢いよく放たれた大量の水が二匹を正面から捉える。
ドンッ!!
魔法をまともに受けた二匹の身体は勢いよく後方へ吹き飛ばされ、そのまま商品棚へ激突して棚ごと粉砕し、さらに奥の壁へと叩きつけられた。激しい音と共に商品や棚の破片が床へ散らばり、壁にめり込んだ二匹はそのまま力なく地面へ倒れ込んだ。
だが、魔法を放った凪も無事ではなかった。
「はぁ‥‥はぁ‥‥」
一気に力を使った反動なのか、凪は肩を大きく上下させながらその場に座り込み、苦しそうに呼吸を繰り返している。
残るは‥‥一匹!!
俺はすぐに視線を戻し、先ほど殴り飛ばした化け物を見る。
化け物はまだ動いており、再び起き上がろうとしていた。
こいつを倒さないと‥‥凪が危ない!!
その瞬間、恐怖も足の痛みも頭から消え去り、凪を守らなければという強い気持ちだけが残った。
俺は我を忘れたように化け物へ飛びかかり、その身体へ先ほど引き抜いたナイフを突き刺す。そのまま逃がさないよう馬乗りになると、握ったナイフを何度も何度も振り下ろした。
一回、二回、三回――何度刺したのかなんて覚えていない。
ただ、こいつを動けなくしなければならないという一心で腕を振り続け、気が付いた時には化け物は完全に動かなくなっていた。
「はぁ‥‥はぁ‥‥」
荒く息を吐きながら、俺はようやく我に返った。
そこで真っ先に頭へ浮かんだのは凪のことだった。
「凪!!」
俺は足の痛みに顔を歪めながらも急いで凪のもとへ駆け寄る。凪はまだ床に座り込んだまま荒い呼吸を繰り返しており、明らかに力を使い果たしているように見えた。
「凪!!ポーションを飲め!!」
俺はリュックから持ってきていたエネルギー回復ポーションを急いで取り出すと、凪へ手渡して飲ませる。
凪がポーションを喉へ流し込んでから少しすると、荒かった呼吸が徐々に落ち着き始め、青ざめていた顔にもゆっくりと血色が戻っていった。
その様子を目の前で確認して、俺はようやく僅かに肩の力を抜くことができた。




