第11話 夜の静けさ。
無事に作り出せたこと自体は嬉しい。だが、キャップの中で揺れている液体を見つめているうちに、俺は今更ながら一つの重大な問題に気が付いた。
これが本当に傷を治してくれる物なのか?そもそも、人が飲んでも大丈夫な物なのか?
ポーションという名前ではあるものの、実際に効果を確かめたわけではない。見た目だけならただの色が付いた液体と大差なく、これを飲んで何が起こるのかは俺自身にも分からなかった。
当然、試すのであれば作った俺が飲むべきなのだろう。そう頭では分かっているのだが、いざ危険な物かも知れないと考えてしまうと、キャップを持つ手が止まり、なかなか一歩を踏み出すことが出来ない。
すると、そんな俺の隣からスッと白い手が伸びて来た。
「いただきまーす。」
「え?」
何をするつもりなのか理解するよりも早く、凪は俺の手からキャップを取ると、その中に入っていた液体を口へと流し込んだ。
あまりにも迷いのない動きだったため止める時間すらなく、凪の喉が小さく動いた時には、キャップの中身は綺麗になくなっていた。
「ちょ!!凪!!」
慌てて声を上げるが、当然ながらもう遅い。液体は既に凪の腹の中へと消えてしまっており、今更吐き出させることも出来ない。
それなのに当の本人は「ん?」と首を傾げ、自分がどうして怒られているのか全く理解していない様子だった。
それどころか、何かを確かめるように服の袖をまくると、肘辺りに貼ってあった絆創膏へ指を掛け、そのままゆっくりと剥がしていく。
「うわーーー!!お兄ちゃん!!見て見て!!怪我が完璧に治ってるよ!!やっぱりポーションってすごいね!!」
凪が興奮した様子で腕をこちらへ突き出してくる。
ついさっきまで絆創膏の下にあったはずの傷は跡形もなく消えており、赤みすら残っていない。
どこを怪我していたのか分からないほど綺麗な肌へと戻っていて、少なくとも俺が作ったポーションに傷を治す効果があることだけは間違いなさそうだった。
「はぁ‥‥まぁ、その俺のポーションがちゃんと効いてくれたのは嬉しいけど、その前にだ――ペチッ!!」
安堵から思わず息を吐きながらも、そのまま済ませるわけにはいかない。俺は凪の額へ指を構えると、軽くデコピンを食らわせた。
「いたッ!!お兄ちゃん!!何するの!!」
「危ないことをしたからだ。いくら俺が作ったポーションであったとしても、それがちゃんと出来ている保証はないのに、それをいきなり飲むなんて危ないだろ?」
「それは‥‥そうかも知れない。」
さっきまで嬉しそうだった凪の勢いが一気になくなり、俺から視線を逸らしながら小さく呟く。どうやら言われて初めて、自分が何の確認もせずに正体不明の液体を飲んだことの危険性に気が付いたらしい。
「この現状で病気になったり体調を崩したりしても、医者に診てもらうことも出来ないんだぞ?もう少し慎重に行動するんだ。」
「‥‥ごめんなさい。」
少し強めに言ったからか、凪はしゅんと肩を落として顔を伏せる。その姿を見ていると、これ以上説教を続ける気にもなれず、俺は小さく息を吐いてから凪の頭へ手を置いた。
「まぁ、俺の為にやってくれたことだからな。それは感謝してる。ありがとうな。」
「うん!!」
顔を上げた凪にいつもの笑顔が戻る。
結果として何事もなかったから良かったものの、次からは俺ももっと慎重に検証しなければならない。ポーションという名前だけを信用して、何でも安全だと決めつけるわけにはいかないのだから。
「じゃあ、今日はここまでにしよう。明日からは色々と検証をしていくことになるからな。今日は早めに寝るとしよう。」
「うん!!分かった。」
今日は色々なことが起こり過ぎた。自分の職業が判明し、初めてポーションを作り、その効果まで確認することが出来たのだから、これ以上無理をする必要もないだろう。
そうして今日の検証はここまでにして、俺達はいつもより早めに就寝することにした。
◇
――その日の夜。
ベッドに入ってから随分と時間が経ったはずなのだが、昼間に長時間気絶していたせいなのか、なかなか眠気がやって来ない。
何度か寝返りを打ってみたものの一向に眠れる気配がなく、俺は諦めて身体を起こすと、音を立てないようにゆっくりと窓際まで歩いていく。
カーテンの端を指で摘まみ、外から室内が見えない程度にほんの少しだけ隙間を作って、そこから外の様子を覗き込んだ。
「‥‥真っ暗だな。」
普段なら街灯や建物の明かりで夜でもそれなりに明るかったはずの街が、今はまるで別の場所のように闇へ沈んでいる。
道路を走る車のヘッドライトも見えなければ、周囲に建ち並ぶマンションの窓にもほとんど明かりはない。耳を澄ませても車の走行音や人の話し声は聞こえてこず、これだけ多くの人間が暮らしていた場所とは思えないほど静まり返っていた。
「この辺りの人は既に避難をしてしまってるな。」
この数日で随分と人が減ったのだろう。
俺はしばらく暗闇に沈んだ街を眺めた後、外から見つからないようにカーテンをきっちりと閉じる。そのまま再びベッドへ戻って横になると、自然と頭に浮かんできたのは今日作り出したポーションのことだった。
傷を治すことが出来るのは確認した。だが、どの程度の傷まで治せるのか、飲む量によって効果は変わるのか、そもそも俺はどれだけの種類のポーションを作ることが出来るのか。
考え始めれば確かめたいことはいくらでも出てくる。
そんなことを頭の中で一つずつ整理しているうちに、いつの間にか意識は眠りへと落ちていた。
そして翌朝、俺は自分に与えられた職業が一体どこまでのことを出来るのか、それを確かめるための本格的な検証を始めるのであった。




