第15話 外に出るとき。
「‥‥そろそろ行くか。」
「うん!!」
俺と凪は玄関で最後の準備を整え、足元には走りやすいスニーカー、服装もジャージを中心とした動きやすいものにして、それぞれの背中には食料を詰め込むための大きめのリュックサックを背負っていた。
忘れ物がないことをもう一度確認してから、俺は玄関のドアノブに手を掛ける。ここ数日、一度も開けることのなかった扉を前にすると自然と指先に力が入り、隣に立つ凪も緊張しているのか、いつもより少しだけ表情が硬い。
それでも、いつまでも家の中に閉じこもっているわけにはいかない。
ガチャ!!と鍵を開ける音が静かな玄関に響き、俺はゆっくりと扉を押し開けて外へと足を踏み出した。
◇
――遡ること三日前。
エネルギーを回復できるポーションを作れることが分かった俺は、それから三日間、自然に回復するエネルギーを無駄にしないよう、限界までポーション生成へと使い続けた。
外へ出れば何が起こるか分からない以上、準備し過ぎて困ることはない。
生成しては休み、エネルギーが戻れば再び生成するという作業を繰り返した結果、エネルギー回復フルポーションが3本、大怪我を治すポーションが2本、小怪我を治すポーションが5本と、今の俺に用意できるだけの数を揃えることができた。
それぞれを割れないようにリュックへ詰め、外へ出るための準備を一通り終えたところで、凪が並べられたポーションと荷物を何度も見比べる。
「‥‥これで大丈夫かな?」
そう尋ねてきた凪の顔には、隠し切れない不安が浮かんでいた。俺はそんな凪を少しでも安心させるように頭へ手を置き、髪を乱さない程度の力で優しく撫でる。
「大丈夫だ。やれることは全部やったし、それにそこまで遠くに行くつもりはない。食料を取りに行くために近所のコンビニに行くだけだ。」
「そ、そうだよね。大丈夫だよ。」
自分自身に言い聞かせるようにそう口にすると、凪の強張っていた表情が僅かに緩んだ。
もちろん俺だって不安がないわけではなかったが、今ある食料だけでいつまでも生活できるわけではなく、外へ出なければならない日は遅かれ早かれやって来る。
だからこそ、その日までの三日間を準備に費やし、俺達は万全とは言えないまでも、今できる限りの状態を整えて出発の日を迎えた。
◇
数日ぶりに足を踏み出した外の世界は、不気味に思えるほど静まり返っていた。
まだ7月ということもあり、昼間なら容赦のない暑さになるはずだが、今はまだ早朝で、肌に触れる空気には僅かに涼しさが残っているが、それでも時間が経てば気温が上がるのは分かっているため、俺達はできるだけ早く用事を済ませて戻るつもりだった。
コンビニまでの道は以前とはあり得ないほど静かだった。いつもなら――
車のエンジン音や通勤する人の足音、遠くから微かに聞こえてくる話し声など、意識していなくても何かしらの生活音が耳に入って来ていたが、今はそれらがほとんど聞こえない。
聞こえる音と言えば俺達のスニーカーが地面を踏む音だけだった。
「‥‥もう、街に残っているのは私達だけなのかな?」
「どうだろうな。まだ隠れてる人はいそうだけど‥‥必死に身を隠しているんだろう。」
凪と交わす言葉も自然と小声になる。
俺は会話をしながらも視線を絶えず周囲へ動かし、建物の陰や細い路地、停まったままの車の向こう側など、何かが潜んでいそうな場所を一つずつ確認しながら歩いていた。
凪も同じように警戒しているらしく、俺のすぐ横から離れようとはしない。
そうして家を出てから数分が経った頃、建物の向こうに最初の候補地として決めていたコンビニの看板が見えてきた。
俺はその姿を確認したところで一度足を止め、周囲に何もいないことを確かめてから、凪と最後の作戦確認をする。
「‥‥そろそろ目的地だな。改めて手順を確認するぞ?」
「うん。」
凪の表情から先ほどまでの僅かな安心感が消え、真剣なものへと変わる。
「まず、俺が一人で中にゆっくりと入って化け物がいないか確認する。そして、もしいなければ一度戻ってきて二人で探索するが、もし化け物がいた場合でも、相手の数が4体以下だったらそのまま戦闘に入る。」
「う、うん。私が外で魔法を構えて、お兄ちゃんが引き付けるんだったよね?」
「そうだ。だが、相手の数が俺達の倍いた場合は戦わない。凪が魔法をぶつけると同時に、俺達はそのまま全力疾走で逃げる。」
倒せる相手なら倒すが、無理をしてまで戦う必要はない。
今の俺達にとって最も重要なのは食料を手に入れることであって、化け物を倒すことではない。ましてや相手がどれほど強いのかも分からない状況で、わざわざ危険を冒して戦う理由などなかった。
「うん、でも‥‥もし、私の魔法で一発で倒れなかったらどうするの?」
「一発で倒れない場合は俺がその分の時間をまた稼ぐ。その間に凪は、自分が動けるギリギリまでエネルギーを魔法に使え。それでも無理そうなら、そこで戦うのをやめて逃げる。エネルギー回復の為のポーションは持っているな?」
「うん、大丈夫。ちゃんと持ってる。」
そう答えた凪は確認するように、自分のリュックへ手を伸ばして軽く触れる。
ポーションがあるからといって、絶対に安全というわけではない。怪我を治せてもその場で死んでしまえば意味がないし、エネルギーを回復できても飲む時間すら与えてもらえなければ使えない。
だからこそ、何かあった時にどう動くのかだけは事前に決めておく必要があった。
「よし。なら行くぞ。」
「うん。」
俺は短く息を吐いてからコンビニへと視線を戻す。
ここから先は、何が起きるか分からない。
俺達はもう一度だけ周囲に化け物の姿がないことを確認すると、いつでも逃げられるよう互いの距離を開け過ぎないまま、静まり返ったコンビニへ向かって慎重に歩き始めるのであった。




