第10話 可能性の提示。
「‥‥」
俺の職業を聞いた凪は何も言わず、まるで時間が止まったかのように黙り込んでいた。
あまりにも反応がないせいで、俺はてっきり”呆れられた”のだと思った。
妹を守らなければならないこの状況で、兄である俺が手に入れた職業が戦闘とは無縁そうな『ポーション使い』なのだから、そう思われても仕方がない。
だが、そんな俺の予想とは裏腹に、数秒遅れて凪の表情が一気に明るくなった。
「すごいじゃん!!お兄ちゃんの力って、あのポーションを作れるってことだよね?」
「そ、そうだが‥‥戦えない。」
あまりにも予想外の反応に、俺の方が戸惑ってしまう。
凪がどうしてそこまで喜んでいるのか、俺には理解出来なかった。
今の世界には、いつ化け物が襲って来るかも分からない。そんな状況で戦うことすら出来ないこの力の何が凄いというのか、俺には全く分からずにいると、凪は俺の考えを見透かしたように口を開いた。
「戦う力はたくさんの人が持っていると思うけど、人を治せる力を持っているのは凄い珍しいと思うよ。だって病院に行かなくても怪我を治すことが出来るんだから!!それって最高じゃない!?」
凪は興奮した様子で身を乗り出しながら、俺が思ってもいなかったポーションの価値を次々と口にする。
確かに、凪の言っていることはもっともだ。
化け物と戦える力を持つ人間が大勢いたとしても、その戦いで負った怪我を治せる人間まで同じだけいるとは限らないし、今のようにまともに病院が機能しているかすら分からない状況なら、治療手段を持っていること自体が大きな意味を持つ。
ただし、それはあくまでも俺がポーションを生み出すことが出来るならの話だ。
「凪‥‥実は、俺の力はポーション使いだけど‥‥ポーションを作れないんだ。さっき、力を使おうとして気絶してしまった。つまり、今の俺ではまともにポーションを作ることは出来ない。」
口に出して説明しているうちに、胸の奥が重くなっていく。
妹を守らなければならない兄なのに、肝心な時に何の役にも立てていない。それどころか、力を使おうとしただけで気絶して凪に心配まで掛けてしまったのだから、情けなさばかりが積み重なり、自分のことがどんどん嫌になってくる。
だが、そんな俺とは対照的に、凪は少し考えるように首を傾げると、落ち込む俺に別の可能性を示した。
「多分、力の使い方を間違えているんじゃない?」
「どういうこと?」
「私も初めて力を使おうとした時に、お兄ちゃんと同じで何も出せずに気絶したの。でも、それは自分の力不足が原因ではなくて、力を使う為のプロセスが不十分だったことに気付いたの。」
「プロセス?」
凪から出てきた言葉を聞き返しながら、俺は自分がさっき何をしたのかを思い返してみる。
確かに言われてみればそうだ。
俺はただ『ポーション使い』という職業なのだから、ポーションを作れるはずだと考え、その力を漠然と発動させようとしただけだった。そもそも力を発動する方法がそれで合っている保証などどこにもなく、何の知識もないまま自分の感覚だけでやっていたのだ。
つまり、俺に力がないのではなく、単純にその使い方を間違えていた可能性があるってわけか。
そう考えれば、まだ諦めるのは早い。
「なぁ、凪。凪はどうやって力を使っているのか、俺に教えてくれないか?」
「うん!!もちろんだよ!!」
凪は迷うことなく大きく頷くと、俺の正面に座り直し、自分が力を使えるようになった時のことを思い出しながら説明を始めた。
「まず、一番最初に力を発動させるときのコツとして、完成形をちゃんとイメージすること。どういう形にするのか、どのぐらいの大きさにするのかを想像する。多分だけど、そのイメージによって掛かる費用って言うのかな?必要なエネルギーの量が決まると思う。
だから、一番最初の失敗はそのイメージが不十分だったか、想像するものが強すぎて今の私達のエネルギーでは作ることが不可能な物だったか、そのどっちかだと思う。」
凪の説明を聞きながら、俺は先ほどの失敗と照らし合わせていく。
俺が最初にやろうとしたのは、ただ漠然と”ポーションを作る”というものだった。どれほどの量を作るのかも、そのポーションにどんな効果を持たせるのかも、何一つ具体的に決めていなかった。
それなら、失敗した原因にも納得がいく。
「なるほど。つまり初めは小さく作ることが大切ってわけか。」
「そう!!そうだね‥‥まずは、これにしよう!!」
そう言った凪は何かを探すように机の上へ視線を向けると、そこに置いてあったペットボトルを手に取った。
そして蓋を回して外し、キャップだけを俺の目の前へ置く。
「このキャップに入るだけのポーションを作る。」
「なるほど‥‥じゃあ、やってみる。」
ペットボトルのキャップ程度なら、作り出す量としてはほんの僅かだ。これでも無理ならどうしようかという不安は残っていたが、何もしなければ始まらない。
俺は机の上に置かれた小さなキャップへ視線を集中させる。
「うん。大事なのはイメージだよ。ポーションを作る上でどういう効力にするのか?そのポーションは何に効果を出すのかをイメージすること。」
凪の言葉を聞きながら、俺は頭の中で一つずつ形にしていく。
量は、この小さなキャップに収まる程度。
効果は、傷を治すもの。
先ほどのように、ただ漠然と”ポーションを作る”のではない。どれほどの量を作り、それが何に作用するものなのかを頭の中で明確に思い描き、その完成形を崩さないように意識を集中させながら力を発動する。
その瞬間――何もなかったキャップの真上に、透明な液体が滲み出すように現れた。
最初は米粒ほどだったそれが少しずつ膨らみ、空中で小さな水の塊を作り上げていく。俺と凪が息を呑んで見守る中、それは重さに耐え切れなくなったように形を崩すと、そのままキャップの中へぽたりと落ちた。
「‥‥」
俺はしばらく動けなかった。
目の前のキャップには、確かに俺が生み出した液体が入っている。
さっきは何一つ生み出せないまま気絶した。それなのに今度は、ほんの僅かな量とはいえ、自分の意思で確かにポーションらしきものを生み出すことが出来たのだ。
その事実を理解した瞬間、胸の奥から一気に喜びが込み上げてきた。
「‥‥よっしゃーー!!!」
思わず両手を握り締めながら大声を上げると、隣にいた凪も自分のことのように笑顔を浮かべ、俺と同じぐらい喜んでくれた。
ほんのキャップ一杯にも満たない、小さな一歩。
それでも俺にとっては、自分の力が決して役に立たないものではないと初めて実感するには十分な一歩だった。




